さようなら、映画館 こんにちは、映画(『映画よ、さようなら』)



『映画よ、さようなら』



 商業性は低いが多様な映画を上映し続けてきたシネマテーク(非営利のミニシアター)が終わりを迎えようとしている。物語の舞台は南米ウルグアイの首都モンテビデオ。観客は減る一方。老朽化した映写機を修理するお金はない。施設の賃料は8ヶ月滞納。45歳独身のホルヘは、それでも、プログラムの編成から施設の修繕、ラジオ番組での宣伝まで、シネマテークのため、映画のために忙しい毎日を過ごしている。彼はシネマテークで映画を上映することに人生を捧げているのだ。あるいはこう言い換えてもよい。映画を上映することで彼の人生は意味のあるもの、「生き甲斐のある」ものになっているのだ、と。(本作『映画よ、さようなら』の原題 La Vida Útil[英語タイトルは The Useful Life]には「耐用年数」という意味と「生き甲斐のある人生」という意味があるという。)


 ホルヘの努力も虚しく、財団からは助成金の打ち切りを、施設からは立ち退きが通告され、シネマテークの閉鎖の日が訪れる。ホルヘは25年間働き続けた職場を失いシネマテークの外の世界、現実の世界へと放り出され途方にくれる。彼はこれからシネマテークのない人生を歩んでいかなければいけないのだ。しかし、『映画よ、さようなら』は、消えゆくシネマテーク(間接的にはミニシアターで多様な映画鑑賞する文化)への郷愁を描く映画でも、すべてを失った中年男の絶望を描く映画ではない。映画=フィクションの力を借りて新しい人生へとぎこちなく歩みだす中年男の小さな勇気を描く映画である。


 映画の後半、ホルヘが「勇気ある」行動に出ると、西部劇の伴奏音楽を思わせる威勢のよい曲が流れ出す。公式サイトの「イントロダクション」によれば、それはジョン・フォードの『駅馬車』の一場面のサウンドトラックだというのだが、たとえ特定の作品タイトルを名指すことができなくとも、彼の新たな一歩を彼が愛してきた映画が後押ししてくれていることは、予備知識のない観客でも見て(聴いて)取れるだろう。ホルヘはやがて階段でぎこちなくステップを踏み始める。そのとき、彼は自分がこれまで映画を見つづけてきたこと、そして25年間シネマテークで観客に映画を見せ続けてきたことが、自分の新しい人生にとってけっして無駄ではなかったことを実感するだろう(そしてそのことに観客である私たちは安堵するだろう)。彼のなかのフレッド・アステアやジーン・ケリーが、あるいはジェイムズ・キャグニーが彼にステップを踏む勇気を与えてくれているに違いないのだから。


 映画が、映画だけが、ホルヘの新しい人生を生き抜いていく上で「役に立つ(useful)」道具となる。彼は、「映画と現実の区別がつかない」のでも、「現実から目を背けて映画のなかに生きてゆく」のでもない*。そうではなく、25年間働き続けた映画館と「さようなら」し、現実の世界へと踏み出したホルヘは、特定の映画をなぞる=演じるのではなく、複数の多様な映画の断片をブリコラージュし、不器用ながらも現実に立ち向かっていくのだ。


 『映画よ、さようなら』は、現実を忘れ映画館で映画に溺れることを感傷的に懐かしむ映画ではない。映画とともに現実に立ち向かう「野生の思考」を教えてくれる映画である。



【参照】
*「藤原帰一の映画愛 『映画よ、さようなら』」『毎日新聞』2016年7月18日


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 『映画よ、さようなら』の甲信越での上映は、11月11日(金)19:00〜まつもと市民芸術館で1回限り。上映後には、松本市出身で東京国立近代美術館フィルムセンター研究員の大澤浄さんのトークを予定している。
 また、『映画よ、さようなら』上映に合わせて、11月6日(日)より松本の映画館の歴史などを紹介する資料展(松本CINEMAセレクトスタッフの蒲原みつみさんによる企画)がまつもと市民芸術館1階のフリースペースで開催中。


【関連情報】
松本CINEMAセレクト上映会『映画よ、さようなら』情報[まつもと市民芸術館公式サイト・公演情報]

・「映画館の思い出冊子に 松本CINEMAセレクト」(松本平タウン情報Web)
・「「まつもと映画手帖」の展示企画がはじまりました。」の展示企画がはじまりました。」(まつもと市民芸術館・芸術館日記)


【作品情報】
『映画よ、さようなら』
監督◉フェデリコ・ペイロー

脚本◉イネス・ボルタガライ、ゴンサロ・デルガド、アラウコ・エルナンデス、フェデリコ・ペイロー

撮影◉アラウコ・フェルナンデス

出演◉ホルヘ・ヘネリック、マヌエル・マルティネス・カリル、パオラ・ペンディット ほか

2010 | ウルグアイ=スペイン | 63分 | モノクロ

日本語字幕◉比嘉セツ

後援◉駐日ウルグアイ大使館

協力◉セルバンテス文化センター東京

配給・宣伝◉Action Inc.
公式サイトは、こちら



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