リトルプレスの扉の先に #02|松本と吉祥寺

#02|松本と吉祥寺

 9.23 [水祝] まで、吉祥寺「食堂ヒトト」で、「松本と吉祥寺」と題した企画展を開催しています。松本を拠点に創作活動を展開している人たちの作品を展示/販売する、という内容です。栞日は、展示ディレクションという立場で参加しているのですが、販売物に関しては「松本土産の新定番」を意識しました。やや抽象的な表現になりますが、この企画の目的は、松本の風を吉祥寺に吹かせることです。中央線で結ばれたふたつの街。北アルプス山麓の街の空気を、都内の西まで届けるには、どうしたら良いか。考えたとき、思い至ったのが「土産物」でした。その土地で産まれた物には、その土地の風景や記憶が込められている、という仮説のもと、現在の松本の景色が詰まった作品たちを、それぞれの出品者さんからご提供いただきました。


 そもそものきっかけは、1枚のフリーペーパー。それは、今回の企画展の会場「食堂ヒトト」を営む、「オーガニックベース」の代表・奥津爾さんが、家族で移り住んだ長崎・雲仙での活動を、ホームタウン・吉祥寺に伝えるためのニュースレター『雲仙と吉祥寺』です。この春から毎月発行されていて、4つ折り両面印刷の紙1枚というスタイル。かねてから「オーガニックベース」の取り組みに興味を抱いていたこともあり、その印刷物を取り寄せようと、連絡してみたところ、奥津さんご本人からお返事をいただきました。


 メールのやりとりを繰り返す中で、奥津さんが中学時代を安曇野で過ごしていたことや、その頃、週末はよく松本の街に出掛けていたこと、そして、生まれ育った吉祥寺の街と松本の街に、どこかしら同じ匂いを感じていたこと、などを知りました。僕は僕で、松本に来て暫くした頃、学生時代に何度か訪れた吉祥寺の街を思い出しながら「この街は東京の中で例えたら、吉祥寺に似ているな」と感じていました。それはきっと、ふたつの街に漂う文化的な薫りであり、その薫りに惹かれてその街に集い、その街を慕い、そこに暮らすことを誇りに思う、人々の気質であったのだと、いまは思います。


 この数年で、吉祥寺は変わった、と奥津さんは言います。かつて感じた、松本と同じ風は、もう吹いていない、と。行政の方針で「大きくなること」を選んだ街から、気骨ある個人店が消え、高層化が進み、大型店舗が林立するようになった。奥津さんから聞いた現実は、今回の企画展開催を前に、数年ぶりに降り立った吉祥寺を少し歩いてみて、残念ながら、受け入れざるを得ませんでした。あの頃吹いていた、あの風をもう一度。そんな願いから始まった企画です。


 とはいえ、松本で生まれた品々を街の一角に並べたからといって、吉祥寺で劇的な変化が巻き起こることは、期待できないのかもしれません。ただ、この会場を訪れた吉祥寺の誰かが、松本に関心を寄せて、いつか訪れ、そのとき何かを感じてくれたら、と願っています。もしくは、この展示を機に吉祥寺に出掛けた松本の誰かが、自らの街の未来について、立ち止まって考える契機になれば、と。これは、そのための種まきです。


 日本の地方都市は、遅かれ早かれ、問われる日が来ます。トーキョーの分身をもうひとつ増やすのか、オリジナルを深めるのか。そのとき、後者を選ぶことが許されるのは、文化の多様性を擁護する心意気が、民度として根付いている街だけでしょう。いまの地方は、それ程に脆い。古くからの民家や商店が次々と駐車場に変わり、大型ショッピングモールの開業計画が進む松本は今、その分岐点を目前に控えているような気がしています。このタイミングで吉祥寺から学ぶことは、大いにあることでしょう。そして、それはきっと「松本と吉祥寺」に限った話ではないはずです。吉祥寺で蒔いた種が、そう遠くない将来、誰かの心で芽を出しますように。


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(追記)
「リトルプレス」の定義は不明瞭で、解釈は人それぞれです。一般には、有料の小規模出版物を指すことが多いのですが、栞日では「誰かが誰かに宛てて綴った、手紙のような印刷物」と捉えていて、フリーペーパーも含めています。書き手が具体的な読み手をイメージしながら、その誰かに届けたいメッセージを託して綴った、パーソナルな(リトル)発行物(プレス)です。

〈プロフィール〉
菊地徹(きくち・とおる)
1986年、静岡生まれ。学生時代をつくばで過ごし、就職の関係で松本へ。コーヒースタンドとギャラリーを併設したリトルプレスのセレクトショップ「栞日」店主。夏の信州の自然に触れながら、本と過ごす時間を愉しむフェスティバル「ALPS BOOK CMAP」主宰。

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