[聞く/entre+voir #031]岩田 渉(『鏡/Miroirs』芸術監督)

『鏡/Miroirs』芸術監督
岩田 渉

 

自己と全体性が等式で結ばれることで顕れる「美の法則」をコンセプトに

心の旅を通して自身との対話の中で自らを見いだす女性の自己完成を描く

 

山梨県北杜市在住の音楽家・岩田渉、欧州での演奏活動を経て近年帰国し、岩田との共同作業を幾度も行ってきたピアニストの福井真菜による原作・原案で、ラヴェルの組曲「鏡」をヴィジョンとして読み解き、身体の表現とヴィジュアル・プログラミングによって視覚化する作品『鏡/Miroirs』が11月3日に茅野市民館で上演される。10月28日、29日には茅野市民館で大詰めのリハーサルが行われた。私が拝見したのはオープニングの6分のシーン。福井が演奏する「鏡」に乗せ、宇宙・未来都市・自然などのイメージを喚起するような映像がステージを支配する中、国内外で活躍するダンサー・平山素子が何かを祈るように、自身の心を振り返るように佇んでいる。立体音響や8Kプロジェクションという最新技術が生み出す音と映像の空間は客席をも巻き込みそうな迫力だった。この作品を支えているのはヴィジュアル・プログラミングの神田竜、衣裳のスズキタカユキ、照明の藤本隆行ら、各ジャンルでの日本を代表するスタッフ陣だ。リハーサルの合間に、芸術監督でもある岩田に話を伺った。
 
 

 
 

『鏡/Miroirs』は音を映像化しようという取り組みから始まった

 

――岩田さんが茅野市民館と出会うきっかけから教えてください?

 
岩田 茅野市民館主催のイベント『ヤツガタケSTREAM』に、『鏡/Miroirs』のプロデューサーでもある高橋淳君から誘っていただき、演奏する機会があったんです(2020年1月)。私は北杜市在住ですが、その時に富士見町、原村、茅野市、諏訪地域周辺のミュージシャンの方々とつながりができ、こちらにちょくちょく来る機会ができたんですよ。同時に茅野市民館が、よくある行政の施設のような感じではなくて、製作スタッフの方々も力があり、このホールの機材を含めた創作環境に惹かれ、『鏡/Miroirs』を構想したときにやるならばここでという思いから相談させていただいて、共催という形でご協力いただくことになりました。

 

――岩田さんは普段どういうお仕事をされていらっしゃるんですか?

 

岩田 私の持ち楽器はピアノで、作曲がメインなんですけれども、自分の作品をつくってリリースしたり、映像作品や広告への楽曲提供、サウンド・インスタレーションやデジタルアートの展示、イベントなどの音楽監督を担当したりもしています。

 
 

 

 
 

――『鏡/Miroirs』の最初の種というのはどういうところから生まれたんですか?

 
岩田 きっかけは二つあります。ピアノの福井さんとは前から作品づくりを一緒に行ってきたのですが、私たちに共通しているのは、楽曲の中で起こっている出来事、景色、そこでなされている会話など音をヴィジョンとして見ていること。たとえばチェロのフレーズとバイオリンのフレーズで男女が話しているとすると、この会話の内容は何だろうというふうに情景として見ていくんです。でも多くの人は音楽をあまり実際的な情景として捉えていないことに不思議を感じていました。コロナ禍でいろいろ仕事が飛んだじゃないですか。だったらこの時間を使って音を見える形にする何かをつくろうという企画を始めました。
 最初はラヴェルの『マ・メール・ロワ』というマザーグースを題材に書かれた組曲を映像作品にしました(2020年10月)。童話というのはそもそも視覚的なものなので、映像化したときに世界観も非常に捉えやすい。それが終わったときに、コンテンポラリーダンスを入れた舞台作品にして上演したいねとなり、この作品の制作が始まったんです。コンセプトを立てているうちに、子ども向けの作品では物足りなくなってきて、福井さんからラヴェルの組曲『鏡』を主題に取り入れたいという提案がありました。そして核に当たるコンセプトは、全体性と自己の関係という、私が長年考えてきたことを据えました。それは自分が表現する上で何を目的とするかの一つで、アプローチとしては人類学的なものなんです。さまざまな宗教――それは仏教・キリスト教・イスラム教などの世界宗教だけではなく――アニミズムやシャーマンなど呪術性を秘めたものの中で原型がつくられた、ユーラシア大陸ではかなり共有されているコンテクスト(文脈)。そして鏡はギリシャ神話に登場するナルシスや日本では神道でも「神」を表す重要なアイテムですが、そうした矛盾やパラドックス、時には本質を表すツールとして芸術の中で取り上げられてきた歴史があります。まさしくラヴェルの『鏡』もそうしたことを意識しています。
 

――前回の茅野で上演された『鏡のなかの鏡』(2020年12月)とはどう違うのでしょうか。

 

岩田 『鏡のなかの鏡』では、昔から西洋では好んで使われてきた、男性からの視点による「永遠の女性像」を通してテーマを表現しました。特に西ヨーロッパの方で使われるイメージで、騎士道精神に基づく恋愛、宮廷詩人によって語られるCourtly Love(宮廷愛)です。自分が恋い焦がれる女性を求めることと、それこそ至高の存在、神を求めることを重ね合わせて語られてきたもので、ゲーテの「永遠に女性的なるもの」や、ベートーヴェンの「不滅の恋人」もそれに当たります。もともとはイスラムの神秘主義のスーフィズムで使用されてきた神、宇宙との一体性を求める過程を男女の恋愛に喩えられてきたものが西洋世界でもアナロジカルなものとして使用されてきたんですね。
 『鏡/Miroirs』は女性が心の旅を通して自分自身との対話の中で自らを見いだすというテーマとなっています。そのため、1幕を追加し、演出、キャストも変更しました。メインキャストの平山素子さん、福井さんに加え、小学1年生の間宮佳蓮さん(ダンス)を迎えます。コンセプトのベースになっているのは、東アジアでも老子や荘子が抽象的な概念として語ってきたし、インドのウパニシャッド(紀元前7世紀に遡る古代インドで著された哲学書の総称)はもう少し端的にそれと語られてきています、自己と全体性が等式で結ばれることによって顕れる「美の法則」についてです。前回は平山さんが手術をされた直後で、本領発揮の踊りをすることに不安がある状況だったので、組曲『鏡』の中で異質ともいえる「道化師の朝の歌」をフィーチャーして、男女の物語として描きました。今回は、女性が心の旅を通して自分自身との対話の中で自らを見いだすという一人の自己の完成の物語でもあることから、福井さんの非常に強い思いもあって、インナーチャイルド的な存在として6歳の女の子を起用することにしたんです。この二人で自己の完成に導かれるまでの物語を、時間は行ったり来たりするんですけど、紡いでいくのが基本的なプログラミングになっています。

 
 

 
 

――映像に対してはどんなサジェスチョンをされたのですか?

 

岩田 今日は冒頭を見ていただいんですけど、このシーンはほとんどCGと音楽だけで成り立っています。このシーンには、本当に何か全体を通したテーマ、コンセプトをわかりやすい形で6分に納めました。一種のチュートリアル(教材)です。『鏡/Miroirs』のコンセプトをわかりやすく説明するために、去年は思いつかなかったんですけど、鏡面球、鏡の球体の存在で説明すると納得した表情を見せる人が多いことに気づきました。鏡面球は光が届く限りの世界全体を写すわけじゃないですか。しかしこいつは自分自身を映し出すことはできない。鏡面球が二つあったとしたら、鏡面球A、鏡面球Bは共にすべての世界を写します。Bの世界の中には、もちろんAは存在する。Aは自分のことをBに写り込んだ自分としては認識できるわけです。どちらの鏡面球も世界全体を写し出しているにもかかわらず、「他者」を通してのみ、自分を写し出すことができるんです。僕らは今こうやってお話してますけど、あなたが見ている私は、あなたを見ている私でしかないわけです。自分の顔が自分の肉眼では見れないのと同じように、これは永遠に続くというか、私は私のことを見ていないあなたを見たかったとしても、私を見ているあなたしか見ることできないじゃないですか。という具合に自己言及、自己存在のパラドックスを説明し、かつパラドックスは論理では超克することができないことの例えとして用いています。

 
 

世界中の人びとや子どもたちから感想を聞いて、作品にフィードバックしたい

 
 

 

 
 

――本公演は11月3日に1ステージだけです。非常にもったいないと思いますが、今後の展開はどうされるんですか?

 

岩田 茅野市民館マルチホールでの上演と、ライブ配信公演(バイノーラル音声=人間の耳や脳の構造を考慮した上で設計された音声)の2種類で今回はお客様にお届けします。できればその後にマスターとして完パケできればなとは考えています。機会があれば、今回のカンパニーで再演を行なったり、また映像にも力を入れていて、配信映像のほかに、リハやゲネの間にもカメラを回して、映像作品としても仕上げられるような記録をしています。日本に限らず、海外の多くの方に見ていただいて、その方々の感想を聞いて、また作品にフィードバックしていきたいと思っています。
 

――前日に子どもたちを招待するというのも素敵な取り組みですね。

 

岩田 これまで見たことのあるようなものを見せてもしょうがないですよね。既存の表現のフォーマットで作品を鑑賞して安心する大人に対して、子どもたちの反応はそれはそれで、次に自分たちが創作していくステップになる手がかり、ヒントになるものを逆にもらえるのではないかと思っているんです。なぜならこのコロナ禍で、彼らは大人である私たちが過ごしたことのない子ども時代を過ごしてきたでしょう。そして社会とか世界に対する見方は私たちとのそれとは違うでしょう。でもそれは必ずしもネガティブなものだけではなくて、彼らならではの別の楽しみをこの状況、環境の中で工夫して見つけているはずですから。彼らは間違いなく、私たちより新しい存在で、私たちが生きている間に経験することのない時間を経験する存在でもあります。すべてである必要はなくて、どこか1カ所でも、自分にとって「美しい」と思えるところを見つけてもらえるとうれしいです。

 

――この作品自体も1回の公演だけではなく、発展していくということですね。

 

岩田 バリエーションとして発展していきたいですね。テーマだけとっても、必ずしもラヴェルの楽曲である必要もないでしょう。この創作期間にもいろいろアイデアが浮かんできてしまっているので、それに影響されないように、まずは今回の『鏡/Miroirs』を完成させることを目標にしています。本当に才能のあるスタッフさん、キャストさんたちと作業をさせていただいているので、日々、アイデアをいただき、豊かな作品に成長しているのがわかるんです。それがすごくうれしいですね。
 

 
 

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