[聞く/entre+voir #036]権頭真由×阿部海太郎(夢みる耳は夜ごと月を包むー松本の午後にて)

『夢みる耳は夜ごと月を包む』のジャケット

『夢みる耳は夜ごと月を包むー松本の午後にて』
権頭真由さん×阿部海太郎さん

 

実際に見た「夢」を題材にしたソロアルバム

権頭真由の即興は1曲ごとのテーマがある、とても独特な世界。

 

「音楽を通して世界と対話し、あらゆる美しさに花を添える」の想いを胸に、3日満月、momo椿* 、表現(Hyogen)、Lupe∝などで作曲、演奏をする権頭真由(ピアノ、アコーディオン、うた)。この3月にピアノでの即興をまとめたCD『夢みる耳は夜ごと月を包む』をTHEATRE MUSICAからリリースした。そして、リリースを記念して7月17日(日)に作曲家・阿部海太郎と「夢」をテーマにしたピアノコンサートを行う。権頭真由、阿部海太郎に話をうかがった。

 
――まずは真由さんから海太郎さんを紹介していただけますか。
 
権頭 海太郎さんは日本を代表する作曲家で、私が高校時代から知っている、大学の先輩でもあります。たった一音違うだけで、感情や風景を別のものに変えることができる音楽の力を教わりました。どんな曲にも、チャーミングなお人柄が優しさとしてにじみ出ちゃってます。最近では舞台(インバル・ピント&アヴシャロム・ポラック演出『100万回生きたねこ』『百鬼オペラ 羅生門』)の音楽などでもお世話になっていて、一緒にイスラエルにも行きました。そして今回のアルバムを制作するにあたり大変お力添えをいただき、海太郎さんのレーベル「THEATRE MUSICA」からリリースすることができました。
 

権頭真由 Photo:Shiho Niimi

 
――阿部さん、今度は真由さんのことを紹介してください。
 
阿部 個人的な関係性で言えば、僕にないものをすべて持っている方で、だからこそ舞台の仕事などでご一緒させてもらっていると思っています。真由ちゃんの音楽についていろいろな説明の仕方はありますが、今回のアルバムが即興に基づいていることもあるんですけど、何か一緒に取り組むとき、その即興性にすごく惹かれるんです。真由ちゃんからはスラスラ、スラスラと水が流れるように曲が出てくるけれど、僕の印象としては、外とつながるための小さな窓があって、そこから出てくるものは真由ちゃんの中で強く確信のあるものだけのように思うんです。ある種クローズドというか、秘密の音楽が出てくる感じがしています。
 
――真由さんのソロ・アルバム、CD『夢みる耳は夜ごと月を包む』のコンセプトを教えていただけますか。
 
権頭 私は実際に見た夢をピアノに報告するような感じで日ごろから即興演奏をしているのですが、そられを封じ込めたのが今回のCDです。小さいころから作曲をする環境にあって、読んだ本や好きなことについて、ピアノと対話するように弾いてきたました。即興は私にとって、呼吸すること、歩くこと、目覚めたときに立ち上がること、そういう日常の仕草と同じレベルで、すごく自然なことなんです。作曲は構築や推敲が必要ですけど、それをせずに、先に行く音楽を止めないようにしている感じかな。とはいえ、体とピアノが本当の意味で寄り添ってきたと思えるようになったのは最近ですけど。なにか許されてる感じがしてきんです。
 

『夢みる耳は夜ごと月を包む』のジャケット

 
――さきほど「CDに封じ込める」という言葉がありました。即興で表現したものを形に留める、それは相反する行為でもありますよね。とても印象的な言葉で面白いと思いました。CDをつくる場合、コンセプトがあって、曲はいくつ必要でみたいなところから始めるイメージがありますが、どんな作業をされたんでしょうか。
 
権頭 そうですよね。今回の場合は、そういったことは後回しでした。きっかけは、日常的に弾いているピアノとの戯れみたいなものを、いつも一番身近で耳にしている夫(3日満月の佐藤公哉さん)が「まとめてみたら」と言ってくれたことです。最初は「そんなそんな」と思ったけれど、機材もあるし、松本の山村に暮らしているという環境の良さもあるし、「やってみようかな」くらいの軽い気持ちで始めたんです。おっしゃるように即興は、私にとって、本当にもう流れていくのを振り返らないものでした。それを繰り返し聞けるようになものにする、誰かの手に渡る、触れられないのに触れられるようにするという中で、自分ひとりではつくりきれない広がりがありました。いろいろな人に相談したり手伝ってもらったりしながら、どんどん立派になっていった感じがしています。
阿部 面白いのは、公哉君も言っているけど、真由ちゃんの即興は一つ一つの曲の構造があることなんです。不思議なんですけど、1曲ごとの世界観がある。普通は即興って、たとえばジャズ、特にフリージャズやアバンギャルドなジャズの即興だと「曲」というタイトルを付けたくなるような曲の構造を持っていないことの方が多い気がするんです。つまり生身の即興というか。でも真由さんの場合は実際に見た夢を出発点にしているからか、1曲ごとのテーマがある。とても独特なんです。
権頭 ありがとうございます。
 
――アルバムの構成はどうなってるんですか。
 
阿部 全部で7曲、トータル30分強の作品で、基本的にピアノなんですけど、時折それ以外の音も入ってきます。
権頭 仕様もとても素敵なものになっていまして、インバル・ピント(世界的な振付家)が1曲ごとに絵を寄せてくださってるんです。それを見開きのカードのようなものにして7曲分、7枚封入しています。素晴らしい絵なので、それをかなりいかしたデザインになっていて、細い三日月から始まってだんだん満ちてまん丸の満月になっていくビジュアルイメージになっています。
 
――海太郎さんはどのように関わられているんですか?
 
阿部 レーベルのおじさんです(笑)。レーベルとは言っても事実上、僕のアルバムを出すだけでしたが、レーベルとしての機能があるので使わない手はないだろうと。数年前から真由ちゃんが公哉君と一緒に録音して、アルバムをつくろうとしていることは知っていて、形になったらいいなと思っていたんです。デザインも含めて、どういう形になるのがふさわしいか、CDにするのか配信にするのかすごく現実的な話をしました、夢がコンセプトなのに(笑)。真由ちゃんが納得いく形になるのが一番大事ですから。強いて言えばマスタリングのことを公哉君と話したぐらい。1曲だけミックスの方向で、もうちょっとこういう方向性がいいかもみたいなことは言いましたけど、そんな程度です。
権頭 いえいえ、それがないとできなかったと思います。私自身がやっていることは本当に日常的だし、30分ちょっと演奏しているだけなんです。それを海太郎さんやインバル、デザインをしてくださた島田さんと小島さん、皆さんが「真由さんの世界」という言葉を何度も言ってくださったことで、私の世界があるんだと気づいて、「やっていいかな」と思えるようになったんです。海太郎さんがいなければ気づかないことがいっぱいありました。
 

阿部海太郎 Photo: Takashi Homma

 

権頭真由と阿部海太郎が「夢」で共演するコンサート

権頭が観客が見た夢を題材に即興演奏で披露

 
――松本市でのライブはどんな内容になりそうですか?
 
権頭 このアルバムの演奏会は、これまで東京、神奈川、茅野でやってきて、松本が4カ所目になります。もちろんアルバムに入ってる曲を思い出しながら再現する時間もあるんですけど、何回か聴いてると忠実に再現できてしまうんです。でもそれはちょっと違うんじゃないかと思って。だから先ほど海太郎さんがおっしゃったように、一つの夢ごとの構造みたいなものを踏まえつつ、そのときの夢の雰囲気を反芻しながら弾くようにしています。そしてもう一つ大きな企画があって、ご来場いただいたお客様の夢を即興演奏するんです。受付に箱を用意して、お客様が入れてくださった夢について書かれた紙を私が舞台上でランダムに読み上げて弾いていきます。これまで3カ所をめぐる中で、100近い夢が私の手元にあります。
 

Photo: 三田村亮

 
――それは面白い企画ですね、お客さまにとってもワクワクが膨らみそうです。
 
権頭 面白いのは会場の雰囲気にかなり左右されること。東京でお披露目会と称してやったときは、初めてだったので私自身が妙な緊張と興奮でドキドキしました。数が多かったので夢同士が混じるような場面もありました。1台のピアノですべてを表現しようとすると、たとえば空というキーワードがあったときに、さっきのお客様は気球の話をしていたなと思い出して、それがちょっと混じったりするんです。神奈川のときは雨だったせいか、しっとりとした雰囲気で、ちょっとセラピー感がありました。空間や天気、お客様の雰囲気や居方などによっていろいろな影響があるんです。
阿部 お客様の立場からも、かなり面白い体験だと思います。自分が見た夢の映像を知っているのは自分だけじゃないですか。それを真由さんが音楽にしてくてくれることで、自分の見た夢が映画みたいになって思い出され、追体験できるんです。その感覚がすごく不思議です。映画の体験に近いと言いましたが、その夢は公になってるわけではないんです。だから特別上映会を見ているような感覚です。その行為にそもそもセラピー感はあって、自分の夢を追体験することは自分に向き合うような要素が含まれる。演奏会としては新しい形式ですし、突き詰めていくと面白いかも。いずれ風情のある館を借り切って、みんなが夢を持って真由ちゃんを訪ねてくるみたいなことができるかもしれない(笑)。
 
――海太郎さんはライブのときはどうされるんですか?
 
阿部 あがたの森では、夢をキーワードにした『羊の夢』というテーマで演奏したいと思っています。これは1年前にやったんですけど、7月1日から31日まで、ひたすら羊が見た夢を1カ月分、演奏するという試みを行ったんです。それを今回、真由ちゃんの演奏の前に小さな演奏として披露する予定でいます。
権頭 すごい楽しみです。海太郎さんのソロがあって、私はその後で演奏します。一緒に演奏する場面もちょっとだけありますので、楽しみにしていてください。
 

Photo: Ryo Mitamura

 
――ところで海太郎さんは四賀の佐藤家に滞在されたことはあるんですか?
 
阿部 この2、3年、何回もうかがいました。公哉君との作業や真由さんのCDのことなどで、松本に来る機会が増えました。白井晃さん演出の『夢の劇』という演劇で劇中曲を弾いたことはあるんですけど、演奏会としては今回が初めてです。
権頭 それも夢だ!
阿部 本当に。全部が夢つながりですね。
 
――海太郎さんにはぜひ松本で演奏してほしいと思っていたのでうれしいです。
 
権頭 そうでしょー。
阿部 ありがとうございます。僕も松本ではいつかという気持ちはあったので。下見はできてないんですけど、あがたの森の講堂も楽しみな空間です。
権頭 私自身もどんな夢が集まるかドキドキしています。私は、なにかの啓示というような夢の捉え方には興味がなくて、鮮やかに思い出される限りは“今より前のこと”というものなんです。それが悪い内容であっても、いい内容であっても、音楽はすべてを抱擁してくれる安心感がある。それだけを持ってあがたの森に向かいます。海太郎さんも多くの方に聞いてほしい作曲家・演奏家だから、この回は実現してとてもうれしいです。小さなお子さんにも開放しています。お子さんは言葉で夢を書くのは難しいかもしれませんが、絵であっても弾きますので、老若男女の皆さんにいらしていただきたいです。
 

 
 
権頭真由ソロアルバムリリース記念イベント
『夢みる耳は夜ごと月を包むー松本の午後にて』
■日時:2020年7月17日(日)12:30開場/13:30開演
■会場:あがたの森文化会館講堂ホール
■出演:権頭真由(ピアノ)
■ゲスト:阿部海太郎(ピアノ)
チケット料金:大人3,000円/当日3,500円、学生(小中高大)1,500円(予約当日とも)/未就学児無料
■持ち物:あなたの夢の話(夜みた「夢」を集めると箱を会場にご用意します。演奏会中に即興であなたの夢が奏でられてもよろしければ、メモに夢を書いて箱にお入れください。)
■予約/問合せ:件名を「松本の午後にて」として、本文に、(1)お名前(2)お電話番号(3)大人、学生、小学生未満の各人数 を明記の上、【theatremusica@gmail.com】宛にメールにてお申込みください。予約確認メールの返信をもってご予約完了となります。
■企画/制作:torus.vil(トーラスヴィレッジ)、THEATRE MUSICA(シアタームジカ)
 
権頭真由 Mayu Gonto
アコーディオン、ピアノ、うた。東京生まれ。音楽を通して世界と対話し、あらゆる美しさに花を添える。「表現(Hyogen)」、「3日満月」、「momo椿*」、「Lupe∝」、菅間一徳とのデュオなどで作曲、演奏活動を行う他、インバル・ピント&アブシャロム・ポラックダンスカンパニー作品『WALLFLOWER』などの舞台音楽、映画音楽などの分野でも活動する。子どもたちと作る音楽サーカス「音のてらこや」を主宰。長野県在住。
 
阿部海太郎 Umitaro Abe
作曲家。1978年生まれ。幼い頃よりピアノ、ヴァイオリン、太鼓などの楽器に親しみ、独学で作曲を行うようになる。東京藝術大学と同大学院、パリ第八大学第三課程にて音楽学を専攻後、舞台、テレビ番組、映画と、幅広い分野で作曲活動を行う。音楽を手掛けた主な作品に、インバル・ピント&アブシャロム・ポラック演出『100万回生きたねこ』、『百鬼オペラ 羅生門』、森山開次演出・振付『星の王子さま ーサン=テグジュペリからの手紙ー』、NHK『日曜美術館』テーマ曲、ドラマ『京都人の密かな愉しみ』など
 
 
【夢のような本当のこと】
 
1.そればなの{ディヌンドロ}
7月14日〜16日・21日〜23日
大好きな「そればな」さん。グルテンフリーのお菓子と喫茶のお店です。店主の三宅さんが、ご自身が納得する素材で、たくさんの人を笑顔にするお菓子を作られています。今回は特別に、アルバムの7曲めのタイトルに登場する架空のお菓子{ディヌンドロ}を作っていただきます。6日間限定でお店に並びます。どんなお菓子が生まれてくるのでしょう・・・どんな美味しさなのでしょう・・・
そればな http://sorebana.jp/
 
2.栞日にて展示販売 
7月10日〜24日
独自の視点で文化を捉え、発信する菊地さんが営む「栞日」さん。訪れるたび、素敵な本や作品に出会えます。今回は特別に、権頭真由と阿部海太郎の、これまでのCDや関連グッズを展示販売していただきます。ぜひお手にとって、音楽を想像してください。
栞日 https://sioribi.jp

 
 
 
 

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