[聞く/entre+voir #005] 柳澤寿男(指揮者)

[聞く/entre+voir #010] 柳澤寿男さん(指揮者)


バルカン室内管弦楽団がバルカン地域の皆さんにとってステイタスとなる
東欧におけるドリームオーケストラであり続けないといけないんです。


バルカン室内管弦楽団は、旧ユーゴスラヴィア崩壊に伴う民族紛争によって分断された人々のつながりを取り戻すために、バルカン半島の民族共栄を願って、2007年に下諏訪出身の日本人指揮者・柳澤寿男が設立したオーケストラ。2009年5月には、人々が自由に往来できないように軍隊が警備している「対立の橋」が南北を隔てたコソボ北部、バルカン半島の民族対立の象徴の地ミトロビッツァでセルビア人、アルバニア人、マケドニア人を楽団員としたコンサートを実現させた。たった14人のわずか50分の演奏示時間だったが、開催には国連の協力を仰ぎ、またリハーサルや本番は軍隊や警察の警備の中で行われるという物々しさ。それでも約20年ぶりだった両民族の共演は、柳澤と楽団を積む重ねてきた思いの証としての音色は響き渡った。そして4回目の来日となるコンサートの場の一つに、岡谷カノラホールが選ばれた。 コンサート情報は、こちら


インタビュー撮影|西森尚己


▽柳澤さんは現在の当地の様子をどのように感じていらっしゃいますか?


 僕がバルカン室内管弦楽団を立ち上げた2007年ころに比べれば、治安そのものは落ち着いています。とはいえ法律がまだまだしっかりしていない国ーーまあ国と言っていいのかはわかりませんが、コソボは2008年2月17日に一方的にセルビア共和国から独立を宣言はしていますが、国としても、そして政治家も1年生になったばかりのようなものですから課題は山積しています(2015年8月現在、アメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、日本など111カ国が独立を承認、セルビア、ロシア、中国など85カ国は拒否)。

 バルカン室内管弦楽団は、バルカン半島の、旧ユーゴスラビアの民族共栄を目指したオーケストラです。去年の団員数は50数名でした。構成メンバーはマケドニアのマケドニア人、アルバニアのアルバニア人、コソボのアルバニア人、セルビアのセルビア人、モンテネグロのモンテネグロ人、ボスニアのボスニア人、ボスニアのセルビア人とクロアチア人のハーフといった感じです。そのほかにサラエボに住んでいる、セルビアとボスニアの二重国籍というようなメンバーもいますから複雑さがわかったいただけると思います。



▽今度の来日公演のプログラムは、どんな意図で選曲されたのでしょうか。


  来日メンバーは弦楽器と、スタッフで23名になります。そこに日本人の演奏家が混じって、打楽器を含め総勢35名による演奏会になります。

  『響画(きょうが)』は日本の作品を取り上げたいということで選びました。作曲家の和田薫さんによる7分くらいの曲です。

 そのほかは、バルカン地方の人々は、アルバニア人をのぞくボスニア人、セルビア人はスラブ系の民族ですから、スラブの曲、スラブ系民族が演奏する東欧作品の魅力を伝えたいということで選びました。チャイコフスキーはその代表的な作曲家で、『弦楽セレナーデ』を。ショスタコーヴィッチの『ピアノ協奏曲第1番』は弦楽器とトランペット一本とピアノのコンチェルトで、日本を代表するピアニストの清水和音さんと、元サンクトペテルブルク、レニングラード交響楽団の首席トランペットだったアレクセイ・トカレフさんが共演します。

 それからコソボの作曲家ペチリさんの『スピリット・オブ・トラディション』を。コソボをはじめバルカン全域のリズムやメロディを使って、民族共栄をテーマに書いてほしいと依頼しました。アルバニアの民族楽器でトゥパン(打楽器)を入れた民族色豊かな作品です。

 そして、ここで話してしまうのでまったくサプライズではなくなってしまいますけど(苦笑)、サプライズ演奏として玉置浩二さんが楽団のために作ってくださった『歓喜の歌』を本邦初演します(なんと岡谷が世界初演!)。歌のない、5分くらいの小品で、私が2年くらい前に出した「バルカンから響け!歓喜の歌」という本からタイトルをつけてくださったんです。まだ僕も譜面を見てないから最終的にはどんな曲かはわからないけど(笑)、当日のお楽しみということで。

 実は名古屋でお仕事をご一緒したときに、玉置さんご夫婦と私がホテルでエレベーターを待っていたら玉置さんが突然歌い出したんです。玉置さんの奥様が新曲だと気づいてスマホで録音して。それが『歓喜の歌』。エレベーターを待っているうちに音が降りてきて、作っちゃったんですよ。ゆくゆくは『WE ARE THE WORLD』のように音楽で人と人つながっていくことをイメージして作られた曲です。



柳澤寿男さん提供

柳澤寿男さん提供


柳澤寿男さん提供

柳澤寿男さん提供



私たちが伝えたいのは、同時代に地球に住んでいる“世界市民”という考え方


▽これらすべてを通して伝えたいメッセージはなんでしょう?


 僕たちは“世界市民”ということをプロジェクトの中でずっと言い続けてきました。

 セカンドバイオリンのゴルダナ・ブラジノヴィッチさん、今回も来日しますが、彼女はサラエボに住むクロアチア人とセルビア人のハーフで、お父さんお母さんは20年前のボスニア紛争では敵対する民族同士でした。そのため、ゴルダナさんには自身の息子さんに歴史を教えることがとても難しいと言うんです。例えば一方の国から見れば英雄であっても、もう一方の国からするとテロリスト扱いになってしまう。そのときの彼女から出てきた言葉が“世界市民”でした。それまでは人を判断する基準が3つあったと。国と民族と宗教がそれですね。しかし、そういうことではなく、その人自身がいちばん大事なことであると。同時に地球に住んでいるんだという考え方ができたら、人々が共存共栄していく、お隣同士が仲良くやっていくきっかけになるんじゃないかと。この言葉を私たちはモットーにしているんです。

 今度のコンサートでもそのことを伝えたいと考えています。



▽これからのバルカン室内管弦楽団のミッションをどのように考えていらっしゃいますか?


  バルカン室内管弦楽団は、今やバルカン半島を代表するオーケストラへと変貌を遂げました。設立当初は、敵対する民族同士がオーケストラをやるということだけで目標は達成されていたわけです。上手でも下手でも一緒にやることが奇跡的なことでしたから。

 そういう意味で目標を達成したんですが、でもバルカン半島は教育や医療の水準が低く、経済はギリシャよりもひどい状態です。ギリシャはEU加盟国だからニュースになっていますが、コソボ、アルバニア、ボスニアなどはもっと大変なのに知られていない。特にコソボは若者の失業率が40〜60パーセントと言われていて、経済難民がドイツに移住するわ、若者がイスラム国に参加してしまうわという状態。

 だからこそバルカン室内管弦楽団がバルカン地域、特に旧ユーゴの地域において西側に通用する、ステイタスと思えるようなオーケストラになっていくことが大事だと思っています。高水準の仕方がない。でもスラブの音楽はスラブで生まれたもの。それなのにチャイコフスキーもドボルザークも、名演はウィーンやニューヨークになっている。やっぱりオリジナルの血を持った人たちが力強く演奏をしてほしいという思いが僕にはあります。だから、バルカン室内管弦楽団は東欧のドリームオーケストラであり続けないといけないんです。


▽バルカン室内管弦楽団は設立からまもなく10年という時間を迎えます。その中で柳澤さんが感じる変化はありますか?


 初めは煙たがられてたんですよ。つい数年前まではそんな感じでした。最初は融和を掲げていましたがやはり難しい。だから僕らは共栄という言葉を使っているんですけど、敵対していた人たちが一緒にやることに賛成してくれる人もいれば、反対の人もいるわけです。その中でうれしかったことは、オケの主力メンバーになったバイオリニストから当初呼び出されたとき、何か怖いこと言われるかと思ったら、「自分もここに入って演奏したい。どうすれば入れるのか」と言われたことですね。それだけ現地でも有名になり、見られ方も変わってきたんだと思います。

 改めて10年で思うことは、民族融和はもういらないということです。日本人が行ってやってあげるなんていうのはおこがましい。彼らにも素晴らしい魅力がいっぱいある。バルカン地域の現状だけを見てはいけないんです、共存の歴史の方がうんと長いんだから。彼らから学ぶこともたくさんありますよ。

▽柳澤さん自身がこれからやりたいことはなんですか。


・・・そうですね・・・・2020年、オリンピックの年ですが、東京で世界の約200カ国からそれぞれ一人ずつが集まって『第九』をやりたいですね!



柳澤寿男さん提供

柳澤寿男さん提供



柳澤寿男(やなぎさわ・としお)
指揮者。現在、バルカン室内管弦楽団音楽監督、コソボフィルハーモニー交響楽団首席指揮者。
1971年、長野県生まれ。パリ・エコール・ノルマル音楽院オーケスト­ラ科卒業後、佐渡裕、大野和士に指揮を師事。
その後、スイス・ヴェルビエ音楽祭指揮マ­スタークラスオーディションに合格、名匠ジェイムズ・レヴァイン、クルト・マズアに師­事。
2000年、東京国際音楽コンクール(指揮)にて第2位受賞、日本フィルハーモニ­ー交響楽団等、様々な楽団にて客演を行う。
2005年、縁あってマケドニア(旧ユーゴ­スラヴィア)国立歌劇首席指揮者となり、2007年6月にはバルカン室内管弦楽団を設­立。
2007年10月コソボフィルハーモニー交響楽団常任指揮者就任、2009年5月­より現在も首席指揮者を務める。
栁澤寿男オフィシャルサイトは、こちら

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