[聞く/entre+voir #037]Atachitachi×3日満月(『PeepHole』)

©︎Yuri Sakai

『悪童日記』をモチーフにした『PeepHole』
Atachitachi×3日満月

 

松本市に暮らすクリエイターたちと

Atachitachi&3日満月による待望の『PeepHole』松本バージョン

 

国内外で活躍する北村明子、山田うん振付のダンス公演の主要なダンサーとして活躍する西山友貴、飯森沙百合によるユニット「Atachitachi」が、松本市の上土劇場で小説「悪童日記」にインスパイアを受けたダンス作品『PeepHole』を8月20、21日に上演する。音楽を担当するのは松本市を拠点とする権頭真由、佐藤公哉の「3日満月」。実はこの公演、2019年8月に東京初演をしたのち、松本公演をする予定だった。ところが新型コロナウイルス感染症の感染拡大のために中止、でもそのまま終わってしまうのは悔しいからと、2020年6月、Atachitachiが野外で踊り、観客は3日満月の音楽がラジオから流れてくるマイカーの中で鑑賞する『ドライブイン・ダンスシアター』としてリベンジした。しかし、そのことで逆に4人の『PeepHole』松本公演への想いは増すばかり。そしてついに、この夢が実現する。しかも『ドライブイン・ダンスシアター』から新たに縁を紡いだ松本のクリエイター陣との共同作業により、初演とは大きく生まれ変わった『PeepHole』が誕生した。

 
前段の記事はこちらでご覧ください
 

――『PeepHole』初演は3年前ですね。まず東京での公演はいかがでしたか?
 
佐藤 東京は大盛況でしたよね。
西山 当日券も出して、ぱんぱんにお客さんを入れて上演しました。コロナ前だからできたんですけど、あの密度はすごかった。
飯森 客席と演者がすごく近くて、汗が飛び散るのもアトラクション感がありました。
佐藤 モチーフになっている『悪童日記』自体は僕も大好きなんです。映画や演劇にはなっているけれど、ダンスでどう表現するか、題材としては難しそうだなって思っていました。でもそのままやるわけでもなく印象的な部分の奥の方にある感情みたいなものもちゃんと身体表現に昇華させていた。もう抽象化の具合が素晴らしいと感じました。
権頭 二人でしっかり話し合ってつくっているのがすごく伝わってくるんですよ。
佐藤 もともと二人の作品を見た人が、二人のことを『悪童日記』みたいだって表現してくれたんだよね? そこからのスタートだけど、二人のポテンシャルを引き出せる題材だったと思う。
権頭 何も知らない人が見てもすごく面白い。身体性の面白さももちろん、シーンごとにいろいろな世界が見えるから、想像しながら楽しめるんです。
 

『PeepHole』初演 ©︎大洞博靖

 
――音楽家としては、一緒にクリエイションするAtachitachiはどんなユニットですか?
 
権頭 二人ならではのダンスの言語があるじゃない。こういう振りのあとはこう動くとか。それを私たちもちょっとわかってきた感じがするの。
西山・飯森 ふ〜ん
権頭 Atachitachiならではのメソッドなのかわからないけど、カラーみたいなものが、音楽が入ったときに効果的に感じられる方法とか、逆に私たちの音楽に訴えかけてくる動きがわかるようになって、それが楽しいし、いいなあと思えるんです。でもわかって終わりじゃなく、次がどうなるんだろうと考えるのも楽しい。すごい好きな空気感です。なんか二人が本当に開いているの。お客さんのことをすごい信頼してるし、二人がとても優しいんだと思う。
飯森 ありがとう。私たちもなんだかんだ細々と、マイペースの活動を続けていくうちに、目指したいところが見えてきてはいるんですよ。
西山 そうだよね。たとえば小道具を使って何かやるとか、
飯森 お客さまを巻き込んでやるのが好きだったり。

 
――ダンスで客いじりをするんですか?(笑)。
 
西山 客いじりというか、何か頼りにするというか、一緒に何かをしたいということかな。
飯森 客席とステージの境界線をつくりたくなくて、境界を破るために何か切り込んでいくみたいな感じかな。
権頭 でもいつでも開いているわけじゃない。閉じるときもあって、そこはそこで美しいし、バランスがいい。
西山 『ドライブイン・ダンスシアター』のときの、お客さんと直接会えない、自動車との境界線がある体験もものすごく今のクリエイションに生きてる感じがする。私たちはお客さんと会えないけど、3日満月の音楽がちゃんと結んでくれたり、森と山と空とつなげてくれるみたいな感覚がすごいあって、私たちが届かないところを私たちのものの延長として届けてくれる。音楽は音楽、ダンスはダンスではなく、一緒に盛り上げてつくってくれるのがクリエイションしていて楽しいんです。だから悩んでも「ここ、公哉君と真由ちゃんが、きっとなんかやってくれるね」って話してます(笑)。
 

『ドライブイン・ダンスシアター』(2020年6月)

 

『ドライブイン・ダンスシアター』(2020年6月)

 
――『ドライブイン・ダンスシアター』も面白い企画でした。コロナ禍であることを逆手に取ったアイデアが素晴らしかったですね。
 
飯森 まず『PeepHole』に取り掛かったのは5年前ですよ。
西山 公哉君と真由ちゃんのところで合宿してつくって、東京で公演して、その後にまた合宿して、つくって。
飯森 いざ松本公演というときにコロナになったんです。
西山 劇場の申込書を書いて、チラシも入校直前だったのをストップして。ホームページも公開できる状態になっていて、よーしと思ったときに警戒レベルが上がった。私たちは東京から行く側だったから、集客も難しかっただろうけど、いざというときの責任のことも考えて中止にしたんです。
佐藤 まだコロナがどんなものなのかわからなかったからね。その公演の代わりに四賀で『ドライブイン・ダンスシアター』をやったんです。それでも一緒に何かやりたいということで。
西山 公哉君が「ファイト!」って感じで提案してくれたんです。
飯森 これであきらめて何もやらないのは違う気がする、もったいない、これやろうって。クリエイションはオンラインで進めました。
西山 車の中から見るというアイデア、今の状況にぴったりだよねという話になって、そこからはもうトントン拍子だったね。
飯森 場所探しをしてくださったり、地域の人とつないでくださったり、ほとんどやってもらっちゃった。
権頭 二人が公園で踊る映像を毎日送ってくれたので、それを見て、私たちが音楽を返して、また調整して踊ってと、一回も合わずにつくったよね。
 
――そうやって、絆が深めたわけですね?
 
権頭 それはもう! リモートだけでクリエイションできたのも、その前段階で二人との信頼関係があったからですよ。
飯森 映像だけでは初めての人とだったら伝わらないと思います。でも、公哉君と真由ちゃんはこういうことがやりたいと言ったら、素晴らしい音楽を返してきてくれました。
西山 感動的だったよね。
 

表現(Hyogen)夏の山間ツアーin松本(2018年)

 

表現(Hyogen)夏の山間ツアーin松本(2018年)

 

アゴタ・クリストフ『悪童日記』の世界をより具体的に

ダンスで双子の男たちの旅を描く

 

――2022年版の『PeepHole』はどんなふうになりそうですか? 振り付けなど身体に残っているものですか?
 
飯森 こんなことをやったというのは覚えているんですけど、3年も経って私たちの身体性も変わってきているので、やってみたらちょっと感じが違うぞみたいな状態でした。
西山 この2年半ぐらい、コロナ禍もあって、身体をぶつけ合いながら稽古することができなかった。むしろどの現場もそういうことを避けて振付するので、『PeepHole』の稽古のために久しぶりにぶつかり合ったり、殴り合ったり、抱き合ったりしたのは新鮮でした。
飯森 Atachitachiとして、ずっとそういうふうにつくってきた筋力がごっそり抜けてる感じがあったんですよ。
西山 だからまったく違う身体で作品に向き合っている感じがします。
飯森 そう。身体を触れ合わないようにすると、今まで私たちがこだわってやってきたことを封印するから、逆にどうつくるかを考えるようになったんです。おかげで、今までのこだわってきた部分が、少し広がったような気がしています。
西山 二人の間だけのベクトルの交換になりがちだったけど、空間とか大きなものをどう動かすかみたいなことを考えるようになりました。今回もそうなっている気がします。自分が何をやるかより、どういう空気感を見せたいか、この関係性を見せるにはどういう配置でいったらいいかとか、客観的に見るようになったように思います。
飯森 コンセプトとか構成とかは変わらないんですけど。
西山 3年のうちに私たちの身体も思考も変わってきていて、さらにコロナがあったから。
飯森 初演のときはパッションで押していたところがあったけど、あのとき「こうしたかった」ことが、違うアプローチでできることに気づいたりもしている。でも改めてコロナで人と物理的に触れ合わなくなったことは本当に大きいんです。いい意味も悪い意味もあるけど、モチーフが『悪童日記』だからこそそう思います。
 

『PeepHole』初演 ©︎大洞博靖

 

西山 本当にぶつかり合ったり、妬み合ったり、めちゃくちゃ体重かけて密着し合ったり、そういうことから何かを生み出すという創作過程を踏んできた作品ですから、そこが圧倒的に違うんです。
飯森 逆に久しぶりに身体を合わせて、離れてた期間があったからこそ、これって重要だったんだと感じました、体温や匂いを感じることも含めて。
西山 今クリエイションの大詰めですけど、実は作品も変わってきています。
 
――そんなこと言われたら曲もまたつくり直したくなりますよね。
 
権頭 私たちは二人の動きを見ながら対話するようにつくりたいし、そこは柔軟にやりますよ。8月中旬から2週間くらい滞在するから、そこで詰めていくことになります。
佐藤 前は空間の都合で打楽器を使えなかった。いろいろ音的にも可能性が広がると思います。今回は打楽器も使い放題、スペースも広いですからね。それにホワイトキューブのような空間だったから、それに合わせた演出になっていたけれど、今回はまた全然違う雰囲気の会場なので、そこから考え直す必要もあったんです。
飯森 初演は部屋みたいな閉鎖的な空間をお客さんが覗き見するみたいな雰囲気でした。
西山 さっき空間の把握をよりするようになったと話しましたけど、今回は、お客さんが上の方から眺める感じになるもんね。
飯森天井も高さがある。だから今回は『ドライブイン・ダンスシアター』の空間設営で手伝ってくださった小林響さんに協力をお願いしているんです。
西山 小林さん、『ドライブイン・ダンスシアター』のときに、急きょ雨が降ったからって装置の上に屋根をつけてくださって。
佐藤 小林さんは四賀村への移住の先輩なのですが、空間演出の仕事をしている方です。大きな野外フェスの装飾や導線などの設計をしたり、体験型インスタレーションをつくったりしています。
西山 今回は、空間をつくったり、区切ったり、そういう作業をしています。
飯森 空間が部屋っぽく見えるように、いくつかパネルを立てたり、天井が高いので上の方に何かオブジェ的なものを飾ったりしようかなって。本当だったらイチから一緒に関わっていただきたかったんだけど、日程が合わなかったから、小林さんが持っている作品、素材をお借りする形になります。
権頭 それと古道具屋燕の北谷英章さんにも協力してもらって、古道具だとか、テーブルとかも貸してもらうんです。
飯森 椅子、古い鞄、ラジカセ、食器みたいなものもお借りしたいです。初演は『悪童日記』をモチーフにしながら、そんなに『悪童日記』感を出していなかった。小道具も本当に必要最低限なものだけで、抽象的でシンプルな作品だったんですけど、今回は具体的にしてもいいかなって。そのままやるの劇中劇だけです(笑)。
 

『PeepHole』初演 ©︎大洞博靖

 
――そういうつながりを経て、松本に暮らす方が今回はスタッフとして関わるようになったのは、僕も勝手にうれしいです。
 
西山 普通に音響さんとかスタッフさんもこちらの方にお願いしています。
権頭 東京初演の映像を見返していて、改めてすごくいい作品だなと思って。好きなシーンがいっぱいあるからブラッシュアップしていけたらいいなあと思ったけど、
西山 全然違うことになりそうですね。
飯森 新作になっちゃうね。
一同 笑い。

 

『PeepHole』初演 3日満月 ©︎大洞博靖

 
――改めて3日満月さんとのクリエイションはいかがですか?
 
西山 二人の音楽からさらに発想をもらって、こういう方向にも行けるという扉を開いてもらうことがすごく多いんです。こういう雰囲気の音楽がいいよねと私たちもお互いにあるけど、二人が提案してくれる音楽はもっと刺激をくれるから、こういうアプローチもあるなぁと新たなアイデアが浮かんでくる。自分たちの想像を超えてくれるから、こっちもそれに応えなきゃって思うしね。
飯森 距離があって、ずっと一緒にいるわけじゃないし、文通的になることで、私たちも公哉君と真由ちゃんに「こういう振りをつくった」という映像だけ送って、言葉で伝えると音楽が返ってきて、私たちを驚かせてくれる。受け取る、考える、発信するみたいな作業に東京と長野の距離が合っているように思います。
権頭 クリエイションにとっていいのか悪いのかわからないけど、ワンクッションを置く、少し時間が空くと、最初は「なぜそうきた?」と思っても二人はこうしたかったのかなとか、思いやる時間があるんです。目の前にいるとその場でやりとりして決めていく良さもあるけれど、こちらで立ち止まって二人はどうしたいんだろうと考えるし、二人は二人でこっちの心情を考えてくれる。時間があるならば、そうやってつくることも面白いと思いますね。
飯森 そう考えると贅沢なつくり方をしているよね。
西山 本当にそう思う。
佐藤 お二人の稽古を見ているとテレパシー的に動いてるとしか思えないときがあって。リズムに合わせてやっているのではなく、オーラのやり取り、血のやり取りをしているんです。稽古の映像を見たときに、距離があってお互いが見えてなさそうなんだけど、つながりが見えるというか、身体を通り越してリンクしている。二人の間のやりとりもまた音楽的なものがあるんですよ。
権頭 それって二人だからなのかな?
飯森 二人だからというか、二人で積み重ねてきたことがあるというのが大きいかな。二人でテーマにしてることも、まさに公哉君が言ってくれたことで、見えてないけどつながってるとか、目じゃないところで相手を受け取るとか発信するみたいなことをやってきたところはあるんです。
西山 練習していて、二人とも「いいね」と思う瞬間が絶対あって、それは何がいいかわからないけど、今の方向性で行こうみたいなことが身体感覚などである。前よりもそういうことが増えた感じがします。
飯森 それをどんどん言語化して他の人にも伝えられたらいいんだろうけど。私たちじゃない人が私たちの作品をやるということも、将来的にやってみたいんです。
西山 次の目標だよね。でもとにかく今は松本でリベンジしたい。私たちの視野がもうちょっと広ければ、長野県を回るとかできればよかったんですけどね。
飯森 二人で制作もすべてやっているから松本だけで精一杯でした。
西山 松本でやるのがずっと目標でしたから。だから長野県の方々が車でいっぱい来てくれることを願っています。

 
 

©︎Yuri Sakai

 
 

Atachitachi主催 ダンス公演
『PeepHole』
■日時:2020年8月20日(土)17:00開演・21日(日)14:00開演
■会場:上土劇場
■振付・演出・出演:Atachitachi
■音楽・出演:3日満月
■チケット料金:一般3,000円/U-24(24歳以下)2,000円/高校生以下1,000円
       ※当日券はプラス500円
       ※県外割あり
■予約:Atachitachi予約フォーム
■問合せ:Atachitachi メールatachi.atachitachi@gmail.com、電話080-5517-9300
 
 
 
 

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