[ようこそ、信州へ #019]おおうちおさむ(『マツモト建築芸術祭』総合プロデューサー)

『マツモト建築芸術祭』総合プロデューサー
おおうちおさむさん

 

情報を取り払ってアートの本質的な価値を並列化し

何の変哲もない日常の中に美を見出して、それを鑑賞する

そうしたトライを松本発信でやってみたい

 

この冬、松本市で初めてのアートイベント『マツモト建築芸術祭 MATSUMOTO Architecture + Art Festival』(実行委員長:齊藤忠政)が開催される。“名建築にアートが住み着くマツモトの冬。”をコンセプトに、市内10数カ所にバラエティに富んだアート作品が展示される。展示会場をめぐりながらアート作品を楽しむとともに、見慣れているはずなのに、どこか印象が違って見える建築にも出会い直すという狙いがある。参加アーティストは磯谷博史、井村一登、石川直樹、太田南海、河田誠一、釘町彰、鴻池朋子、白鳥真太郎、五月女哲平、土屋信子、中島崇、本城直季、松澤宥、山内祥太、ロッテ・ライオンほか。『マツモト建築芸術祭』の総合ディレクターを務める、おおうちおさむさんに話をうかがった。
 

展覧会のすべてをディレクションするのが夢だった

 

――おおうちさんとは10年ぐらい前に松本でお会いしているのですが、そのころからのアイデアだったんですか?

 
おおうち いやいや、とんでもないです。僕はグラフィックデザイナーで、田中一光デザイン室出身なんです。美術や展覧会が大好きでしたが、意外と美術関係の仕事は少なくて、独立後にそういう方面にかかわりたいと考えていたんです。そうやって頑張るうちに、有名作家の展覧会やグッズのデザインをさせていただけるようになり、美術館ともコネクションができ、コンペにも呼んでもらえるようになった。それで展覧会のデザインをたくさんやれるようになりました。ただ日本はグラフィックデザインはグラフィックデザイナー、展示デザインは展示デザイナーと役割が違うんです。ポスターと図録が違う場合もある。それって展覧会のトータルパッケージとしてどうなんだろう?と常に感じていて、すべてのディレクションを成立させるにはどうしたものかと考えるようになりました。特に展示デザインには興味があって。展覧会の広報的なイメージをつくるのはグラフィックデザイナーの仕事ですが、そのセンスを会場にも持ち込まないと意味がないとずっと思っていたんですね。そんなことを叫び始めたころに、あるファッションブランドに出会うんです。そこでグラフィック、図録、展覧会デザインまでを丸ごとやらせていただいて、経験を積むことができました。

 

――それは感じます。企画全体の統一感が意外に取れていないことがありますおね。

 

おおうち そうなんです。なので、お会いした当時はそのフェスティバルはまったく考えていませんでした。でも今の話が今回につながっているのは確かです。僕はKYOTOGRAPHIE京都国際写真祭に初回からかかわっていますが、会場デザイナーとしてでして、ディレクター的な感じで全体をオーガナイズする立場ではありません。それが2年前に千葉で『CHIBA FOTO – 千の葉の芸術祭』を立ち上げるという話があり、僕がデザインした展覧会をずっと見てくれていた方がディレクターをされていたことで、全体のアートディレクションをやることになったんです。それで全部で13会場のうち10会場をデザインさせていただきました。一人のデザイナーがそこまでやり、しかもロゴもつくってグラフィックも手がける過程は、ディレクター業務もセットで伴わなくては成立しない。なんとかやり切れたころに、京都で「モダン建築の京都」という展覧会が始まりました。そのグラフィックデザインを手がけているのですが、街にある建築が展示物でもあるという考え方がすごく好きでした。千葉と京都が同時に動いていたころに、明神館の齊藤忠政社長から声をかけていただいたんです。齊藤社長とは以前から松本市をアートシティ化するためのいいアイデアはないか、コンセプトメイクを一緒にしようということで、ボードメンバーみたいな感じでお話はしていたんです。

 
 

 
 

――なるほど!

 
おおうち その延長で社長から、観光庁の「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」の助成を取るために何かアイデアを出してほしいということで、この企画を出しました。全体の金額としては、いわゆる芸術祭をやるには少ない額ですが、齊藤社長と考えてきたことと僕の思考など、いろいろタイミングが合ったんです。今、世の中にある芸術祭って似たように感じるものが多い気がします。それはどうなんだろう?と思っていたことも今回のアイデアにつながっています。予算がないことも、この方法にたどり着いた理由と言えます。

 

――松本は観光と文化芸術のつながりが弱いのが残念だったのですが、齊藤社長はそこに興味がある方なんですね?

 

おおうち そうなんです。ものすごくそういう思考を持っている方です。17年前かな? 僕は「ヒカリヤ」のデザインをさせていただいたときに知り合って、仲良くさせていただいているんですけど、僕が展覧会やフェスティバルをやっているのをずっと見てくださっていたのかもしれません。

 

建築をめぐるという行為にアートが付加価値を付ける

 

――具体的な建て付けについて教えてください?

 

おおうち まず建築をめぐるという行為に価値付けをしようと思ったんです。松本の建築って海外の建築雑誌に取り上げられるような物はあまり無いかもしれません。でも皆さんが気が付いていないだけで、素晴らしいものがいっぱいあります。調べると本当に良いストーリーが付いている建物ばかりで、それを改めて理解するだけでも面白い周遊になると思ったんです。建築を巡ることを歩く動機付けにして、そこにアート作品があったら面白いんじゃないかと。アートが一つプロットされることで、その建築の見え方も全然変わってくる、空気感から何もかも変わる。それはアートにとっても正しい機能なのではないかと。アーティストって美術館に飾るためにつくっている人は本当は一人もいないと思うんですよ。

 

――美術館、ギャラリーとホワイトキューブが主流ではあっても、アーティストの想いは別にある?

 

おおうち そう。本来は人が生活する空間の質を変えるとか、楽しい場所に変えるための一品になることを願っていると僕は思います。日ごろから馴染みのある建物もたくさんありますが、そこにアートが入ることによって建物の感動もまったく新しいものになります。そして、アーティストが普段つくっている作品も違う機能を生み出すでしょう。その二つの相乗効果が今回の芸術祭の狙いです。それは松本が育んできた民藝の思想というか、柳宗悦が謳った「用の美」というか、何の変哲もない日常の中に美を見出して、それを鑑賞する、愛でるみたいなことに近い現象なのではないかと感じています。今はアートの本質的な価値をなかなか判断しづらいと時代だと思います。海外で評価されて価格が何億円して……などの情報がセットで付きまといますから、純粋な造形物としての価値、素晴らしさなどの本質の部分が見えづらい。その情報を取り払って、感じたままに判断できるように、一旦並列化したいと思うのです。そういう意味で松本市でいろいろトライしていきたいことがあって、今後はまず、その価値を並列化した展覧会をやってみたいんです。名画もあればコンテンポラリーアートもあれば、無名の小学生が描いた絵もあれば、アールブリュットもあるというような。ちゃんとキュレーションすれば可能だと思っています。そうした時に初めて本来どう作品に向き合うべきなのか、どう受け止めるべきなのかが見えてくる気がしているんです。既存価値の洗浄みたいなことですね。

 
 

 
 

――建物とアーティストのセレクトはどんな観点で行われたんですか?

 

おおうち アーティストについては、当初は松本に所縁があるとか、松本が大好きなアーティストを集めようかと考えていたんですけど、だんだんそういう横串は要らないと思うようになりました。無理に設定することが可能性を狭めるような気がして。かといって支離滅裂になるのもまずい。それで僕が展示会場にしたい建物に合わせたいアーティストを、純粋に湧いてきた希望に従って決めました。

 

――おおうちさんがキュレーターもされているわけですね。

 

おおうち 深い話ができないんでキュレーターとは言えません。でもデザイナーとかアートディレクターをやっている物づくり側の人間が、キュレーターのような立場でフェスティバルをつくることは、同じ物づくり側であるアーティストの気持ちを理解できる部分が多いと思うので、良い意味でのレアケースにできる可能性があると思います。それが大きな魅力になればいいですね。今回は第0回という気持ちで、このマツモト建築芸術祭がどういう効果を生むのかを見極める機会にしようと思っています。
 すこし紹介させていただくと、まず写真家の石川直樹さん。彼の展覧会を僕がデザインしたことがあり、その山岳写真の素晴らしさを実感しています。石川さんはネパールのカトマンズですごい素晴らしい写真を撮っている。しかも松本市と姉妹都市なんですね。そういった意味で今回は絶対に起用したい一人でした。同時期に別の企画でトークをされるので、何か連動できたらと、彼の方から提案してもらっています。
 そして松澤宥さん。最初のころ諏訪や長野で松本に縁がある人はいないだろうかと調べた時に、その飛び抜けて異彩を放っていた存在感に魅了されました。ただのアーティストではなく、教育者や建築家でもある。しかも破天荒な表現もされていて、そのパラドックスにとても興味が出て起用した方です。たまたま松澤さんの生誕100周年とも重なって、良い風向きの中で動けています。 
 それからもう一人、どうしてもお願いしたかったのが現代アーティストの鴻池朋子さん。単純に僕がファンで(笑)。彼女は今やものすごくメジャーになっていて、今も巨大なパブリックアートの制作をされています。時間的に難しいということで、最初はご辞退されたのですが、その後、妙縁があったんです。墨田区で僕がデザインをやっている「すみだメタ観光祭」というイベントがありまして、そのオープニングの時に食事をしようと思って路地に入ったら、素敵なギャラリー(GALLERY MoMo)を偶然見つけて、そこに鴻池さんの作品がたくさん飾ってあったんです。鴻池さんが預けている作品をすべて展示していたんです。これは何かに導かれていると思い、そこのギャラリストさんにマツモト建築芸術祭のことを話すと「映像作品なら新規に制作が要らないので可能かもしれません、相談してみます」と言ってくださり、これは良い会場を用意してお迎えしたいと。そこで僕が日ごろからその素敵さに惹かれていた、既に閉鎖されている上土シネマを使いたいとお願いしたところ、地元の方々の多大なるご協力のおかげで7年ぶりに使えることになり、鴻池さんの映像を上映することになりました。そのことを鴻池さんにお伝えしましたら、すべての映像をフルスペックで観せたいと言ってくださったのです。

 

――いや、それはすごいですね!

 

おおうち ヤバイですよ、これは。コロナでなければ世界中からファンが来てしまいます。たぶん鴻池さんにとっても初めての企画だと思います。

 
 

 
 

――最後におおうちさんの感じている松本の魅力を教えてください。

 

おおうち まず一つは、ずっと東京にいるせいかもしれないけれど、とても風通しが良くて、新たなレールを敷ける可能性が見える感じがすごくするんです。そこがいつも松本市に降り立つと心地よく感じる瞬間というか。あとはどんな人にお会いしても、受け入れスタンスでいてくれるので、とても楽しいし、仕事をするにもすごくやりやすいです。何よりも松本と僕の縁のスタートは松本市美術館なんです。僕がまだ田中一光デザイン室にいるときにロゴマークを担当させていただいたんです。当時は精いっぱいでしたので、松本に来ても街を味わう余裕がまったくなかった。でも僕の中ではすごく支えになっている街なんです。独立してすぐにヒカリヤさんの仕事がめぐって来たりとか、芸術館関係の縁をいただいたり。そしてついに、これが来たという感じです。

 
 

 
 

地域の思いとアーティストが出会ったときに、面白い価値が生み出される

実行委員長 齊藤忠政(扉グループ代表取締役)

 松本の中心市街地を歩いてみると、春夏秋冬を通じて、どなたでも素敵だと思っていただけると思います。しかし気づくと、あの建物がなくなっている、桜が切られてしまっている、駐車場になってしまっているということが本当に多くなっています。歴史はお金では買えません。建物は壊してしまえば、それまでのことです。古い建材も手に入りにくい時代です。これは誰が悪いということではなく、いろいろな価値のあり方に気づいていない結果だと私は考えます。そんな古い建物に価値を見出してくださるのは海外の方だったり、Uターン、Iターンで古い建物を活用しカフェやお店を始めてくれている若者たちです。私たち地域の人間にとってはあまりにも当たり前の風景なので、なかなかそこに新しい価値を見い出すことが難しいのかもしれません。
 そもそも建物は街の資産であり、街の顔です。松本市は観光モデル都市などを提唱していますが、リトル東京のようになっても観光でやってくるお客様は楽しめません。私は観光に携わる者として、そこからの脱却を図らなければならないという思いがありました。またコロナによってそれまでの観光のあり方はリセットされてしまいました。誰も彼も来てくださいという観光は変わるべきときなのです。松本城の天守閣を見学するのに3時間待ちというのはむしろ恥ずかしいことなのかもしれません。そうでないアプローチが必要なのだと思います。
 松本市は城下町でもありますし、国宝が二つあります。でも松本城や旧開智学校は先人が生み出してくれた財産です。その財産に食べさせてもらっているばかりではなく、私たちもまた、松本ならではの魅力を生み出さないといけないと私は考えます。松本にあるものは歴史、そして建物です。国宝があるからこそ、逆にほかの建築物にもスポットを当てることができるのではないでしょうか。『マツモト建築芸術祭』で使わせていただく建物は多様です。しかし持ち主の皆さんでさえ「これを何かに使えるのかね?」という感じでした。古い建物を見てボロボロだね、お化けが出そうだねというばかりではなく、アーティストの方が入ることでそこに新たな使い方が生まれる、新たな価値が生まれる、地元の方がそれを一緒に体験し、気づきを得て共有することが狙いです。例えば鴻池朋子さんの映像作品が入る上土シネマは、地元の方がどう守り活用するかをずっと課題にしてきました。私はそうした地域の思いが大切であり、その思いとアーティストが出会ったときに、面白い価値が生み出されるのではないかと思います。第一回は地域の皆さんの想いも掘り起こし、新しい価値を見い出し、次回への一歩につなげていきたいと考えています。
 松本市の臥雲市長は古いものに光を当て、また空家の対策にも力を入れようとされていらっしゃいます。行政と民間が両輪で動くことで、松本に新たな魅力を創出し、街が発展していく機会の一つになればうれしく思います。
 
 

 
 

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