[ようこそ、信州へ #008]神保 佳永さん(HATAKE AOYAMA)〜大町が芸術の街になる⑤
北アルプス国際芸術祭 食のアドバイザー
神保 佳永さん(「HATAKE AOYAMA」総料理長)
総合ディレクター・北川フラムさんの思いを食に落とし込み
芸術祭ではアートを感じ、地域を感じていただき
大町を盛り上げる一翼を担おうと考えた
気鋭の料理人が俳優の杉浦太陽とキッチンワゴンに乗り込んで、食材を求め、地元の生産者たちと交流しながらオリジナル料理を作るNHKの「キッチンが走る!」が印象深いかも。物腰の柔らかい若いシェフが登場していたのを覚えていらっしゃる方も多いだろう。神保佳永さん。東京・青山にある「HATAKE」という名のイタリアンレストランの総料理長だ。実は北アルプス国際芸術祭、「食とアートの廻廊」がサブタイトル。神保さんはアドバイザーとして、大町出身の料理研究家・横山タカ子さんとともに、名乗りを上げた市内13軒の飲食店のテコ入れを行った。地方のアートフェスに行くと実は食事ができるところを探すのが意外と難しい。けれど旅の思い出には欠かせない重要な要素が食だ。神保さんがどんな想いでこのプロジェクトに取り組んだかを聞いた。
◉どういう経緯でアドバイザーを引き受けることになったのでしょうか?
神 保 僕は東京で商売していますが、2年に1度くらい、ワークショップやメディア懇親会みたいな形で大町の食材を使った料理を提供していたんですよ。それで大町の食材に詳しいということで白羽の矢が立ちました。実は僕は食で地方を応援するという信条を持っているんです。僕の故郷の茨城県ではもう7年くらい活動しています。生まれは日立市ですが、2、3年前には全国で2番目の過疎化率でした。僕がいたころは人口20万人だったのが、今は17万人になり、このままいくと5年後には14万人になると言われています。それでcucina Nord IBARAKIというレストランをプロデュースさせていただき、料理だけではなく、地域を食で活性化するお手伝いをしています。ほかにも熊本や石川をはじめ、いろんな県を食で応援しているんです。
◉これまで芸術祭にもかかわられてきたそうですね?
神 保 ひとつは故郷の「KENPOKU ART 茨城県北芸術祭」。古民家を再生した店舗でお茶とともに提供するスイーツを考えてほしいという依頼をいただき、鬼灯を使ったスイーツを2品監修しました。瀬戸内国際芸術祭では直接のかかわりではないんですが、豊島というところの島キッチンで芸術祭の期間中に料理のイベントをやらせていただきました。
◉そうした活動を通して、アートと食事の親和性、芸術祭における食の可能性はどう感じられていますか?
神 保 食もアートであり、われわれもアーティストと同じだと思っています。アーティストの方たちはその土地で、その環境を踏まえながら自分たちの作品をつくっていく。それをどう見せていくか、どう五感で感じてもらうかがアートだとすれば僕らの仕事も同じ。その土地の食材で料理をつくり、その土地でつくられた器にアーティスティックに盛り付けたものを食べていただくわけですから。芸術祭はアートを見せるだけでなく、土地を感じ、聞くこと、人とふれあうこと、味わうことなどもひっくるめての芸術祭体験だと思います。芸術作品を見て、ファーストフードを食べるのでは寂しい。ですから事務局から芸術祭のお話をいただいたとき、携わるんであればしっかり取り組みたいと伝えました。そしてフラムさんともお話をさせていただいて、芸術祭をどういうお考えで開催されるのかうかがいました。
◉フラムさんはなんと?
神 保 われわれのやりたいことを伝えたところ、それはコンサルになってしまうし、不可能だと言われました。でもコンサルにならないと劇的に変わりませんし、大町がよくならないという話をしました。われわれが勝手にやっていては芸術祭とリンクもしないし親和性も生まれない、食にフラムさんの思いを落とし込んで芸術祭を盛り上げていきたいと。それにわれわれの名前が立っているのでやるしかない。だからものすごく大町に来ているし、ものすごく大町の方々と話をして料理をつくりました(笑)。最終的にはフラムさんも「こんなすごいことができたんだ」と喜んでくださいました。
人見知りが料理にも出てしまうんです
もっと自信を持って自分たちの魅力を表現してほしい
◉大町ではどのように行動されたんですか?
神 保 去年の夏くらいからこちらに足を運んでいます。最初はどんなものがあるんだろうという感じでしたが、何度も何度も足を運んで大町について知り、いろんな方々と出会ううちに、いろいろあることがわかってきました。それは食材だけではなく、景色や自然、建物や歴史もそうで、そういうものがあって今の大町ができていると実感できました。いろんな料理店をアドバイスさせていただくなかで、そういうものを改めて皆さんにアウトプットしながら、かつ料理店の魅力、伝統などを生かしながら形にしていくという作業をしました。
◉横山さんとはどういうふうに手分けをされたのでしょうか?
神 保 横山先生と一緒に料理店に食べに行っては、ここは私よね、ここは神保さんよねと相談してお互いの特徴を生かせるように分けました。僕は洋食が多いですけど、お蕎麦屋さんもホテル・旅館も入っていますし、いい感じにミックスしています。
◉大町の皆さんの気質など感じられたことは?
神 保 自信は持っているのに表面上は出さず、これでいいのかと疑心暗鬼な感じなんですよ。もっと自信を持って自分たちの魅力を表現してほしいです。人見知りが料理にも出てしまうんです。最初にキックオフの時間があったんですよ。そのときはネガティブな意見が続出して、本当にいけるのか?と思いました。でも個人店にうかがうと前向きなんです。こういうのを試作したんですけど食べてくださいって。もちろんこうしたほうがいいですよと伝えても、わかりました!という方もいれば、そうじゃない方もいらっしゃいましたけどね。たとえばお蕎麦屋さんで聞くと、お蕎麦にはこだわっていらっしゃるのに、出汁が市販のものだったりする。蕎麦にこだわっているんだったら、ほかの部分ももう少しこだわろうよと。伸びしろがあるのに、自信はあるのに、そこを出し切れていない。余計なお世話かもしれませんが、見え隠れするそういう部分を崩していくのにすごく苦労しました。
◉横山先生は地元の方だから入りやすかい部分もあると思うんですけど…
神 保 ありましたありました(笑)。僕はまだ40歳ですから、大町の料理店の皆さんの多くは僕にとっては業界の先輩ですから。横山先生はこちらでは有名なので「あー、先生、先生」となるわけですけど、僕には「君はだれ? どうしたの?」みたいな(笑)。中には横山先生と担当を変わっていただいたお店もありました。でも結果としてうまくいけばいいことなので。
左から、マルハン 爺ガ岳ロッヂ、緑翠亭 景水、立山プリンスホテル
外から来るお客様だからこそ、お店の個性を明確にする
◉今回のやりとりを通して印象に残ったお店をいくつか挙げていただけますか?
神 保 まずタカラ食堂さんですね。お店に伝統があって、蕎麦桶がおしゃれなんです。そこにお蕎麦が乗せられて出てきたんですけど、器のしつらえがいいので面白いことができないかなあと思い、蕎麦の食べ尽くをやってみましょうと。店主の方も前向きにいろいろ試してくださって、蕎麦は蕎麦で食べられるけれど、サラダや前菜類、お茶やデザートまでオール蕎麦でいくことにしました。蕎麦の可能性を広げることができるすごくいいメニューができたと思います。
ちょうじやさんではもともと「小祭りご膳」をご提供されていたんですけど、コーヒーもあるし、客観的に見てレストランなのかカフェなのか、小料理屋なのかわかりずらかったんです。じゃあそれを明確にしましょうと。そしてせっかく「塩の道」を名乗っているので塩に関する何かをやろうということになりました。コーヒーにこだわっていらっしゃるので、じゃあカフェに特化して小祭りドルチェという和のスイーツをつくりましょうと。塩キャラメルクリームの大福、えごとりんごを使ったゼリー、フルーツを使ったもなか、そして美味しいコーヒーを楽しんでいただきながら、塩の博物館を見ていただく。塩をテーマにすることで、ちょうじやさんの魅力と直結するんじゃないかということですね。
ビストロ傳刀さんは、口説くのに大変でした。僕はお父様とやりとりしていたんですけど、現場で働いているのは息子さんで、話し合ったアイデアがなかなか形になって出てこないんです。なぜだろうと思っていたら息子さんが実権を握っていて、息子さんが納得しないと形にならなかった。最後はわれわれの思いをこれでもかと伝えて、ようやく、ようやく理解していただいたんですよ。今は前向きに頑張りますとおっしゃってくれています。傳刀さんのウリは美味しいデミグラスソース。それなら信州産の美味しいお肉の食べ尽くしのプレートをしましょうよと。
トラットリア ラ タルタルーガさんは非常にお料理のクオリティが高いんです。こちらのシェフの方は日本の調味料は使わない、を信条とされていたんです。ポリシーはすごく理解できます。ただ今回は、「信州といったら何?」「大町といったら何?」というふうに考えたときに調味料も文化じゃないでしょうかというお話をしました。地元で手作りされた味噌や醤油を洋食に当て込むのもひとつの料理じゃないですかと。例えば、おやきがおしゃれなイタリア料理になった。大町でしか食べられないオンリーワンのイタリアン、それがストロングポイントになれば外からお客さんが来てくれる。何が違うのかという付加価値をつけながら、大町の食材で表現しようということですね。
◉お店のコンセプトを大事にしつつ、結構切り込んでいったんですね。
神 保 持っていながらも見せていなかった自信を引っ張り出しながら、たとえばタルタルーガさんだったら醤油も味噌も使いたくないということを聞き出すことができたからよかったんですよ。それを聞けないままやっていたら、醤油を使えと言われたから使いたくないけど使ったというへんな料理が出てきてしまう。どちらのお店でもお互いになぜ?を言い合えたので、納得してくださったからこそいい料理ができたんだと思っています。
僕は僕で厨房に入って冷蔵庫までのぞきましたから。同じ職業として、どういう仕事をしているのか、どういうふうに調理しているのか、その流れを変えてしまうと致命的ですから、それを変えずにそれぞれの料理店の魅力を引っ張り出そうと。芸術祭では外から初めてのお客さんが来るので、何がウリなのかを明確にし、その良さを最大限に生かしたほうがいいはずなんです。この半年で、大町の人はすごく前に向いているし、今までと違った方同士のコミュニケーションが生まれてきたのを感じますね。
◉ただ芸術祭の年はハレですけど、日常にそれが生かされないと意味がありません。
神 保 そこは今回だけに限らず話しています。芸術祭だけの特別料理という考えではなく、先を見据えた上でのチャレンジをしていただけないと、意識の持ち方を変えていかないと意味がない。あくまでも芸術祭は通過点です。次のステージを見ていかないと続かない。それは事務局の方にも伝えています。芸術祭が終わったら終わりなんですか? それでは大町は盛り上がらない。今回できたさまざまなつながりを団結に変えて、もっともっと外に発信して、この土地に残るようなものをつくっていかなといきましょうと。それこそが芸術祭の働きかけなんだと思います。
1977年茨城県日立市出身。
漁師の祖父、イタリアンシェフの父のもと幼少時から食材の大切さを身につける。
父の影響から料理人を目指す。
辻調理師専門学校を卒業後、銀座「ベルフランス」を経てヨーロッパへ渡り、
フランス、イタリアのグランメゾンで修行を積み、2002年帰国。株式会社ひらまつに入社、
丸の内「サンス・エ・サヴール」のオープニングスタッフとして活躍。
2005年浦安「ホテルエミオン東京ベイ」に副料理長として入社後、
洋食総料理長に就任。2009年「Restaurant I」を立ち上げ総料理長を務め、
江戸野菜を初めてフレンチに取り入れたことで注目を集める。
2010年6月に東京・青山に「HATAKE AOYAMA」を開店し、総料理長を務める。
フジテレビ「DINNER」(ドラマ)、テレビ朝日「朝だ!生です旅サラダ」「二人の食卓 ありがとうレシピ」、NHK「キッチンが走る!」などにも出演。