[聞く/entre+voir #019]幣 隆太朗(コントラバス奏者)

コントラバス奏者/ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ・シュトゥットガルト
幣 隆太朗さん

 
 
サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーとしても活躍、日本とドイツを行き来しながら演奏活動を続けるコントラバス奏者・幣隆太朗が率いる室内楽ユニット「ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ・シュトゥットガルト」が久しぶりの松本公演を行います。今回の演奏会のメインは、2017年から常に演奏体制を整えているというシューベルトの『八重奏曲 ヘ長調 D 803』。この曲に対する思いを語った。
 

コントラバスがもの素晴らしい演奏の下支えをすると、

メロディを奏でる楽器がますます魅力的になっていく

 

◉幣さんと松本の関係について教えていただけますか。

 2010年の4月に所属しているドイツのシュトゥットガルト放送交響楽団の日本ツアーで生まれて初めて松本に来ました。そのときは、単にジャパンツアーの一環だったわけですが、山に囲まれた自然豊かでいいところだなあという印象が強く残っていました。折しも同じ年にサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーとしてお声をかけていただいて、それ以来、ありがたいことに毎年、松本の街に来させていただいています。

 

◉幣さんは松本でも高校生の楽器クリニックもやられていると聞きました。そこにどんな思いが、どんな夢があるのですか?

 コントラバスのクリニックは実はいろんな地域でやっているんです。松本では3年前に僕自身のリサイタルを開かせていただき、その縁で出会ったトキシラズの山田賢作さんに高校生向けクリニックを依頼され、引き受けることになりました。コントラバスという楽器は、吹奏楽部に入って始める子が多いんですよ。というのは、正直に言えばコントラバスを最初からやりたいと思って弾いている子はほぼ皆無なんです。みんなトランペットやクラリネットなどと花形の楽器をやっぱり希望するんですよ。けれども、そこにたくさんの希望者が集まると部の中では抽選になったりしますよね。その抽選に漏れた子たちが誰もあまりやりたがらない楽器に回るのが実情。コントラバスは、そのやりたくない楽器の筆頭です(苦笑)。けれど、仕方がなく始めたとしても、「あ、面白い楽器なんだ」と思えるようなきっかっけになればいいなと思い、クリニックの活動を始めました。松本市では、吹奏楽部全体のクリニックは時間の関係で残念ながらできていません。数年前に今回来日させていただくシュトゥットガルト放送交響楽団のルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズで沖縄公演に行ったことがありました。そのときに主催者が吹奏楽全体を集めたクリニックを企画してくださって、コントラバスの奏者がただ譜面通りにリズムを刻むのではなく、自分が音楽をしていると体感していればこそ、コントラバスよりも音階が上でメロディを奏でている楽器の人たちが「コントラバスがいいと、こんなにも音楽が楽しくなるんだと」口々に言ってくださるという体験をしてもらうことができました。そう、演奏の下支えをするコントラバスがものすごくいい音楽を奏でると、上をくすぐることもできるし、手のひらに乗せることもできる、そのくらい重要な楽器なんです。そういうコントラバスの魅力を伝えられたらなあという思いがあるんです。松本でもぜひそういう機会を持てたらなと思います。

 

中央が幣さん、左が山田賢作さん

 

◉逆にコントラバスという難しさはどんなところですか?

 ヴァイオリンやビオラ、チェロなどに比べると、音を決めるポジションが非常に長いんですよね。そこに指を持っていって音を出すんですけど、大きい楽器ですから、細かい音符を弾いていくというのは、全身も使いますし、体力の必要になるのでとても難易度の高い楽器と言えます。それでもさきほどお話したコントラバスの魅力が大きいから続けているんだと思います。
 僕は音楽ができればなんでもよかったんです。たまたまコントラバスを選んだわけですが、自分に合っているかと聞かれれば、これだけ長くやって、一生懸命練習もできているくらいだから、そういう意味では向いていると言えるのかもしれないですね(笑)。

 

◉幣さんがコントラバスを始めたのは、どういうきっかけだったんですか?

 僕の場合は父親の影響です。意外かもしれませんが、それまで野球少年だったんですよ。実は父親はコントラバス奏者で、ベルリンにも勉強に行っていた経験のある人です。今は家業を継いでいるんですけど、その父に洗脳されたのかもしれません(笑)。前回の松本でのリサイタルで弾いたシューベルトの『アルペジオーネ・ソナタ』なんかは、父から演奏のCDを何度も何度も聴かされて、いつかお前がこれを弾くんだと言われ続けていたものなんですよ。本当はコントラバスで弾く曲ではないんですけど。

 

ベートーヴェンの『七重奏』と並んで

シューベルトの『八重奏曲 ヘ長調 D 803』は僕らにとってもっとも重要な曲

ベートーヴェンを敬愛した彼が『七重奏』に倣って書いたものだから

 
◉幣さんは普段はドイツに住まわれているのですが、日ごろどんな活動をされているんですか?

 基本的には自分が所属しているシュトゥットガルト放送交響楽団での練習、本番の繰り返しですね。その合間を塗って、ドイツ国内でも室内楽の演奏会をしたりしています。

 

◉ドイツ生活で気に入っていることは?

 ドイツも自然がいっぱいで多いところで、特に僕の住んでいる街は料理が比較的に美味しいし、大好きなワインもあるので気に入っています。特に好きな料理? うーん、特にこれはといったものはないんですけど(笑)。

 

◉今回やってくるルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ・シュトゥットガルトというのはどんなチームなのですか?

 そもそもは僕にはベートーヴェンの『七重奏曲変ホ長調作品20』を素晴らしいメンバーとやりたいという夢があったんです、それも父の影響なんですけど。あるとき、シュトゥットガルトに留学をしている横坂源君というものすごく素晴らしいチェリストと出会ったんですよ。彼とはいつか一緒にやりたいねという話をしていたんですが、その出会いが結成の第一歩です。そして、サイトウ・キネン・オーケストラで出会ったヴァイオリニスト白井圭さん、SKOはみなさんすごい実力と魅力を持った奏者の方ばかりなんですけど、白井さんとだったら何か新しいことができるんじゃないかと思いました。そして管楽器は僕が所属しているシュトゥットガルト放送交響楽団の首席奏者、ディルク・アルトマン(クラリネット)、ハンノ・ドネヴェーグ(ファゴット)、ヴォルフガング・ヴィプフラー(ホルン)が入ったら新たな化学反応が起きそうだと。そうやって徐々にルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズが形づくられていきました。
 
◉ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ・シュトゥットガルトは幣さんがつくられたチーム?

 そうですね、僕と横坂君でつくったという感じでしょうか。
 
今回の公演のプログラムについて一言お願いします?

 メインはシューベルトの『八重奏曲 ヘ長調 D 803』です。そこには白井さんはすごく厳しい目を持った方なんですが、彼が高い評価をするセカンドヴァイオリンの女性、エミリー・ケルナーさんが演奏します。彼女が加わったことで、ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ・シュトゥットガルトと名称を変えて、つねにシューベルトの『八重奏』を演奏できる体制を整えたわけです。この曲は僕らのグループにとって、ベートーヴェンの『七重奏』と並んで、彼を尊敬していたシューベルトが、彼の『七重奏』に倣って書いたという意味でも重要ですし、しかも僕らのグループの編成でのもっとも優れた曲の一つとなります。
 僕は山田さんと知り合ったのをきっかけに、毎年のように自分のリサイタルを松本でさせていただいたり、ルートヴィヒ・プレイヤーズを呼んでいただいたり。また山田さんを通して、たくさんの方々の出会い、その方々に支えていただいているんですよ。自分たちが演奏したいと思ってもコンサートを行うのはそうそう簡単ではなくて、そういう方々がいらっしゃるからこそ実現できることです。そこには松本が音楽的な土壌がある街というのも大きいかもしれません。
 素晴らしい演奏会にしますので、とにかく僕らの演奏を聴きにホールに足を運んでいただければうれしいですね。
 

 

幣 隆太朗 Ryutaro Hei
10歳より、故・奥田一夫に手ほどきを受ける。
東京藝術大学を経て、2001年に渡独。ドイツ・ヴュルツブルク音楽大学を卒業。
2005年に同大学院マスターコースへ進むとともに、
ベルリン国立歌劇場オーケストラ(シュターツカペレ・ベルリン)のアカデミー試験に合格、
首席指揮者ダニエル・バレンボイム指揮のもと、オーケストラの一員として研鑽を積む。
07年、首席指揮者サー・ロジャー・ノリントンのもと、SWRシュトゥットガルト放送交響楽団に入団。
09年ヴュルツブルク音楽大学マイスタークラスの修了試験を審査員の満場一致で合格、
「コントラバスマイスター」の称号を得る。
現在、シュトゥットガルト放送交響楽団団員として、
ドイツ国内外でのソロリサイタル、世界を代表するソリストの室内楽の共演などを行っている。
10年よりサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーに参加。
文屋充徳、奥田一夫、河原泰則、永島義男、南出信一、村上満志、
山本修、マティアス・ヴィンクラーの各氏に師事。
12年より上野製薬株式会社より1670年製コントラバスの名器「ブゼット」を貸与されている。

 
 

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