小林英樹エッセイ「帰ってきた、えんげき先生(2)」〜水の波紋のように〜
水の波紋のように
終演後に観劇に来てくれた教え子とお酒を交わすことが最高の時間。ある教え子たちと東京の下北沢で飲んだ時の話。
芝居についての話は10分くらいで、中学時代の彼らと私について語り合うことであっという間に時は経ってしまう。
「先生、俺、ノートに書いてます。っていうか、卒業してから思い出して書き出しました」と一人の教え子が切り出す。「何を書いてるの?」と聞くと、「あの時先生に言われたこととか叱られたことが就職してやっと分かるようになったというか……。就職してから結構辛くて……最近ノート読み返したんです」と既に目頭が熱くなっている彼。
私が彼に伝えたことなどを高校卒業した頃に思い出してノートにまとめたというのだ。そして、彼が就職し私に再会するまでのヒストリーをたくさん聞いた。彼が何を見て、何を感じ、どんな壁に当たって、どう乗り越えてきたのか。そこには支えてくれた友達や先輩、家族がいて、彼は立派な社会人になっていた。
私がこうやって俳優やティーチングアーティストとして生活を送れているのは、これまで関わってくれた人たち、教え子たちのお陰。
そして、私が何気なく言ったことや伝えたことは、教え子の中で水の波紋のように広がり、何かのタイミングで心に到達するんだと改めて思った。
教師や何かを教える立場の人は、目の前の人に「今すぐそうなってほしい」とか、「言う事を聞け!」というスタンスでは伝わるわけもなく、夢や希望を持てない日々をつくってしまうことにもなりかねない。
私たちは、裏切られたり、彼らが道を外したりしても、それでも大きな愛で見守って応援するだけで、伝えたことを全てを分かってもらえなくても、いつか、ほんの少しだけでも気づいてくれたら幸せだなぁって思う。いや、こちらの考えが間違っていることだってあるんだもん。
約10年ぶりに会った彼に、10年前のことを感謝され、涙ぐみながら話す彼を目の前にして、私が、私たちがしてきたことはあながち間違いじゃないんだなぁと嬉しく思えた。
物事に感謝できる人とそれに気づけない人がいる。彼も当時よりたくさん経験してそこから学んだこともあるはず。昔の自分では気づけなかったことが、今の自分なら気づけることがあるんだ。私は今でもそうだから。
今、私ができることは、関わってくれた人たちや教え子たちに「ありがとう」を返すこと。直接返せない人が多いから、私の周りに「ありがとう」を伝えていこう。
過去の私が伝えたことが、水の波紋のように一人の教え子の心の中で広がったように、「ありがとう」が水の波紋のように多くの人に広がっていくといいなぁ。
こばやし・ひでき
2000年舞台デビュー。劇団ひまわりを経て県内劇団で活躍する。やがて中学校教師となり、並行して俳優業を行うが、2011年に教師を辞職。舞台を中心に活躍し、北島三郎公演、カムカムミニキーナ、下町ダニーローズ、ソラリネ、team6g、Superendrollerなど客演多数。また、教育現場や自治体、企業での演劇教育(ドラマ教育)や講演活動にも力を入れている。2021年1月に飯田市にて「Enziru LifeTheater 陽のあたる教室」を立ち上げる。
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