美術と歩幅 #002 「地方とアート 地域活性とアートの可能性」

“地域活性化”の呪縛を逃れ、別の価値観を鍛える準備へ


犀の角外観2


 ひさしぶりに上田へ。「六文銭」ではない。公開トークイベント「地方とアート〜地域活性とアートの可能性」を聞くために「犀の角」を訪れた。「犀の角」は元銀行を改装したオルタナティヴスペースで、本格オープンは9月。今回はプレ企画という位置づけらしい。主催はひと・生きもの・暮らし研究所。その理事を務める村上圭一さんの進行で、3人のアーティスト、林僚児さん、山極満博さん、森健太郎さんによるトークがおこなわれた。


 内容について。まず特記しておきたいのが、そのタイトルにもかかわらず、地域活性化の手段としてアートを利用するといった類の発言が、アーティストは言うまでもないが、フロアからもほとんど聞かれなかったということである。もちろんアート、アーティストとの関わりが、地域に変化を与えることは確かであり、その変化を肯定する討議の流れはあったが、ずばりアートで地域は変わるか、という問いに対しては、そのような顕示的・即効的なものではないだろう、原因と結果に簡単には括り込まないほうがよいだろう、といった冷静な分析・見解がくりかえし示された。要するに、まちづくり&やりがい至上主義の多幸感やそれとセットをなす代理店風のエビデンス主義とは異なる落ち着きがトーク全体を支えており、その点、筆者としては大いに救われる思いがした。行政や商工サイドの人々が多く集えば、無論、論調はさらに変化し、正確な数字も求められるとは思うが、それはまた、ぜひ別の機会に。



 アーティストの個別の発言について。林さんはコザ市でのアートプロジェクトを紹介しつつ、文化人類学的な事例も要所で引きながら、アーティストがひとりの他者として地域に入ることで生まれる多元性・多様性の価値について語った。山極さんは美術館の物理的・制度的な内と外の境界を揺さぶる自身の展示/介入実践を紹介しつつ、全体としては、観点変更の重要性とその契機としてのアートの意義を論じた。森さんからは、アーティストの制作環境を創るというパラテクスト・メタテクスト的な関心を経て、スタジオやレジデンスの開設や地域とアーティストの関係づくりをすすめる現在の活動が説明された。



目指すべきは“中央”からの離脱、あるいは迂回


 つづくディスカッションにおいて感じたことをひとつ。人や情報の動きを語りだすと、自ずと地方と中央という議論に流れ込むのだが、東信という地理的特性(比較的東京に近い)ゆえか、中央=東京という前提が、やや強調されていたような気がした。地方、ローカル、地域の語義とその対義語について、ここで論じる余裕はないが、ともあれ、東京という語にあまり物事を預けない意識は必要だと思う。気概の問題ではない。じっさい中央というのは地理的な実体のない観念ないしイデオロギーそのものであると私は思うからだ。
 私は豊田市という地方都市の美術館学芸員をやっていたが、中央から離れ、地方に取り残されているという感覚はなかった。いま現在は松本からときどき“下山”して、東京や名古屋の仕事をやっているが、そこは“仕事場”でこそあれ中央ではない。展覧会や公演の量や密度で言えば、よほどロンドンやニューヨーク、あるいはムンバイのほうが“中央”と呼ばれるにふさわしいだろう。しかし、そのニューヨークのなかにも地方性はあるわけで、地理的な分別は実のところ不可能なのだ。むしろ歴史や言説を束ね、未来を制御する軸線−権力こそが“中央”なのではないか。そして、ここが肝心なところだが、私たちが、いまアートとともに目指しているのは、そこからの離脱、少なくとも迂回ではなかろうか。“中央”という観念の垂直性を、いかに水平的に分断するか。あるいはスルーしてみせるか。そこにこそ、アートと地域の協働の賭けがあると思う。


 無論、また別の“中央”のほうから助成・公的資金が流れ込んでいることは事実であり、その関係を断ち切ることはラジカルでこそあれ、持続的ではない。この点で、地域はもちろん行政・商工サイドの人々との対話も重要である。大町の北アルプス国際芸術祭など、県内の公的な芸術イベントを意識しつつ、あるいは東京オリンピックに向けて高まる(ことになっている)地方の芸術文化発信の機運を活かしつつ、そして、ここが肝心なのだが、オリンピック後も見据えつつ。大企業優先の経済政策、そのなかのオリンピック特需、それを受けての地方向け文化予算。それらの破綻・枯渇が想像される2020年以後を、私たちのアートは、いや、コミュニティはどう生き抜くのか。“地域活性化”の呪縛を逃れ、別の価値観を鍛える準備もそろそろ必要だと、あらためて感じるのである。トークイベント続編がまたれる。


金井 直(信州大学人文学部芸術コミュニケーション分野准教授)


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