「三度の飯より好きとは言わないが」①

「空中キャバレー2011」写真提供:まつもと市民芸術館

劇場が広場に変わる『空中キャバレー』
それは夏の松本の、新しい風物詩

もとの職場なので、手前みそだと思われてしまうと困るのだけれど、7月にまつもと市民芸術館で『空中キャバレー』という公演がある。今年で3年目、信州・まつもと大歌舞伎と一年おきに上演されていて、すっかり劇場の財産であり、夏の松本の風物詩と言える存在になりそうな浸透ぶりだ。そして、なんとも楽しい!

じゃあ『空中キャバレー』とはなんなのか。アコーディオニストのcoba作曲のナンバーの生演奏、空中ブランコやアクロバットのパフォーマンス、笑いやペーソスに富んだ寸劇などが次々と繰り広げられる。それらがそれぞれの魅力を競い合うかと思えば、同時多発で融合することにより言葉では表現しきれないメッセージを奏で合い劇場空間を包み込む。お客さんは片手に飲み物、もう片方の手には鳴り物を持ったりなんかして、頭上の空中ブランコにあんぐりと口を開け、ワゴンの舞台にかぶりつき、観客の合間をかきわけ歌いかけてくる役者たちの歌声に聞き入ったり、もう大人も子供も素敵な笑顔で時間を共有している。演し物に合わせて、中央に集まったかと思えば、パフォーマーを囲んで移動したりもする。次第にお客さんが出演者の一人であるかのような一体感が生まれるのが『空中キャバレー』の真骨頂だ。そこで体験する時間・空間はなんだか絵本の中に紛れ込んだよう。それにしても言葉で表現してしまうと、なんとつまらないことか。じっれったい。

『空中キャバレー』の開幕直近の日曜日には、まつもと街なか大道芸が行われる。今年は7月12日で、市内20数カ所を舞台に、30組を超えるパフォーマーがスペシャルな芸を披露する。エンディングは松本城黒門前の広場でパフォーマーやお客さんが入り乱れて大盛り上がり。この大道芸フェスティバルが、『空中キャバレー』への助走になっていく。街なかにお祭りを前にしたワクワク、ソワソワ感が漂う。一気に沸点となる歌舞伎の時とも違った空気だ。こうした街と劇場でのイベントがセットになっているのは、ヨーロッパの演劇フェスティバルのやり方。実はここ最近、サーカスが復権、劇場での公演が増え、静かに流行り出したが、その先駆けは間違いなく串田和美芸術監督演出の『空中キャバレー』だ。

街が劇場になり、劇場が広場になる。このコンセプトに照らし合わせれば、『空中キャバレー』が上演されるまつもと市民芸術館の特設会場は広場そのもの。軽快な音楽に誘われて進んでいくと、そこは松本を拠点に活動するクラフト&アート作家、花屋さん、飲み物や軽食のブースが並ぶマルシェ。のんびり眺め、買い物をしながら奥に入っていくと、大道芸などのパフォーマンスや怪しいゲーム屋なんかが現れる。とある休日を広場で過ごしている時に、偶然の出会いをするような楽しい気分。このパフォーマーと観客の絶妙な距離感を楽しむのがどうやら松本ならではらしい。この心地よさに惹かれて、県外からも多くのお客さんがやってくる。終演後、劇場を後にするお客さんは、魔法にかかったような顔つきに。でもお楽しみはまだ続く。劇場からあふれ出した『空中キャバレー』のエッセンスに、街なかでも出会えるかもしれない。

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