タングがほしぃ〜劇団四季『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を見てきた

ベン役の田邊真也 撮影:阿部章仁

 多くのお客様が「ほしい!」と思ったのではないか。しかし現実的には難しい。代わりにグッズ売り場を覗いてみたが、残念ながらキーホルダーは完売している。悔しい。いったいなんの話かと言えば、未来においては時代遅れのオンボロロボット、タングのことだ。
 
 劇団四季のミュージカル『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を塩尻市のレザンホールを見た。ディズニーやロイド=ウェバーなど一時、海外ミュージカルの翻訳上演に傾倒していた劇団四季だったが、イギリスの作家デボラ・インストールによる小説をもとにした、脚本も演出も完全オリジナルのミュージカルを手がけた。脚本は2023年度前期の連続テレビ小説「らんまん」を担当する長田育恵、演出はドイツにて演出を学んで翻訳物、ミュージカルなど丁寧な芝居づくりで評価がある小山ゆうな。そして音楽は、中島美嘉、CHEMISTRY、RIP SLYME、中 孝介、古内東子、アンジェラ・アキ、坂本真綾、松下奈緒、光山組、上白石萌音など名だたるアーティストと、アレンジやプロデュース、楽曲提供、ライブサポートなどで関わってきた河野伸。2017年のプロジェクトスタートから、3年かけて手掛けられた本作は2020年「ミュージカル・ベストテン」作品部門の第1位になった。
 

ベン役の田邊真也 撮影:阿部章仁

 
 劇団四季では90年代に盛んだったオリジナル・ミュージカルの創作。その時代の体制を再びつくり上げようと動き出していた。そして『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を創作している最中にコロナがやってきた。吉田智誉樹社長にインタビューしたとき、こんなことを語ってくれた。
 
「我々は、ライセンスを受けて海外の名作を輸入し、翻訳して上演するという仕事が非常に多いわけです。つまり許されているのは、日本国内で日本語で日本人に向けて上演するということだけ。映像権や二次使用の権利はすべてライセンシーが持っています。コロナ禍でよく『ライオンキング』を配信したら儲かるでしょうと言われましたが、それは無理なんです。ですから改めて痛感しましたのは、我々自身がコンテンツの権利を持っている作品を、たくさんのお客様がいらっしゃるような作品に育てて、そこから新しいビジネスをつくっていくということが必要だということです」
 ちょっと話が専門的な方面に逸れてしまったが、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』はまさにその第1弾になりそうだ。
 

ベン役の田邊真也 撮影:阿部章仁

 
 物語の背景はアンドロイドが人間に代わって家事や仕事を行う、今からそう遠くない未来。イギリスの田舎町に住むベンは両親を失ってから無気力な日々を過ごしている。心配する妻・エイミーとの仲もうまくいっていない。そんなある日、庭に壊れかけのロボット「タング」が現れる。ロボットに不思議な魅力を感じて世話を焼くベン、そんなベンに愛想を尽かしてエイミーは家を出てしまう。ショックを受けるベンだが、タングを修理するため旅に出ることを決意する……。
 
 アンドロイドが一般的な未来では、一見、不細工でオンボロのタンク。最初はポンコツかと思ったけれど、さまざまな出来事や人びとに出会ってタングはいろいろなことを学び、吸収していく。それはベンも同じ。タングへの愛着も深まり「タングを修理する」目的のために、アメリカ、日本を移動していくうちにどんどん逞しくなっていく。いつの間にか、1人と1台?は親子のように見えてくる。そのころには客席の私たちもいつしかタングに心奪われてしまっているのだ。ベンとケンカしたとき、喜びを分かち合うとき、ベンの悩みを理解したとき、大きな目に照明の光が反射するせいか、タングの感情が伝わってくる。
 
 タングを動かしているのは二人の俳優。決して俊敏に動いたりはしないタングだけど、かわいらしさは抜群だ。そんなタングとの旅を続ける中で、ベンも忘れかけていた大事なことを取り戻していく。そしてポンコツかと思い込んでいたタングにはすごい秘密が隠されていた。ネタバレになってしまうから、ここまでで止めておこう。カラフルなナンバー、旅先のイメージを伝えるダンスも未来を意識していて楽しい。
 
 劇団四季と言えばスター・システムを取らず、いつ、どこで見ても同じクオリティの舞台を上演することをモットーとしているけれど、小山ゆうなの俳優に寄り添った丁寧な演出のせいか、俳優が役として、さらには個としても輝いているように見えた。なんともハートフルで温かい長田育恵の血の通ったセリフのせいかもしれない。新鮮だった。気のせいだろうか。いや決してそんなことはない。いわゆるアンサンブルがいないのだ。これもオリジナル作品ゆえの効果だろう。劇団四季の中でも、変化が起きているのだと思う。8月11日(木・祝)のホクト文化ホール公演をもう一度見て、ぜひ確かめたいと思う。
 

 
 

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