[聞く/entre+voir #018]本江邦夫さん(長野県芸術監督 美術担当)
地域の文化的交流の中心が美術館であってほしい
エントランスにいれば誰かに会える
そんな感じになることで初めて意味を持つ。
そして地域のアーティストを大事にしてほしい
「シンビズム」。一般財団法人長野県文化振興事業団・長野県が、県内の公立・私立20施設のさまざまなキャリアの学芸員共同企画による、初めての展覧会。美術評論家の本江邦夫氏が長野県の芸術監督団となり、学芸員と準備を進めてきた。そのPRも兼ねて、芸術監督についてもお話を聞いた。
僕は芸術監督とはいえ実制作者ではないから、
選手(=学芸員)を主役に、育成していくのが役割だと考えた
◉2016年4月から芸術監督団のお一人として活動が始まりました。本江さんはこれまで長野県にはご縁がおありになったんでしょうか。
本江 大学に入って最初にできた友人、まあごく少数の心許せる仲間のうち2名が長野県出身。長野市と飯田市でしたね。それから大学時代に、夏休みを信州の高原で過ごす「学生村」の広告を見て、さっそく出かけていったんです。これが病みつきになり、毎年のように夏は信州に通っていました。
◉では県内の美術館も結構通われたりされたのですか?
本江 いやいや美術館は行ってません。美術を仕事にしようなんて思ってもいませんでしたから。この世界に入ったのはいわば成り行き。28歳のときに東京国立近代美術館に入り、日本の現代美術を見ておかないとまずいだろうと思って、毎週末に銀座周辺のギャラリーを回るようになったんです。そこでいろんな作家と知り合いになったんですが、辰野登恵子さんをはじめ長野県の人がすごく多かった。コンテンポラリーアート、現代アートの世界に長野県出身者がたくさんいて、彼らとも交流があった。それから駒ヶ根高原美術館の松井君子さんと知り合い、駒ヶ根にもよく出かけましたね。松本市立美術館とも仕事をしてきましたし、(そして「シンビズム」のアドバイザーとして参加してくださっている石川利江さんの)長野県にゆかりのあるアーティストのグループ展「N-ART」展ではギャラリートークに何回か参加したりもしました。そんないろいろな縁があって、長野県から芸術監督のお話をいただいたときに「これは断るわけにはいかないかも」「断る理由がない」と思ったんです。
◉長野県芸術監督団のお一人として美術を担当してほしいというお話があったときはどんなふうに感じられましたか?
本江 チームがないじゃないかと思ったの。監督だけポツンといる。監督というのは何かのチームがあって、プレイヤーがいてこそでしょう? だから僕の場合は、何を求められているのかよくわからなかった。長野県芸術監督団のほかの監督である、演劇の串田和美さんや音楽の小林研一郎さんと違って、僕は実制作者じゃないからね。だからこそ選手がいなければ意味がないし、上から目線の言い方に聞こえるかもしれないけど、選手を抱えてそれなりに育成できるかどうかが僕の仕事であるはずだと思ったの。
◉それで学芸員を主役、プレイヤーにした「シンビズム」を企画されたんですね。
本江 そうです。あと学芸員というのはどこの美術館、博物館でも孤立しているんです。長野県内は特に1館に学芸員が一人しかいない場合が多い。本当にポツンポツンといる感じだけれども、横のつながりを作れれば力にもなるし、勢力にもなる。勢力になればお互いのことを守りあえる。話は飛躍するけれど、日本の美術館には「あの学芸員は面白くない」などの理由で、おかしな配置転換をされて辞めさせる、辞めざるを得ないということが多いんですよ。それは学芸員同士お互いに守りあえないからだと僕は思う。長野県からでも学芸員のユニオン的なものを作るべきですよ。お互いの専門を理解し合って、協力もし合って、20人から30人のネットワークができて、そこにみんなが参加するようになればいいんじゃないかと。だから知事が芸術監督団に対して当初お考えになっていたイメージとは違うかもしれないと思う。
将来は長野県信濃美術館も「シンビズム」と有機的な結びつきを構築してほしい。
そしいぇイニシアチブを取って「シンビズム」をやっていくのがいいと思う。
ただし上下関係ではなく、同じ長野県の美術館として人的交流を目指してほしい
◉いずれにしても、そういう思いがベースにありつつ、「シンビズム」が誕生したわけですね。
本江 うん、例えばアートフェアやビエンナーレをやる、そういうのは僕の役割じゃないと思いますよ。そんなことはどこでもやっている。やっぱり学芸員が自ら動いて、自ら考えて、私の言い方だけど自分たちの美的共同体を作って維持していかなくちゃまずい。信州ミュージアム・ネットワークの伊藤羊子さんの呼びかけのもとに集まった美術館・博物館の学芸員有志で形成されたのがシンビズムであり、4会場同時開催のグループ展の名称なわけです。だから学芸員たちが主役、それが鉄則です。
◉本江さんも含め、20館の学芸員が県内いろんな地域で顔を合わせながらミーティングを重ねました。回を重ねるごとに学芸員さんの変化は感じられましたか?
本江 そういう意味ではだんだん主役だという顔になってきたかもしれない。最初は他人事というか、長野県から呼びつけられたみたいな雰囲気だった。お役所的だった。そこは変わってきましたね。そうそう、彼らが主役だからこそ、「シンビズム」のチラシにも皆さんの名前を載せているのです。
◉各館から推薦されたアーティストの顔ぶれを見て、どんなご感想をお持ちですか?
本江 まちまちかな。まちまちだけど、学芸員がその作家を推薦してきたという個性、色、テイストは尊重しないといけない。結構デコボコはあると思いますよ。私も石川さんもすべて彼らに任せて横で見ていただけなんです。逆に作家をめぐってバトルがあってもよかったんですよ。これはいい、これはダメだとか。何かバトルがあるかと思ったら意外になかった。そのへんが次回の課題かなと思っています。今回は形式的な承認みたいな部分がどうしてもあったけれど、そこで意見を戦わせることでもっと精選した人選にできるかもしれない。
◉推薦されたアーティストは被らなかったんですか?
本江 1人くらいだったかな。だからそれぞれがいいと思った作家はみんな入っているんですよ。ある意味では気持ちよくやってるかもしれない。ただ次回からは「なぜあの人選んだんですか?」と聞かれたときに、「あの学芸員が推薦したから」だけではなく、客観的な選定理由が必要ですよ。
◉でも学芸員にスポットが当たるということは、例えば個性を打ち出した美術館はよいけれど、なかなか美術館そのものの顔が見えずらかったところもあるわけで、学芸員の顔が見えてくると美術館との距離感も変わってくる気がします。
本江 それは極めて好意的な解釈だね(笑)。そうなればよいと思います。とにかくどこかから始めなくちゃいけない。学芸員の名前とイメージとが合って、ちゃんと前面に出てくれば、地域の人には「美術館のあの人だ」とわかるよね。そういった変化が現れてくれば面白い。
◉そのぶん責任も重くなるかもしれませんが、やる気にもつながっていきますよね、きっと。
本江 要するに美的共同体があって、共同体の中心に文化的シンボルとしての美術館があって、その美術館の祭祀を執り行う司祭のような立場が学芸員であるべきなんですよ。お客が入って儲かるということも大事だけれど、地域の皆さんに親しんでもらえて、そこに行けば誰かに会えるとか、あるいはマルシェみたいなものが行われたりとか、とにかく地域の文化的交流の中心が美術館であってほしい。コンサートは1回で終わっちゃうけれど、美術館は1カ月とか展覧会をやっているのだから、エントランスにいれば、いろんな人に会えるといった感じになることで美術館が初めて意味を持つと思うんですよ。地域の美術館はそうあるべきです。そして地域の美術館は地域の作家を大事にするべきだと思っています。
◉そしてもう一つ、「シンビズム」では参加するアーティストを通して、現在の長野県の美術シーンが見えてくるのがとても楽しみです。そこに関してはどんなご意見をお持ちですか?
本江 それが目標ですよね。そうなってほしいと思います。
◉例えば今後、本江さんのお立場ではどう美術館が世間に開いていったらいいとお考えですか。
本江 芸術監督としての最終目標は芸術家村です。長野県下に芸術家村を作って、そこで全国からやってくるアーティストと交流が始まることで県外に長野県の文化芸術が開かれていけばいいかなって思ってる。「シンビズム」も言ってみれば県の内側を見ているものですからね。もしかしたらほかの県が同じようなことをやってみたいと思うかもしれない。全国美術館会議は館長たちの親睦会ですが、そうではなくて「シンビズム」が全国的な規模で広がって、実質的な学芸員たちの横つながりができればいいですよね。その中心は長野県ですよ。東京ではない。
◉そうした構想につながっていくと楽しいですよね。
本江 でもこの横のつながりの問題点は、上位に象徴的に県立信濃美術館があるということです。信濃美術館と「シンビズム」との有機的な結びつきをどのように構築していくかが重要。この間、館長予定者である松本透君(信濃美術館整備担当参与)とも話し合ったんです。彼は東京国立近代美術館の後輩なんです。現時点では距離がありますよね。要するに僕は、「シンビズム」は信濃美術館がイニシアチブを取ってやっていくべきだと思っているんです。ただ県内のほかの美術館との間に上下関係は作りたくない。あくまでも同じ学芸員同士が混じり合うのがいい。美術館の代表格として信濃美術館がイニシアチブを取っていただければいいなあと思いますね。時間はかかるでしょうけど、同じ長野県の美術館ということで情報交換、勉強会など日常的な人的交流があってほしい。長野県は110館もの美術館があるから、そうした有機的な結びつきができれば意味のある結果を出せると思いますよ。多くの県は中央集権国家的で、横のつながりはありません。「シンビズム」のような企画展ができるのは長野県だけだと思います。それだけの財産、文化資材ですよ。
◉最後に一つ。2017年は大げさに言うと長野県の美術シーンのポイントになるんじゃないかと勝手に思っています。芸術監督として本江さんが「シンビズム」をスタートしたこと、信濃美術館が新装開場に動き出したこと、そして北アルプス国際芸術祭が行われたこと。それらは県がかかわっているものですし、舞台となる地域とうまく交流、広域連携していくことで大きな潮流に変わるかもしれないと。
本江 それぞれが有機的に結びついてお互いに切磋琢磨し合うのが一番いいよね。それは長野県が号令をかけなきゃダメでしょう。私はそこまでは出しゃばりたくはない(笑)。芸術監督になったときに知り合いからよく「信濃美術館の館長になるんですか?」と言われたの。世間の人にはなかなかその中身がわからないじゃないですか。「じゃあ本江さんは何をするんですか?」となるから「シンビズム」というものをやっているんだと。だからとにかく僕らは僕らで「シンビズム」をしっかりやらなきゃいけないんですよ。
◉それからですね、すべては。とりあえず次回の開催も決まっていらっしゃるんですか?
本江 内容は具体的には決まってないけれど、県への予算要求はしています。今の状況でこのスタイルがやりやすいだろうとは思うけれど、もっと学術的なものがあってもよいと思いますし、現代美術だけでなく明治の美術をテーマにやってもいい。2、3の美術館が集まって自分たちの企画で何か行うことが当然起きてもいい、すべて学芸員中心ですよ。彼らから次の展開に対するアイデアが出てくるのを望んでいます。
1948年愛媛県生まれ。
76年東京大学大学院修了後、東京国立近代美術館に勤務。
98年より多摩美術大学教授。府中市美術館館長などを務める。
2004年芸術選奨文部科学大臣新人賞。
近著に『絵画の行方』『オディロン・ルドン-光を孕んだ種子』
『中・高生のための現代美術入門 ●▲■の美しさって何?』
『現代日本絵画』『ルクス・アルティウム:越宏一先生退任記念論文集』ほか。