[聞く/entre+voir #039]諏訪市出身の落語家 古今亭雛菊さん

諏訪市出身の落語家
古今亭雛菊さん

 

お金もなくて、家賃も溜めているような人たちばかりが出ているけど

すごく楽しそうに暮らしているのが古典落語

生き急いでる現代だからこそ、古典を聞いてほしいし、こだわりたい

 
 

諏訪市出身の落語家、古今亭雛菊さん。古今亭菊之丞師匠のもとに弟子入りして、2022年5月に二ツ目に昇進、まめ菊から雛菊に改名し、この7月15日(日)に諏訪市文化センターで第一回諏訪つながり寄席『古今亭まめ菊改メ古今亭雛菊 二ツ目昇進 披露の会』を実施します。しかも柳家喬太郎、橘家文蔵、古今亭菊之丞という大御所を従えて。これまでも諏訪市などでも活動を行ってきたが、諏訪市文化センターというオオバコは初めてのこと。これは応援せねばと、インタビューをお願いした。

 

 
 
――二ツ目になられて1年がすぎました。まず二ツ目になるのはどのくらい大変なことか、から伺います?
 
雛菊 入門するとまず1年は見習い期間があって、そこからだいたい4年くらいが前座と言って、寄席で修行をさせていただくんです。プラス私は師匠の家に毎日行って、家のことを全部やっていました。もちろん休みはありません。労働基準法とかない世界ですから。この5年間は自分の時間がほぼないので、そこで音を上げて逃げ出しちゃう人もいる。あるいは5年間の修行が終わって力が抜けちゃう人もいるんですよ。
 
――次は真打が待っているわけですね?
 
雛菊 とんでもないです(笑)。真打になるまでに、抜擢されない限りは少なくても10年はかかりますから。まず、乗り切ることを目指します。
 
――雛菊さんはふらっと寄席に行ってみたところ、いきなり落語家になろうと決められたんですよね?
 
雛菊 そうです。駒沢大学の落研には所属していたんですけど、「そう言えば落語をちゃんと聞いてなかったな」と思って、卒業を控えた時期に出かけてみたんです。たまたま菊之丞師匠がトリで、その話を聞いて「落語家になろう」と思いました。その場の勢いです。大学は仏教学部で、地元の葬儀屋さんに就職も決まっていたのに。
 
――その瞬間はどんな感覚だったのですか?
 
雛菊 師匠が出てきて、話し始めた瞬間に「あれ? 落語家なろう」って。そこからずっと頭の中で「弟子入りってどうしたらいいんだ?」と考えていたくらいで、その日に何のネタを師匠が話したのかも覚えてないんですよ。気づいたら出待ちしていて、「弟子にしてください」とお願いしました。本当に本能で動いた感じなので、これくらいしか言えないんです。
 
――改めて菊之丞さんのどんなところに惹かれたのかですか?
 
雛菊 うーん、私はグータラなので、この師匠のもとに行けば人間らしくなれるんじゃないかと。まずはそこです。だから師匠が落語家ではなくてもついていったと思います。私を人間として成長させてくれるのは「この人だ」と。(師匠がお肉屋さんでも?)そうかもしれません(笑)。
 

 

二ツ目になって、自由を手に入れたのに

何がしたいのか当初は迷走しましたね

 
――二ツ目に昇進してから自己プロデュースされてきたんですよね。どんなことを考えてやられてきたんですか?
 
雛菊 前座の期間は師匠のもとで修行をし、何をするにも師匠の許可が必要なんです。だから自分の意志はほとんどありません。けれど二ツ目になるといきなり独り立ちしろと放り出されるので、どうしていいのかわからなくなってしまいましたね。やっぱり迷走しました。いきなり自由を与えられると困るんだなと思いました。あんなに欲しがっていた自由なのに(笑)。ただ自由、自由と言ってもまだ師匠の監視下にはあるのでは、弾けすぎてもダメ。複雑な期間ですね。
 
――二ツ目になって最初の高座はいかがでしたか?
 
雛菊 当日は楽屋に来る師匠方に「二ツ目に昇進しました」と挨拶しながらなので、集中できないんですよ。菊之丞師匠には「前座のころからやり慣れたものをやりなさい」と言われていましたので、高座に上がるまでは比較的余裕がありました。ただ実際に高座に上がってから後のことはテンションが上がってしまって覚えてないんです。楽しかった記憶だけでした。
 
――そのときの様子が菊之丞さんのYouTubeに残っていてよかったですね。
 
雛菊 ねー、レアだと思います。普通は残せないから、ありがたいです。
 
――ほかに二ツ目で変わることはありますか?
 
雛菊 前座のころはどんな噺をするにも師匠に相談するんです。でも今は自分がこの噺をやりたいなと思ったら、一門ではない師匠方にも教えていただけます。ほかには着物が変わりますね。お相撲さんと一緒です。前座のときは紋付きを着られないんです。紋を付けられることで、ようやく一門の仲間になれた感があってうれしかったですね。
 
――お給料はどうなんですか?
 
雛菊 前座時代は寄席に行って働くと1日1,000円とか、そのぐらいからのスタートなんです。二ツ目になるとお給料というか出演料になります。たとえば寄席に出たら、5日間出て、これだけお客さんが入ったからと、割ですよね。割って、主任の人が一番多くて、前座は一律金額が決まってるんです。10日間入って1万円とかなんですけど、多少は上がりますね、それは(笑)。
 
――雛菊さんのお得意な噺はあるんですか?
 
雛菊 全然ないです(笑)。もう何から何までペーペーなので。自分の中では「よくできた」と思っても、すごい先輩を見てしまうと落ち込みます。私が生まれる前からやっている方たちがすごいのは当たり前ですけど、全然ダメだなって思っちゃいます。

 

文蔵師匠がすごい師匠方を集めてくださった『二ツ目昇進 披露の会』

 

――7月15日の『二ツ目昇進 披露の会』は、どういう経緯で実現したのですか?
雛菊 つながり寄席さんという橘家文蔵師匠の会を主にやっていらっしゃる方たちが、「諏訪でもやろうよ」と主体になって動いてくださったんです。ありがたいことです。
 
――そこでは何をやろうかな、と?
 
雛菊 全然決めてないですね、どうしようかな。
 
――落語家さんは当日、高座に上がってお客さんのお顔を見てどの噺をするか決めると言いますね。
 
雛菊 そうなんです。そう言うとお客様には驚かれるんですけど、我々にとってはそれが当たり前。「これかこれかな」と準備することもあるんですけど、何も決めてないこともあります。まず自分の前に登場する方の噺と被ってはいけないんです。それからお客様がすごく陽気にお笑いになっているとしたら、もっと笑ってもらえるネタをやったり、散々笑われてお疲れているだろうなというときはしんみりしたものをやったりもします。会の流れで全然変わっちゃうんです。
 

 
――現在の持ちネタは何本くらいあるんですか?
 
雛菊 う〜ん、30席あるかな。でも今ここでやれるとしたら、5席ぐらいしかできません。しばらくやっていないと忘れちゃうんで(笑)。披露の会は少し大きいネタを持って行こうかなくらいは考えています。
 
――諏訪市文化センターは客席数はこれまでの会場より多いですね
 
雛菊 1000人ですって。弱りました。都内でも本当に有名どころの師匠じゃないと300席を埋めるのは難しい。すべての友達、親戚に来てもらって、父の会社の社員さんに号令をかけてもらっても300に足りるかなってくらい。ですから諏訪市の小中学校にもチラシを配らせていただいて、新聞などにも記事を載せていただいてるんですけど、半分埋められたらうれしいです。
 
――いやいや、こんなすごい方々が一緒に出てくれるんだから大風呂敷を広げましょうよ。こういう顔合わせは主催する方が決めるんですか?
 
雛菊 この会が決まったのは文蔵師匠のおかげなんです。すごいかわいがっていただいています。私は裁縫が好きで、文蔵師匠に「ちょっと破れたところを縫ってよ」と言われ、お宅にお邪魔したことがあったんです。文蔵師匠のご飯を食べながら、「諏訪で会はやったの?」と言われて、「会はちょくちょくやらせていただいてますが、お披露目はまだです」と伝えましたら、「やろうよ」と。その場で電話をかけて「あ、喬太郎? この日は空いてる?」みたいな感じで集めてくださった。文蔵師匠が飲みながら気軽に決めたメンバーです(笑)。喬太郎師匠は本当におそれ多いのですが、お会いすると「おー雛」と気さくに話かけてくださって。
 

諏訪で落語家と言えば!というような身近な芸人になりたい

 

――将来的には創作落語もやっていかれるんですか?
 
雛菊 いえ、私は古典にこだわっていきたいです。落語は昔の話だから町内のみんなでわいわいがやがやしてるじゃないですか。そこが好きです。お金もなくて、大家さんに払う家賃も溜めているような人たちばかりですけど、すごく楽しそうに暮らしている。けれど伝統芸能だからどうしても落語は敷居が高い、古臭いと思われちゃっているんです。そんなことないよというのを伝えていきたいですね。学校公演に行くこともあるのですが、小学生も本当に楽しそうに笑ってくれるんですよ。だから古典をもっと聞いてほしいな、と。与太郎というおバカな登場人物が出てくるんですけど、その子も愛されている世界観が本当に呑気で、いいんですよ。この生き急いでる現代だからこそ、古典落語を聞いてほしい。若旦那が博打で擦ってしまう話とか、吉原の花魁に恋したとか、そういう話はお子さんの前ではダメだけど。今の今まで残ってきた古典は本当にしっかりできている。そりゃ300、400年ほど続くのも当たり前だわって思います。
 
――この先、どういう落語家になりたいと思っていらっしゃいますか?
 
雛菊 今、女流の噺家は増えてきてはいますが、それでも東西で1000人いるうちの50人いるかいないか。その中で皆さん主人公を女性視点でやるなど、すごい工夫して頑張っている。でも私はそうではなくて、「女性だけど」という枕詞を外したいんです。江戸からつながる伝統的な芸をやっぱりそのまま伝えたい。「女だから」と言われるのはしょうがない、そもそも男性が語るようにつくられているものですから。もしかしたら女性視点にすればとっつきやすくはなるかもしれないけれど、私がやったらおそらく噺が崩れてしまう気がするんです。うちの師匠はずっと形を変えずにやっています。私もそのスタンスでやっていきたい。

 

 

――今の女性落語家でもっとも先輩になるのはどなたですか?
 
雛菊 うちの協会は、三遊亭歌る多師匠、古今亭菊千代師匠ですね。お二人のころは女真打という枠の中で昇進されているんです。ご本人たちにしてみれば屈辱的な上がり方ですよね。今は男性の落語家と一緒に真打として上がれるようになっているんですけど、でもお二人がいなかったら私たちが普通にできてはいなかったと思います。まったく女性がいない世界に飛び込んだわけですから。当時のご苦労はすごかったんだろうなと思います。お話を聞くと「うわ~」ってなりますよ。今、普通にやっていけるのがありがたいことです。
 
――でも女性ならではの色気を出せるようにという目標もあるそうですね。
 
雛菊 そうですね。色気を付けないと。私の師匠が「色気がすごい」と言われてる方だから、真似してみるんですけど、私がやると面白くなっちゃうんです。どうしても根がガサツなもので。でもそこを逆にキャラクターとして、たまに「今日の雛菊の花魁ちょっと色っぽい」くらいでも思っていただければ(笑)。
 
――ほかに目標はありますか?
 
雛菊 まず諏訪でいろいろやりたいです。東京では落語家の数が多すぎるけれど、諏訪で落語家と言えば私だ!という状況になるので(笑)。まずは諏訪の人たちにいろいろな噺を知ってもらいたいと思っています。7月公演もまずは地元に恩返しみたいな感じです。やっぱり諏訪の人間だから、諏訪の方々には取っ付きやすいじゃないですか。まずはオリエンタルラジオの藤森慎吾さんのあの感じを目指して、「知ってる、この人」くらいのところから「落語も聞いたことある」と言わせたいですね、全員に。だから身近に感じやすいような芸人にはなりたいです。
 

 
――最後に、7月15日に向けての意気込みを。
 
雛菊 客席をできる限り埋めたい、それだけです。そしてお客様やお呼びした師匠方が「ああ楽しかった」と言ってくださるようにしたいです。私はもう全然置いといて……いえ、置いておいちゃダメですけど、諏訪の人間がこんなすごいメンバーを集められるんだぜって自慢したいです。そして足を運んでくれる同級生たちに「落語ってすごくね?」と思ってほしい。トリなんて普段は全然やらないんですけど、そのときの一番良いネタを持ってこられたらいいな。もう楽しみが上回っちゃって。それに向けて頑張らなきゃと、今、お話ししていて思いました。
 

 
 

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