[ようこそ、信州へ #007]北川フラムさん (北アルプス国際芸術祭 総合ディレクター)大町が芸術の街になる〜②

北アルプス国際芸術祭 総合ディレクター 北川フラムさん

 
 

アート本来の祝祭性、赤ちゃんのような不思議さが

地域に預けることで一気に輝き出す

それが美術館の展示にはない芸術祭の力

 

「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」
「瀬戸内国際芸術祭」の総合ディレクターを務める
北川フラムさんと言えば世界的なアートディレクター。
今や前者は50万人、後者は100万人超えのビッグイベントに育っている。
これらは全国的なアートフェスブームの走りになった。
しかし、これを経済的な視点だけで捉えていてはいけない。
自然の風景のなかに現代美術が並ぶ光景は不似合いかもしれない。
でも過疎地域に暮らす人々が、
作品の数々を自分たちの宝物と捉えていく物語を通して、
それらは魅力的に輝き出す。
この6月から「北アルプス国際芸術祭」がスタートする。
大町市はどう変わっていくのか。

 
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水、木、土、空をテーマにかかげた芸術祭

ただし軽々しい自然ではないのが大町の魅力

大地の芸術祭より大地の芸術祭より

大地の芸術祭より大地の芸術祭より

瀬戸内国際芸術祭より瀬戸内国際芸術祭より

瀬戸内国際芸術祭より瀬戸内国際芸術祭より

 
◉大町市でアートフェスが行われることにワクワクします。2014年に「信濃大町 食とアートの廻廊」という前段がありました。

北川 はい、大町で町のガイドをする方々など地域にかかわるいくつかのグループの皆さんに呼ばれて、何回かお話をしに行ったわけです。それがきっかけで、彼らが「信濃大町 食とアートの廻廊」というイベントを開催しました。そして僕は市役所と縁ができ、牛越徹大町市長とお会いして、「芸術祭とはどんなものなのか」「大町ではどんなことができるのか」と聞かれお話をしたんです。ところがあろうことか市長が「やろう!」とおっしゃった。最初はやめた方がいいですよと言いました。大町で芸術祭をやることは、清水の舞台から飛び降りると言いますが、僕にとってはその10倍の高さから飛び降りるような気持ちでした。そのくらい大変なんです。そしてやはり大反対に遭いました。今はようやくスタート台に立って、面白いことができそうだと言えるところまで来ました。

◉妻有、瀬戸内のスタートもそんな感じだったんですか?

北川 妻有は大変でしたね。1市4町1村(十日町市、津南町、川西町、松代町、松之山町、中里村)の議員さん100名が全員反対で、実現するまでに4年かかりました。妻有をやった20年前は初めてのことでしたし、死に物狂いでできましたが、この年齢になってまた同じ目に遭うのかと思うと憂鬱でした。いや本当に。希望を持ってくれている方々もたくさんいらしたけれど、地元にしてみればとんでもない黒船がやって来たという感じだったのかもしれません。

◉それでもフラムさんは大町市に可能性を見出されたわけですよね?

北川 そうです。僕は世界中どこでも、時間はかかるし、いろんなことが起こるけれど、このやり方でできると思っているんです。そのうえで大町市は極めてユニークな特色を持っている。まず日本のほぼ真ん中にある。でもそれは日本列島を縦に割る糸魚川-静岡構造線という断層帯の上にあって地形も面白いし、植生も東と西が混じりあっている。また江戸時代から塩の道の物資集散地として、交易・交流が盛んに行われてきた重要な場所。しかも丘陵地なんですね。いろんな場所に立つと、土地がなだらかに下り、川につながり、湖が3つある。それで僕は「廻廊」という名前を使いたかった。自然が押し迫ってくるようであり、山の神や山の動物が日常とつながっているような端境、私たちの列島の原型の姿を把握できるといってもいい場所なんです。そして圧倒的なのは水ですね。あふれるばかりの水、木々に魅力があり、土と深いかかわりがあり、山に囲まれた高い空は信州を象徴するような気がして。これをちゃんと見ようと。水、木、土、空をテーマにかかげて芸術祭をやろうと。でも安易に空とか水とか言ってはいけない。そこにある重さ、あるいは透明度などが感じられる、ただの自然ではないことが大町の魅力です。そういう資源がたくさんある面白い場所にやってきた世界のアーティストたちが何を考えるか、どういう特色をつかむか楽しみだったんです。
 

大町市在住の折り紙作家、布施知子さんが本当にすごい

 
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◉アーティストの選定はどのようにされたわけですか? 昨年の6月にはアーティストを対象にした現地見学会も行われました。

北川 実は公募では多くのアーティストが選べませんでした。それでこれまでのネットワークから若くて元気がいい人たち、海外でも評価の高い人たちを選びました。作品数は40点くらいになります。それを市街地エリア(信濃大町駅から北側東西。豪族仁科氏が京の町を模して造った碁盤の目状の町並み/塩の道街道の宿場町の名残/黒部ダム建設時に繁栄した飲屋街)、ダムエリア(大町市西側、北アルプス山麓の高瀬川渓谷流域にそびえる「大町ダム」周辺)、源流エリア(大町市西側、北アルプス山麓の鹿島川流域「大町温泉郷」周辺から国営アルプスあづみの公園、大町・松川地区)、仁科三湖エリア(青木湖、中綱湖、木崎湖の総称で、今回の芸術祭では南端の木崎湖湖畔を指す)、東山エリア(大町市東側、旧八坂村/旧美麻村にあたり、大町市全体を見渡せる標高が高いエリア)に展示します。
 

アーティストを対象にした現地見学会

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◉大町だからこそ、「これはいいよ!」という作品は?

北川 まず僕が世界一の折り紙作家だと思っている大町在住の布施知子さんですね。今回一気にバンと出そうと思っているんですけど、本当にすごい。そして青島左門の生花をLEDで光らせて、その向こうにある高い空、星座を見ようという作品。僕は雨や霧で空が見えずに失敗するんじゃないかと思うんだけど、うまくいったらものすごく面白いと思う。5軒のうち2軒で人が暮らしている集落で作品を作るのがフェリーチェ・ヴァリーニ。アジア圏で一番売れている台湾の絵本作家ジミー・リャオ。箱の中の文庫本が入れてあって自由に、期限もなく、無料で借りられる「街中図書館」に触発されて図書館を作ります。そして日本の若手のエース・栗林隆は町屋に4.5メートルのダム、黒四を土で作るんです。端からあがると足湯になっている。川俣正さんは日本の現代美術のエースです。「minä perhonen」のファッションデザイナー、皆川明さんもいろいろ作ってくれる。北欧的なおしゃれな世界を持ち込みたかったんです。1日ではちょっと見られない、2日かかると思っていらしてください。

 
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◉食はどんな感じで提供されるのでしょうか?

北川 東京のHATAKE AOYAMAで活躍する神保佳永さん、地元出身の料理研究家・横山タカ子さんが手を挙げてくださった13のお店一軒一軒に入りながら地元の食材を使ったメニュー開発に格闘してくださっています。相当レベルが高くなると思います。食はその地域に住んだ人たちが長らく育んできた、まさに地元そのものなんです。食が良ければお客さんはリピーターになってくれる。大町の魅力を伝えたいし、感じていただきたいと思っています。
 

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アーティストたちが集落にどれだけ入り込めるか

そして地元の人たちがどれだけ熱心にかかわってくれるかが大事

◉北アルプス国際芸術祭が定期的に継続されることがファンとしてはうれしいです。そのための初回の成功の基準はなんですか?

北川 市長さんはお客さんが2万人来てくれればとおっしゃってましたね。

◉割と謙虚な数字な気がします(笑)。フラムさんのブランドもありますし、それは大丈夫かと。

北川 そう言っていただけるのはありがたいことですけど甘くはありません。立ち上げに時間がかかったためにまだまだ情報があまり出ていませんよね。例えば東京なんかだと、23区以外の町で芸術祭をやっても「大したことない」と思われてしまう傾向がある。それと同じ感じになるとまずい。新潟県もそうです。新潟市の人たちは十日町が何かやっても大したことないと高をくくっていた。でも2、3回目と続くなかでその見方は変わってきました。作家からするとイケると思うし、お客さんが作品を面白がってくれれば一挙に広がる。だから全国のみなさんが情報を受け取って、大町に来てくださるのには2カ月くらいの開催期間は必要なんです。

◉ではフラムさんがお考えになる、第1回目から第2回目を実現させるために重要と考えることはなんですか?

北川 もっとも重要と考えるのは集落が5〜10くらい真剣にかかわってくれたら力になると思います。もう地域に入って作り始めているアーティストもいるけれど、面白がってくれる集落も出てきましたし、さらに増えてくれば地域の考え方はだいぶ変わってきます。その集落にアーティストたちがどれだけ入り込めるか。そしてサポーターとして地元の人たちがどれだけ熱心にかかわってくれるかも大事です。これがわからない。妻有はほとんどのサポーターが東京からやってきたんですよ。新潟からは来なかった。長野市、松本市と大町市の関係はどうなるでしょうか。僕の存じ上げている方々を見ていると、長野県は真面目で固い人が多いかもしれない。だから最初は二の足を踏まれるかもしれない。でも壁はあってもいいんです。僕は悪戦苦闘するのを予見して、いいアーティストをがんがん入れていますから。それに、将来は、周辺の町にも受け入れてもらって広域でできたらいいという思いも込めて“北アルプス”を名前にかぶしているので。

 

おじいちゃん、おばあちゃんの姿は将来の自分の姿

元気な姿を見れば、それが若者の希望になる

 
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◉妻有、瀬戸内では一般の方と現代美術の化学反応はいかがでしたか?

北川 都市に暮らす人たちにとって、都市は住みにくくなっているのは確かです。そう感じる人たちは自分がかかわれる、ファンになれる場所を求めています。これはものすごく大きい。瀬戸内の小豆島は芸術祭を行ったことで人口が1割増えました。150人しか住んでいなかった男木島は40人増えて学校が再開しました。地域のことを詳しく知れば、かかわりを持てるし、仕事だって見つかるかもしれない。そういうことが実際に起きています。そうなると地域の皆さんは自分の暮らす町に誇りを持つようになります。面白いのはおじいちゃん、おばあちゃんたちがアーティストやサポーターがやってくると、だんだんうれしくなるんでしょう、本当に元気になる。逆に外から来る人たちにとっては、おじいちゃん、おばあちゃんはやがてくる自分の将来の姿なわけです。日本は年々状況は悪くなっている。でも元気なおじいちゃん、おばあちゃんがいるところは希望になる。若い人たちなど両親の言うことは聞かなくても、よそのおじいちゃん、おばあちゃんの言うことはよく聞く。おじいちゃん、おばあちゃんもうれしいけど、若い人もうれしいんです。郷に入れば郷に従うということを初めて体験できるからでしょう。

◉確かに、芸術祭にボランティア参加している地域の皆さんの明るさは印象的でした。

北川 そうでしょ。美術はあまり役に立たないし、手間もお金もかかる。赤ちゃんみたいなものです。けれどみんなでケアしていくことで周りの人たち同士がつながるんです。お母さんが赤ちゃんをどんなにかわいがっていても、「こら!」となるときもあるでしょ。それを隣のおじいちゃん、おばちゃんが「わしらが見ているから休んでおいで」と言ってくれる。アートにはそういうものを引き起こす力がある。それでいろんなところが芸術祭をやり始めたんです。新潟では若い社長たちが率いるITの上場企業が応援に入り出した。ガイドをする人、受付をする人、そこにかかわるいろんな人たちの人間関係が大きな財産になる。芸術祭はそのきっかけ。オーストラリアハウスができたら、中国ハウスができた。そしたら今度は香港が出展するという。そういう不思議なことが起きるんです。美術館の中で展示をすることも大事だけれど、アート本来の祝祭性、赤ちゃんのような不思議さなどが地域に預けることで一気に輝き出す。もちろん大町が変わるのにも10年、あるいは3、4回はやらないと本当の成果はでないでしょう。妻有でも最初は勝手にやっていると無関心だったけれど、3回目は自慢するようになってくれましたから。そこまで持ちこたえられるかが勝負です。
 
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北川 フラム Furamu Kitagawa

アートディレクター。1946年新潟県高田市(現上越市)生まれ。東京芸術大学卒業。
現在のガウディブームの下地を作った「アントニオ・ガウディ展」(1978〜79)
日本全国80校で開催された「子どものための版画展」(1980〜82)
全国194カ所38万人を動員し、アパルトヘイトに反対する動きを草の根的に展開した
「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988-〜90)などを手がける。
地域づくりの実践として、「ファーレ立川アート計画」
2000年にスタートした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」、「水都大阪」(2009)
「にいがた水と土の芸術祭2009」「瀬戸内国際芸術祭2010、2013、2016」などがある。
長年の文化活動に対し、2003年フランス共和国政府より芸術文化勲章シュヴァリエを受勲。
2006年度芸術選奨文部科学大臣賞(芸術振興部門)、2007年度国際交流奨励賞・文化芸術交流賞
2010年香川県文化功労賞、2012年オーストラリア名誉勲章・オフィサー受賞。2016年紫綬褒章受章。

 

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