DIYによる新しい音楽/カルチャーの誕生(『The Cockpit』『ワイルド・スタイル』)

DIYによる新しい音楽/カルチャーの誕生(『The Cockpit』『ワイルド・スタイル』)

 三宅唱監督の新作『The Cockpit』が、東京・渋谷のユーロスペースで3週間限定のレイトショーで公開されている(5月30日〜6月19日、長野県での公開は未定)。ヒップホップ・アーティストのOMSBとBimによる音楽づくりの現場をとらえたドキュメンタリーである。音楽づくりの現場といっても、この映画が映しだすのは、何の変哲もない狭いアパートの一室だ。OMSBが中古レコード店で1000円かそこらで買ってきたLPレコードをターンテーブルにのせてドラム・ブレイクを切り出すところから映画ははじまる。トラックが徐々に起ち上がってくる試行錯誤のDIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)は、たとえヒップホップに造詣がない者が見ていてわくわくすること間違いなしだ。

 すでにある身の回りのものを流用/借用/盗用して自分たちの手で何かを創りだすーーそうしたDIY文化のなかにヒップホップを位置づけるのがジョン・リーランドの『ヒップ――アメリカにおけるかっこよさの系譜学』(ブルース・インターアクションズ, 2010年)だ。リーランドは、ヒップホップ胎動期の創作の現場を次のように描写する。「誰も興味を持たないレコードから「ブレイク・ビーツ」つまり強烈にパーカッシヴな部分を抜き出し、それを2台のターンテーブルを用いて繰り返した。[……]面白くなくなった古いポップ音楽の形式を解体し、ブレイク・ビーツに相当するものをつくり出した」。

 もちろん、産み出されるのは音楽だけではなかった。ネルソン・ジョージが『ヒップホップ・アメリカ』(ロッキングオン,2002年)で言うように、1970年代終わりから1980年代の初めにかけて、ラップ(MC)やDJ(ミキシング)に加え、グラフィティ、ブレイクダンスからなる「ヒップホップ・カルチャー」と後に称されるクリエイティヴィティが、ニューヨークのサウス・ブロンクスで産声をあげようとしていた。新しいカルチャーの担い手たちは、公道をダンスフロアに変え、単なる塗装用のスプレーを筆やペン代わりに用いて公共物をキャンバスに変えた。

 こうしたヒップホップ・カルチャーのDIY精神とも通ずるDIY空間が、松本市を流れる女鳥羽川沿いに建つバー/多目的イベントスペースの「Give me little more.」だ。連日連夜DJパーティーやバンドのライヴ、トークショーなどさまざまなイベントが開催されている。松本に古くからあるバーを若いオーナーが自分たちの手で自分たちの空間へと改装したこのスペースでは、6月の第2週から2週連続で全4日間(6/12(金)、6/13(土)、6/18(木)、6/19(金))計8回、伝説のヒップホップ映画『ワイルド・スタイル』を上映している。グラフィティ・ライターの人生の選択をめぐる苦悩を描くこの映画の魅力は、しかし、物語以上に、誕生したばかりのヒップホップという新しいカルチャーを活き活きと記録している点にこそある。20世紀後半においてもっとも重要な文化現象の1つであるヒップホップの誕生の瞬間を、松本の新しいカルチャーが生まれつつある現場で、目撃してみてはいかがだろうか。

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■関連サイト
『ワイルド・スタイル』[公式サイト] http://www.uplink.co.jp/wildstyle/
Give me little more. [Facebookページ] https://www.facebook.com/GiveMeLittleMore
『The Cockpit』[公式サイト] http://cockpit-movie.com/

Give me little more.(松本市中央3-11-7)での上演予定はこちら

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