【今だからこそ文化芸術を語ろう】稲葉俊郎×藤岡聡子×紅谷浩之

 

稲葉さんと出会ったのは、とある夏だった。毎年、上高地の涸沢診療所に夏山診療に来ていた稲葉さんが、その年も涸沢に向かう前日に、セイジ・オザワ 松本フェスティバルのコンサートに寄られたときだった。その年の暮れには、生きる糧として、ときに心を満たすため、たくさんの食事を享受してきた身体感覚にアプローチし、自らの奥底に眠る生命=食の記憶を想起させる(食べない)食のライブパフォーマンス「食の鼓動─inner eatrip」を拝見し、それ以降、事あるごとにやりとりさせていただいている。その興味の幅広さといい、行動力といい、ブログの更新頻度といい、いつも驚かされている。

 
 

稲葉俊郎さん

 
 

構想して温めているいろいろなビジョンを

公共や未来のためになることを実践していきたい

 
 

――お待たせしました。それでは稲葉さんのお話に移りたいと思います。なぜ軽井沢にいらしゃったのですか?

 

稲葉 僕は生まれが熊本です。日本で一番面白い、エッヂか効いていると思い頑張って東京に行きたくて、ワクワクすると思って東京大学に入ったんですが、いざ入学したら失望したところが多かったんです。大学時代はほとんど山に登っていました。それは僕が抱える問いに対して人は誰も答えてくれなかったけど、山や自然に投げかけると答えを返してくるようなところがあって。それで山にのめり込んだんです。そんな経緯で研修医時代の2年間、松本の相澤病院にいたこともあります。その後は東京で医者をやっていましたが、東京という街の特性もあって、すべてがいい形で噛み合っていかないんです。医療は医療単体であり、街とまったくかかわりがない。文京区に病院があるけれども文京区の人のためにやっているわけでもない。みんな何かわからないけど一生懸命やっているという感じなんです。僕も在宅医療を10年ほどやっていましたが、往診しても患者さんは隣人さえ知らないし、孤独に生きている人がものすごくたくさんいる。どうしてこういう社会になってしまったのかという問いがずっとありました。本当にやりたいことを実現するためには、今いる場をつくり変えるか、それができる場に自分が移るかですよね。最初は前者を選んでベストを尽くしたつもりでしたが、東京で活動することに限界を感じたんです。

 
 

涸沢診療所にて

 
 

――そして選んだのが軽井沢だった、と。

 

稲葉 理由はいくつかあって、『ほっちのロッヂ』のような取り組みが生まれようとしているのも、判断の一つにはありました。新しいものが生み出せる土壌であるとか、受け入れられる場所であるとか、実際にそれをやろうとしている人たちが集っているとか、そういう条件がそろっているのがいいなと。『ほっちのロッヂ』が新しい概念で医療を捉えようとする、あるいは医療という概念を、ケアという言葉を新しく見直そうとされていることが楽しみでした。僕もまだどうなっていくかわからないですけど、構想して温めているビジョンはいろいろあるので、皆さんの展開を見つつ、学びつつ自分も面白くて、公共や未来のためになることを実践していきたいですね。
 
――稲葉さんは芸術にもとても造詣が深いですよね。それはどんな経緯で?

 
 

ミュージシャンの大友良英さんと(詳細は文末に)

 

アンサンブルズ東京/UA+稲葉俊郎(詳細は文末に)

 

池田学(画家)×稲葉俊郎(医師)対談(詳細は文末に)

 
 

稲葉 どうなんでしょうね。子どもを見ていると踊ったり歌ったり、絵を描いたりという表現が分けられていないじゃないですか。その瞬間の感覚を大切に生きている気がするんですけど、僕にとって文化芸術はまさにそういうもの。だから特別に好きだというより、その感覚を押さえ込んでいないだけだと思います。本来は誰もが好きだったり興味あるはずなのに、大人になるといろんな社会的常識や制約のために抑制しているだけだと思うんです。僕は絵もずっと描いているし、写真も撮っています。東大時代は表に出すことを控えていたんですけど、これからはそのへんの活動も全部やっていきたいですね。
 

藤岡 稲葉さんの写真や絵をぜひ見てみたいです!
 
――稲葉さんは9月開催予定の山形ビエンナーレの芸術監督を務められますよね。お医者さんとしてかかわられることにとても感激しました。

 

稲葉 ありがとうございます。猪熊弦一郎という美術家をご存知ですか? ニューヨークなど海外で活躍されたあと日本に戻り、晩年に丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、MIMOCAをつくったんです。その美術館のテーマが、「美術館は心の病院」というものです。病院と美術館という二つの場の次元がつながっていることを、僕は『ころころするからだ』という本のなかに引用しながら「芸術と医療」という章を書きました。それを東北芸術工科大学学長の中山ダイスケさんが読んでくださって、MIMOCAのシンポジウムで中山ダイスケさん、建築家の谷口吉生さんと一緒に登壇させていただいたんです。そこで「芸術は僕らの心や魂と密接につながっていて失った全体性を取り戻すものである。僕は医療者として、芸術は医療であり、医療は芸術だと思う」という話をいろいろな角度からさせていただいたら、ダイスケさんが「そのコンセプトで今までにない新しい芸術祭をやりましょう」とおっしゃってくださったんです。今あちこちで芸術祭が中止になっていますよね。今朝、山形ビエンナーレのスタッフ会議があって、「開催しよう。どうしたら開催できるかを考える場にしよう」ということで考えはまとまりました。芸術祭は今こそ必要とされていると思うんです。もちろんオンラインを駆使する部分も多くなるでしょうけど、どうやったらできるのか、私たちはなんのために芸術祭をやっていたのかを問い直すものにあえて挑戦しようと思います。もう少しで公式に発表できると思います。今は細かい準備中です。
 芸術祭は、芸術に携わる人だけがハッピーであればいいということではありません。本来、私たちが芸術や文化を生み出したのはなぜかを問い直すようにしようと話してたんですね。社会基盤としての文化や芸術、そういう意味で何かリアルな社会との接点を模索するような形になるかとは思います。ドイツ政府が「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」と言ったことに対する、自分たちなりの返答になると思っています。

 
 

だれかのモノサシではなく、自分のモノサシで考える時代に

 
 

――新型コロナウイルスが社会生活にさまざまな影を落としています。皆さんが今どのようなことを考えていらっしゃるかを今日は伺いたかったんです。

 
藤岡 私は「以前の世界には戻らないんだな」と早い時期に自分の思考を大きく変えたんです。私が考えた「ケアの文化拠点」というコンセプトさえ、すでにオールドファッションだと思う。「ケアの文化拠点」はただの目的でありコンセプトなので、人ではなく、物、ことが生まれる中心地であるという定義づけさえあれば、プランはどんどん変えられる。人と人が交わらなくても、在宅医療の現場からいろいろとタネを運んできて、それを発芽させて表現できる場所が『ほっちのロッヂ』であればいいだけのこと。最近のテーマは、毎日メンバーに言っているんですけど「全部ひっくり返そう、今までやってきたことの真逆をやろう」ということ。美術館では壁に絵がかかっていて、屋内に入らないとアートには触れられないけれど、「窓の外美術館をやろう」とアートディレクターのメンバーと話しているんです。作品を窓側に向けるだけですけど(笑)。
 軽井沢町って今いろんな人が散歩をしている。これからは散歩で動ける範囲で日々の暮らしを豊かにするということに誰もがフォーカスし始めるんじゃないでしょうか。星野リゾートの星野佳路さんも「マイクロツーリズム」、地元の人が地元にお金を落とそうと提案をしていらっしゃいましたね。私もそういう流れになると思ったときに、別に人が集まらなくても物やことが生まれるなら手段も全部ひっくりかえして考えられる、すべてがゼロなんだと面白がっています。
 
 

 

 

「窓の外美術館」のパンフレット

 
 

稲葉 社会の構造自体が変わる時期だとは思うんです。みんなが「これはよくない」と思うことはいろいろあったのに、それを口に出してもなかなか変わらない状況がずっと続いていた。僕は東日本大震災のときに変化が起こるだろうと思っていたのですが、日本だけの問題では変われませんでした。なぜ変わらなかったのかと考えたとき、2011年から1年経ってふと感じたのは、地球規模で何かが起きない限り本当のシステムの変化は起こらないだろうなって思ったんですね。これからある仕事はなくなるかもしれませんが、今まで存在しなかった仕事も生まれるでしょう。一時的に職を失うかもしれないし、今まで想定していた生活が全部崩れてしまうかもしれません。一面的に見ればそれはものすごく大変なことで死活問題です。ただ、「問題」というものは常にひとつの発展への可能性としても立ち現れてきます。私たちはどういう方向に行きたかったのか、何をフィロソフィとして共有し、どういう社会をつくっていきたいのか、そうしたことを問われている岐路に立っていると思うんです。実は僕は当時からそれが2020年だと感じていて、それに向けて準備し、軽井沢に移ってきたんです。そういう意味で何か具体的なモデルが必要だと思います。僕はそれを軽井沢の町や町の皆さんと一緒に表現したいんですよね。
 
紅谷 変化しない方にしがみつこうとすると不安になりますが、変化は常に何かしら起こっています。たしかに今は日本全体、世界規模で起こったことで、人それぞれの不安のボリュームは上がっている。でも新しい問題が起これば新しい解決策が生まれる、そのサイクルはこれまでもそうだし、これからもそうでしょう。僕自身の大きな変化は『ほっちのロッヂ』ができたこと。今度のコロナのような社会全体で受け止めるようなダメージを受けたときこそ、人がつながろう、生み出そうとする本来のエネルギーをもう一度信じ直そう、それが僕らのアプローチです。そういう意味ではまさに試されるようにオープニングの時期にこの問題が起きたわけですが、新しいチャレンジをする時期だと思います。そこに気づいて、身体にせよ、心にせよ、社会にせよ、病んでいる状態をつながる機会、生み出す機会に変化させていく人たちが時代を牽引していくのではないでしょうか。生活や人生を脅かす状況になったときに救世主になるのは、既存の優位者ではないと思うんです。ひょっとしたら文化芸術かもしれないし、医療や福祉の分野から生きる力に注目することかもしれません。
 
 

 
 
藤岡 たとえばBluetoothの聴診器は生み出せるかもしれないけれど、診察のスタイルは根本的にはface to face。今日は瞬きが多いな、目線を反らせたけど言いたいことがあるのかなと、息づかいまで見るスタイルが変わらないとするならば、やっぱりそこにちゃんと「こと」を介在させて、その人の表現活動がギリギリまで保たれることを目指していきたいですよね。それが生きることにつながる。私自身も患者さんにかかわるときはそれができたらいいなあと思いながらお話します。本当の意味で個が立っていく時代がようやく来たのかなとすごく思いますね。
 

稲葉 医療もそうですけど、役割とかポジション、肩書きみたいなものが強くなっている時代のなかで、大事なのはその人の「生身」ですよね。子どものように丸裸になって生きていく、そこで人と人がお互いに影響し合う、僕はそんな人間の原点のところに生きる表現の本質があると思うんです。それはプロとかアマチュアじゃないもっと原人間の純粋な世界です。芸術の力は間違いなくありますが、その「力」をどこに向けて生きていくのか。何かを一途に極めていった人がプロフェッショナルだと思いますが、プロフェッショナルは広い裾野のアマチュアが支えてこそ生きてくるんですよね。普段から無意識に芸術に接して、芸術世界を生きている人たちはたくさんいます。そうした広い裾野の根が医療や芸術という枠や垣根を突き破ってつながる通路になるのかなと僕は思っています。自分はそういう世界で生きていきたいし、もし今がそうなっていないのなら、自分はそういう世界をこそ未来に渡したいと思います。
 
 

 
 
紅谷 繰り返しになりますが、僕は失ったものに注目するよりは生み出される動き、どういう状態になるかよりはどこに向かおうとしているかのエネルギーに注目したいと思います。病院で行う検査、レントゲンを撮る、採血する、時間を止めて何かを評価する、状況観察で何かを判断するという時代から、これからはどう変化するか、どう生み出していけるか、誰かと誰かの表現がぶつかることで新たなものが生まれるということが、これまで僕らが健康と呼んできたものの新たな指標になるかもしれません。健康という概念が大きく変わる気がします。人間の生きる意味や価値もそこに向かうのかもしれませんし、そういった仕組みや考え方が広がることに期待しています。
 そういう意味では、医者という同じ軸を持っていながら、これまではどうしても医者の世界では僕が気づいたことに同意していただける環境はあまりなくて、暗闇で手探りしていたようなところがありました。稲葉先生はその領域で活躍されていらっしゃるし、発信もされている。そこで一緒にお話しできたり、現場を持てたら理解が深まるなと期待がありました。

 
 

 
 

稲葉 山形ビエンナーレと関連づけてお話しすれば、もちろん開催することでいい面と悪い面があるとは思います。でも、たたき台がないと前には進んでいきません。もちろん芸術祭を中止にすることも一つの大事な判断です。でも僕が12、13歳の子どもだとしたら、何もしない大人の様子を見て「何を勉強してきたんだろう。何で考えないんだろう」と思ってしまう気がするんですよね。どうやったらできるんだろうか、どんな工夫があるんだろうか、と知恵をひねる。「考える」ということが今求められていると思うんです。

 
――最初に「モノサシ」の話が出てきましたが、軽井沢から新しいモノサシが提案できるのか、またモノサシはいらないということなのか、そういう面白い動きが始まりそうですね。

 
稲葉 はい、そうですね。常識にとらわれず、常に新しく発見していくものだと思います。

 

紅谷 モノサシは本人が持っているものです。こっちから見るとこういうふうに思ったけれど、あなたのモノサシで見ると最強だね、みたいな。そういうモノサシ自慢大会みたいなことができればと思いますね。
 
 
 

【記事中に登場する稲葉さん関連イベント詳細】
食の鼓動 ─innereatrip」(2017/12/28-12/30, スパイラルガーデン)
企画・構成:野村友里, 音楽構成:青柳拓次, 出演:高木正勝、ささたくや、蘇我大穂、渡辺亮、 Vincent Moon, ゲストパフォーマー:永積崇/ハナレグミ(12/28) UA(12/29)︎ 熊谷和徳(12/30), テキスト・トークセッション:稲葉俊郎

 

NHK Eテレ SWITCHインタビュー 達人達「大友良英×稲葉俊郎」(2017年3月11日)
放映後、反響が大きく、「見えないものに、耳をすます ―音楽と医療の対話」(大友良英、稲葉俊郎)(アノニマ・スタジオ、2017年)の書籍化の時の写真。琴を背中にあてているのは書籍写真を担当した写真家の齋藤陽道。耳が不自由なため体を介して音を聞いている。
 

2017年10月15日 アンサンブルズ東京/UA+稲葉俊郎
東京タワーの前で、UA+稲葉俊郎として、一般の参加者とチベット声明などのライブパフォーマンスを行った。全日のワークショップの様子。
 

2017年7月28日 池田学(画家)×稲葉俊郎(医師)対談(銀座 蔦屋書店)
世界を舞台に活躍する画家、池田学も東京芸大時代に山岳部でもあり、登山という共通の趣味を介して親交が深い。

 
 
 

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