[ようこそ、信州へ #023]相島一之

相島一之さん

二兎社『歌わせたい男たち』
相島一之さん

 

描かれるテーマは学校での「君が代」斉唱、不起立問題

素晴らしいのは声高に「反対だ」と叫ぶのではなく

優しくて、何か強いものがある。だから涙が出てきてしまう

 

「言葉」「習慣」「ジェンダー」「家族」「町」など、身辺や意識下に潜む問題を題材に、優しく温かく人を見つめる視点を盛り込んだ骨太な物語で定評のある、劇作・演出家の永井愛。彼女が率いる二兎社が、14年前に朝日舞台芸術賞グランプリ、読売演劇大賞最優秀作品賞、優秀演出家賞などを獲得するなど大絶賛を集めた『歌わせたい男たち』で駒ヶ根市文化会館にやってくる。キムラ緑子、山中崇、相島一之らテレビドラマでもお馴染みの面々が教師役に扮し、初演当時に世間で注目を集めていた卒業式での「国歌斉唱」をめぐって人間味あふれる姿を披露する。コメディの体裁を取りつつも、観客への投げかけは鋭い。むしろ現代にこそ新たなメッセージを投げかけてくる。今年こそは何事もなく卒業式を終えることを願う校長先生が、さまざまな立場の先生たちとのやりとりを経て、意外な出来事から心を破綻させていく。与田校長を演じる相島一之さんに話をうかがった。 

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

ここに出てくる人たちは小市民、なんてことのない普通の人たちです

慌てふためき、一生懸命なみんなの向こう側には何か大きな力が聞こえる

 

――長野県駒ヶ根市での公演がありますので、ぜひたくさんのお客様に見てほしいと思い、相島さんにお話を伺いにやってきました。

 

相島 あれ、永井さんやキムラ緑子さんでなくてよかったんですか?

 

――僕も初演を拝見していて。後半で校長先生が生徒に向かって演説する姿が非常に印象的、おかしいんだけど怖さもあって今も強く脳裏に焼きついているんです。そしてこれは校長先生の物語だと思いまして。

 

相島 ありがとうございます。僕も初演を拝見しているんです。友人、先輩の方が出演されていたので見たんだと思いますけど、おっしゃるようにそのときのことを今でも鮮明に覚えていて。よっぽど面白かったんだと思います。張り詰めた台詞の応酬で戦っている様、そして最後に戸田恵子さんが「聞かせてよ愛の言葉を」を歌うシーンが今でも忘れられません。あれから14年経っているのに、台本を読んだり稽古しているときも、ふとあの人たちのことが浮かんだりすることにものすごくびっくりしました。それだけ僕の中で残っている作品なんですね。

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

――二兎社に参加されていかがでしたか?

 
相島 永井さんの演出を受けるのは初めてでしたが、素晴らしいです。本当に細かい台詞のニュアンスまで追求されるのですが、役者としてすごく勉強になりました。二兎社の作品で賞を取られる俳優さんがすごく多いじゃないですか。永井さんの演出の力もあるのでしょうね。すごく面白いです。本番中も毎回毎回劇場に来られて、その都度その都度ちょっとずつちょっとずつ修正を加えられて。それは役者が芝居をやりながら見つけていったりするようなものものだったりする。永井さんはただの演出家じゃないですからね。作家であり、元俳優でもある。その目線で面白いことを探られるから、参加させていただいて本当にうれしいです。

 

――初演のころはまさに「君が代」を歌わない問題とか不起立問題とかありましたよね。この作品では、校長先生が裁判の判例を引用して人間の内心の話をするのが、バカバカしくて笑えるのですが、同時にすっごい不気味。そして校長先生もすごく葛藤しているのが伝わってきます。学校ではトップですけど、教育委員会や行政などに対しては中間管理職的なポジションでもある。大変だと思います。

 

相島 永井さんがこのお話をつくられるときに、校長先生のモデルになる方がいらっしゃたそうですよ。永井さんの昔の同級生の方だとおっしゃっていたかな。その方が裁判でいろいろ聞かれたときに、記者の方から笑いが起きたのだそうです。まさに行政が教育にどれだけ介入してくるんだみたいなことに対する答弁で笑いが起きた、それを物語にしたと。永井さんがおっしゃっていたのは、この問題を描くのに、大上段に振りかぶった社会的な作品ではなく、喜劇として表現すべきだと思ったということ。お客様からも「面白くてクスクスケラケラ笑っているけれども、だんだん怖くなる」という感想をいただいたんですけど、まさにそうなんですよ。最近は国歌斉唱問題、不起立問題もまったく聞かなくなった。先生をやっている友人に聞いても「そんなことはもうないよ」と言うんです。でも解決したのかというとそんなことはないし、見えなくなっているだけ。潜んでしまった怖さがありますね。この作品をホラーと称したお客様もいらっしゃいました。

 

――その象徴が校長先生ですもんね。

 

相島 校長役はむちゃくちゃやりがいがあります。物語を牽引しながら、どんどん破綻していく。破綻せざるを得ない状況になっていく。この作品に出てくる先生たちは、この芝居の続きがあるなら、この日を境にどうにかなっちゃうんじゃないのですか? 校長先生はどうですかね、入院しちゃうんじゃないかな。「校長先生は体調が悪くなったので、代わりに私が」みたいに教頭先生が卒業式をやって、生徒たちは生徒たちでざわざわするでしょう。緑子さん演じるミチル先生はちゃんとピアノ弾けるのか。でもそんな状況をつくり上げたのは一体何なの?というのが、この物語の一番のコアですよね。

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

――時代設定が現代じゃなくてよかったですよね。あれ今の時代設定やったら、子どももスマホ持ってますから、拡散されて大変なことになってしまいます。

 
相島 あははは! ほんとですね。校長先生が右往左往してる最たる人です。本当に教育委員会と現場の先生とに挟まれた中間管理職。拝島先生、片桐先生みたいなバリバリの先生に下から突き上げられて、多分きゅうきゅうでしょう。でもつくづく思うのは永井さんの作品は決して声高に「こういうことは反対だ」と叫ぶのではなく、優しくて、だけど何か強いものがある。だから涙が出てきちゃう。それに参加できることだけですごい幸せです。

 

――濃厚な1時間45分ですよね。

 

相島 凝縮してノンストップですからね。本当にリアルな時が流れていて、卒業式が始まる時間が近づいていくのを舞台上にある時計で感じられるのがお客様もすごく面白いみたいですね。ドキドキするって。アリストテレスの劇作の3原則というのがありまして、実際はアリストテレスが言ったわけじゃないらしいですけど、同じ時間、同じ空間、同じテーマで物語が突っ走る、まさにそれですもんね。

 

――かつて所属されていた東京サンシャインボーイズとかまさにそういう作品でした。

 

相島 やってましたね、うちらもね。

 

――劇団では相島さん、体制にあらがう役が多かったんですけどね。

 

相島 ははは! そういう役が多かったですね。作家で演出の三谷幸喜から見ても、たった一人で変なことを言ってるイメージがあったんじゃないですか。場の空気を読めないな、お前はって。そう考えるとリアルな僕自身はもう校長先生をやれるような年齢になって、家族がいたりする中で校長先生の気持ちがよくわかります。生活のためなんだと僕は思います。いや、自分のポリシーとは別に切実過ぎますよね。片桐先生がミチル先生に言うんです。拝島先生が不起立を貫くことで校長も教頭も10日は教育委員会の研修を受け、その後に教員全員で不起立再発防止研修がある、そういうペナルティーがあると。だから全部つながってるなと思います。それは立場としてはどうしても避けたいのも当然なわけですから。ここに出てくる人たちは小市民、なんてことのない普通の人たちです。でもみんなが慌てふためいて一生懸命なんだけど、その向こう側には何か大きな力が聞こえる。

 

――共演されている皆さんも本当にバランスがいいですよね。

 

相島 皆さん共演するのは初めてなんですけど、すごい素敵です。キムラ緑子さんとは昔から友達ではあったけれど今回待ちに待った初共演。お芝居に華があって、本当にチャーミングです。山中崇さんとも何度も映像では共演しているけれど、演劇では初めて。校長と台詞でバトルをするんですが、心を動かしてくる。生の芝居をしてくるんですよ。素晴らしいですね。そして若い二人も素晴らしい。東京公演中、1週間コロナで公演がストップしたんです。でも再開される前にみんなで本読みしようということで、自主的にzoomで本読みしました。いいメンバーです。

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

二兎社『歌わせたい男たち』

 

いろいろな考えの方がいていいと思うんです

ただそれを強要しないでほしい。強要する根拠はどこにあるのか

 

――話は変わりますが、長野県にはご縁はありますか?

 

相島 「ありきたりですけど信州のそばはすごい好きです。小諸だったかな、普通に食べる時間がなくて駅そばを食べたんですけど、むちゃくちゃうまくて驚きました。長野県でお芝居をする機会は、こまつ座さんだったり、何回もあったんですよ。そのたびに、長野県はいいところだなあと思います。そして今回は初めての南信です。楽しみです。

 

――では最後にお客様に向けてメッセージをお願いします。

 

相島 本当に見ていただきたいなって思います。いろいろな意味で演劇の面白さが凝縮されているんです。この作品を見ていただいて、まずはこういうことがあるということを知っていただきたい。いろいろな考えの方がいていいと思うんです。「君が代」を歌うべきだという人もいていいし、そうじゃないという人がいてもいい。拝島先生が言うんです。「たとえ国民主権を高らかに謳う国歌ができたとしても、それを学校で押し付けて、処分者を出すんなら、僕はやっぱり反対します」って。見事なセリフですよね。別にどっちだっていいんだ、ただそれを強要するなよと。その強要する理由は、根拠はどこにあるのか。たった1時間45分のお芝居ですが、特別な1時間45分になると思うんです。そして僕らは特別な1時間45分にするために必死にお芝居をしています。むちゃくちゃ面白い作品です。笑えて、でもいろいろなことを考えさせられて、これぞ演劇って思っていただけるように頑張ります。ぜひ劇場に足をお運びください。
 

 
 
 
 

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