[聞く/entre+voir #004]越ちひろ(画家)
提供:越ちひろ
そこでどうコミュニケーションしていくかが
自分の表現にとって大事なことなんです。
2013年の「越ちひろ展・強く儚き優しい絵」は、それまで描いたすべての作品が北野カルチュラルセンターの壁を埋め尽くした。その一見乱雑に絵が張り巡らされた世界が発するパワーに圧倒されたのを覚えている。ふだんの柔らかな物腰からは想像できないほど、とにかく、小さな体からありとあらゆるものを吐き出そうとしているように感じた。受け入れられない悔しさも含め。2016年3月からサントミューゼ上田市立美術館で「越ちひろ展 ワンダーワンダー」が開催される。ピンクの伝道師は、あれから3年、さまざまなスイッチで人々の心をとらえ、つないだその手を幸せ色で染めてきた。
◇◇北野カルチュラルセンターの展示をやったことで、何かご自身のなかで区切りをつけたり、新しい目標ができたというようなことはありますか?
その時は壁をすべて使って、空間のバランスも考えずに作品で埋めた展示でした。自分のすべてを見てもらおうと思ったんです。ちょうど自分のスタイルが確立し始めたころかな。平面、キャンバス作品にこだわらずライブペインティングや壁画、ドラムに描いたり、お酒のラベルになったり、アートの枠をもっともっと外して、解体して、パブリックに見せていくことがやっとできるようになったんです。いずれは美術館の空間に自分のスタイル、それを凝縮したものを、アートとして展示できる機会が作れたらなと思っていたんです。
◇◇そこで、「越ちひろ展」の話が来たと。
そうですね、ありがたかったです。私のやっていることがアートかアートじゃないのか、なかなか受け入れられないなか、私自身は「越ちひろのアートなんだ」と発信して、まとめあげたものがあるというか。壁画でも、商業的だ、デザイン的だ、これは仕事でしょとか、こういうものはアートになり得ないとか結構言われてきたんです。けれど描かせてと言ったことは一度もなくて。絵ができ上がった時に、すごく喜んでくれる方々がいて、あそこにすごい絵があるぞ、あんなの見たことがない、楽しい、自分のところにもほしいという感じで絵そのものがどんどん宣伝してくれた。
◇◇美術評論家などの評価で注目されたわけではなく、普通の人たちの反応によって広がったのは面白いし、すごいことだと思います。そして意味がある。
アートってなに?、興味がない、自分の人生には必要ないというような人たちに、いかにアートをぶつけて、人生を楽しんでもらえるかみたいなことを大事にしてる自分がいるんじゃないかな。だから今、やっとスタートした感じです。
およそ3メートル×7メートルという巨大なパネルと戦います!
飲食店などの外壁や内壁の絵、イベントのライブペインティング、子供たちと一緒の作品作り。越ちひろには、そんなオーダーがよく届く。サントミューゼ上田市立美術館の建物が影も形もなかったころ、プレ企画として地元の高校生とライブペインティングをやった。それがことのほか好評で、高校側から美術館のオープン記念に企画展をしたいという要望があり、越との作品作りが再び実現した。上田市立美術館のミッションの一つに、生活の中にアートがあることや、自分が感じたこと表現する大切さを子供たちに伝えることに尽力した地元の画家・山本鼎の精神の継承がある。それが、越ちひろが実践していることに通じるのも見逃せない。
◇◇今回の展示は、どんなコンセプトで行われる予定ですか?
期間も長いので、新しいお客様にも来ていただかないといけないでしょ。だから新作だけではなく、やはり今まで描いてきた私の人生を、過去の作品から少しずつ見せられたらいいなとは思っていたし、美術館側からも提案があって、そこは早くから決まりました。
展示をいくつかのセクションに分けると、まず、スタイルを確立するまでの旧作、大学のころからの作品をひとくくりにします。それから構想の部分として、ドローイングやスケッチなど頭のなかから最初に提出したものを一つの空間に集約します。新作37点はキャンバスを主に描いているんですけど、それに合わせて、何にでも描く、どこにでも描くというスタイルを、もう絵に囲まれた空間というか、ただ単にキャンバスを白い空間に展示するんじゃないよというイメージでお見せします。そして壁画と、ライブペインティングなど地域やイベントに際しての自分の活動も見せたいなと。それが大枠ですね。
◇◇美術館での公開制作もポイントですね。イベント的に行うことは時おり見かけますけど、19日間もサントミューゼに通って描くというのは、まさに“制作”の時間を見せるかのようです。
でしょう。公開制作自体は新しくないんですけど、これが約3メートル×7メートルという美術館の空間でもいちばん大きいパネル作品になるんですよ(苦笑)。この公開制作は壁画にもつなげたくて取り入れたいとお願いしました。昔、「大きなモンスターと戦っているみたいだ」と言ってくれたでしょ。まさしくそうだなと思って。やっぱり白い壁は強敵ですよね。怖いですよね、失敗できない(笑)。
◇◇この3年間で、ご自分で作品の変化を感じている部分はありますか?
昔の作品を見ていた妹に「光を描いているね」って言われて、なるほどと思ったことがあったんです。イルミネーションやシャンデリア、レースのようなイコール光ではないものも含めて、輝く光のようなものを描いているんだなと。それで長野駅のMIDORIさんの壁画を描いた時に、それまでは具象だったのが抽象的な光のように変化してきて。情景だったり景色だったりが、輝く光に見える。どちらかといえばキラキラしたものを作りたいんですよ。キラキラ・ペインティングみたいなものを自分の絵画で確立させたいなって思っていますね。
◇◇そういうネーミングでいい?(笑)
うん、かわいいのでいい。面白いのが、子供からおじいちゃんおばあちゃんまで通用するような、つまり難しくないということなんですよ、キラキラしているのは。きれいとか、美しいという見方もうれしいけど、私のなかでは、そういう幅広い皆さんに楽しんでもらえたんだということが大事になってきたんですね。
◇◇作家さんはある意味で独りよがりだと思うけど、コミュニケーションや共感ということを大事にしている感じがします。そのあたりが越ちひろの創作のポイントになりそうですね。
描くこと、描いたものを見せるだけでなくて、どうコミュニケーションしていくかが自分の表現にとって大事ですね。たとえばドラムに描くことで音楽好きな人にもアート好きになってもらう入口としてコミュニケーションしたり、お酒のラベルもお酒好きな方に「どうだ、アートって面白いでしょう、少し入り込むと楽しいよ」みたいなことを伝えるとか、会話をしたいんですよね。
それって昔からかもしれない。お客さんの顔をイメージして、鑑賞者が絵の前に立った時にどういう心の動きになるのかなとか、自分が何度も何度も他者になって、もちろんなれるわけじゃないんだけど、作品を描きながら見つめています。壁画ならオーナーさんの喜ぶ顔がみたいとか、病院に絵を描いたら体調の悪い人が笑ってくれたらいいなとか、この人たちのためにというのをすごくイメージしやすい。だから公開制作は、美術好きではない人、逆にアート好きな方々がどんなふうに感じるとか、いろいろ想像できそうで楽しみです。ただ、キャンバス作品にはそういう特定の人はいないんです。白い空間に展示して誰が来るのかというイメージはできないから。
そういう意味で最近キャンバスと壁画の違いがわかってきて、誰をイメージしているかのほかに、やっぱり、壁画って空間表現なんですよ。今回の場合は、この絵を描き終えた時に、何がここで生まれるのだろうか、お客さんやサントミューゼのスタッフさんがどんなストーリーを紡いでいくのか。そのストーリーを膨らませるために、私にどんなことができるんだろうみたいなところが面白さだなと思います。
◇◇公開制作は、まさに空間表現ですね。
もちろん、そうですよ!(^ ^)/
1980年、長野県千曲市生まれ。2006年に東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業、現在は地元にて創作活動を展開中。
主な活動に「越ちひろ 300枚のdrawing展 Blood Diamond」 「越ちひろ展・Birthday」
「NAGANO 新 CONSEPUS―長野ゆかりの若手アーティスト10人展―」などの展覧会出品、
長野県内のミュージシャンによる東日本大震災チャリティーコンピアルバム「Back To Ordinary Days」ジャケット、子宮けいがん検診啓発イベント「愛は子宮を救う」にてライブペイント、大信州酒造「みぞれりんごのうめ酒」ラベル、
信濃毎日新聞花の挿絵連載、村上ポンタ秀一ドラムセットにペイント、店内壁画を多数。
2013年2月「越ちひろ展 強く儚き優しい絵」(北野美術館別館 北野カルチュラルセンター)、2015年に大好きなNYでグループ展を開催。