山田うん(振付家・ダンサー)×宋元燮(未来の会議代表理事)
東京2020オリンピック競技大会の閉会式のプランニングに関わった振付家・ダンサーの山田うんさん。10月13日に、新国立劇場ダンスCo.山田うん『オバケッタ』でまつもと市民芸術館にやってくる。実はこの公演、一般社団法人未来の会議の支援を受け、22歳以下を対象にした無料チケット“ミラチケ”が用意されている。これは同法人による「観劇層の拡大」「舞台芸術の社会貢献」を目的とした観劇費用補助活動。山田さん、そして未来の会議代表理事の宋元燮さんに思いを聞いた。
「人は死んだらどこに行くのか」をテーマに
一人の少年が夢と現実の境界で
不思議な体験と心の成長をするダンス作品
――さっそくですが、うんさんの作品『オバケッタ』について教えてください。
山田 この作品は、2021年7月に新国立劇場のダンス公演として発表しました。子どもも大人も一緒に楽しめる演目ということでつくったんですが、「死んだらみんなどこに行くの?」という普遍的なテーマを、オバケをモチーフに描いています。ダンサー12名が亡くなったおばあちゃん、座敷わらし、トイレの花子さん、透明人間、メデューサ、カッパ、壁や電気のオバケなどに扮して登場します。あとはクモマニヨンというオバケがいるんですが、これは普段は雲として下の世界を偵察しているんですが、地上に舞い降りてきたときは、ホコリになって部屋のあちこちにいる、という設定です。夜寝る前に、なんか怖いという気持ちと、大好きな絵本に夢中になってワクワクしている気持ちが混ざり合った主人公の男の子が、夢なのか現実なのかわからない不思議な体験をしていきます。
――うんさんは意識されていないかもしれないけど、親子向け、子ども向けの作品はこれまでもつくられたことはありますか?
山田 それが初めてなんです。カンパニーを始めたころからずっと学校や保育園・幼稚園にダンスを届けるアウトリーチ事業を国内外でかなりやってきました。それは求められているということだけでなく、カンパニーの社会貢献というだけでもなく、私にとってダンスは、今の社会の中で足りていない部分、言葉ではどうしようもない、というところに、目に見えない橋を架けたいという思いそのものでもあるからです。子ども向けと銘打った作品は初めてですが、活動の中ではナチュラルに取り込んできました。私たちの公演は劇場の制約がなければ未就学児も入場できるようにしますし、0歳から100歳以上までが同時に楽しめるような作品をつくるというのがカンパニー作品の一貫したテーマにもなっています。また、数年前に英国エディンバラのチルドレンフェスティバルを視察したとき、ダンスカンパニーが積極的にキッズ向けの作品をつくっているのを目の当たりにして、ノンバーバルであることの素晴らしさや可能性を改めて発見して、私もいつか創作してみたいと思っていました。
――『オバケッタ』の題材はどのように決められたんですか?
山田 2019年に私が身近な人の終活と看取りをしたとき、死をテーマに明るくて楽しい作品をつくりたいと思いました。そして今回、新国立劇場さんからお話をいただいたときに、お父さんお母さんが子どもに絵本の読み聞かせするようなダンスの作品をつくることができないかな、大人と子どもが一緒の気持ちになれるようなダンス作品つくれないかなって考えました。それから絵本作家に注目し、絵本作家ユニットの、ザ・キャビンカンパニーさんの絵本にたどり着きました。絵本以外にも造形作品や絵画、映像などで展覧会もされていて、その世界観に共感し、ぜひ舞台美術をお願いしたいと思いました。そして、彼らの絵本に出てくるクモマニヨンというオバケや、ゆめたという主人公を現実の世界に出してみたい、と思いました。
――新国立劇場での公演の手応えはいかがでしたか?
山田 子どもたちが一緒に踊るんですよ! 特にそういうシーンを用意しているわけではないのに! ビックリしました。途中フラダンスみたいなシーンがあるんですよ。私にとって天国はハワイみたいなイメージで、というのとハワイには死にまつわる個人的に特別な思い出があるんでそういうシーンをつくったんですけど(笑)。そのフラダンスみたいな動きが真似しやすいんでしょうね、自然に席を立って一緒に踊ってくれたんです。あと歌がキャッチーでわかりやすいので、帰るときはみんな歌ってました。私が歌詞を書いて、ヲノサトルさんが作曲をして、ダンサーたちが歌った音楽です。すごくうれしかったです。
一過性で終わらず、未来永劫、
舞台芸術業界を支えていく活動を続けたい
――宋さん、今のお話を受けて“ミラチケ”の取り組みついてお話ください。
宋 2021年1月に立ち上がった一般社団法人未来の会議で、代表理事を務めています。きっかけは昨年4月、コロナ禍で初の緊急事態宣言が発令されたときでした。舞台芸術に携わるアーティスト、スタッフなど関係者が本当に大変な状況になりました。そのときに何かしら彼らを支えることはできないかと、前身となる「舞台芸術を未来に繋ぐ基金」として寄付を募る活動を始めたんです。総額5,600万円くらいの寄付が集まり、約140名の方に支援をさせていただきました。当時はただ舞台芸術ファンの皆様から寄付をいただくだけではいけないと思い、それこそ未来の会議が目指す「舞台芸術を未来に繋げる」活動として自らの業界を振り返ると同時に、舞台芸術にあまりなじみのない方々にも何かしらお伝えしたいという意図で「Mirai CHANNEL」というYouTubeチャンネルを立ち上げて「トーク」「レッスン」「ギルド」というテーマで番組を50本ほど配信しました。トークではさまざまな角度から演劇の成り立ちなどを振り返り、レッスンでは演劇論、歌、伝統芸能の楽しみ方などを紹介、ギルドでは舞台芸術に関わる職種ーー演出家や舞台監督のような直接的なものだけでなく、ケータリングや写真家、花屋さんに至るまで紹介してきました。特番を組んで日本版トニー賞の投票を行なったり、高校生との座談会なども開催しました。そして昨年12月にはその集大成としてザ・スズナリで生のライブとして『Mirai CHANNEL on Live』を実施したという経緯があります。山田さんはこの基金の採択者で、当時番組に出演していただいたことがきっかけで知り合うことになりました。
このように寄付金を集める際、賛同してくださった皆さんに「一過性で終わらず、未来永劫、業界を支えていく活動を続けます」とお約束をした上で活動をスタートしたんです。そして基金の活動が一段落した後に、一般社団法人としてスタートすることになった。そのとき3つの柱を立てたのですが、その一つが“ミラチケ” (未来のチケットの略称)でした。未来につながるチケットということで、22歳以下の方々に舞台を無料で見ていただこうと、未来の会議からチケット代を主催者に提供する形で運営しています。将来的には22歳以下という枠だけではなく、劇場にアクセスしにくい方々、舞台芸術に触れるチャンスすらない方々も対象にして、人生の中で少しでも前向きになれたり、エネルギーを得ていただくきっかけをつくり出せるよう、もっと拡大していきたいと考えています。
――宋さんには昔からそういう思いがおありになったんですか?
宋 そうですね。僕は映画や演劇、ミュージカルの製作をしているのですが、この業界を1回離れて戻ってきたときに、自分ができることとして業界の閉鎖性を壊したいという思いがあって、できることから少しずつやっていこうかと動き始めました。そのときに最初に取り組んだのがミラチケの前身とも言えるカルチケ(カルチベートチケットの略称)というシステムで、この制度を通してまずは若い人たちに接していこうという活動をスタートしました。
――“ミラチケ”は新国立劇場でもやられたんですか?
宋 いえ、松本のみです。今年の6月から “ミラチケ”の提供を始めたばかりで。現在はこの『オバケッタ』と、大阪での人形劇団クラルテさんの公演が同時に動いているのですが、今年度はまだ我々の中でパイロット版と位置付けていまして、チケットを提供するにあたって主催者さんに何か不都合がないかを検証する期間としているため、いろんなジャンルの状況や地域による違いを確認する目的で検証に必要と思われる方々に個別にお声がけしています。その結果ルールができたところで、来年度から公募をかけていこうと思っています。
Co.山田うん『オバケッタ』まつもと市民芸術館公演の“ミラチケ”についてはこちらへ
ネットの時代に生まれた子たちはあえてアナログな表現を非常に大事にしている(山田)
若者たちにいろいろ教えてもらい、若者と出会うチャンネルを築いていきたい(宋)
――うんさん、“ミラチケ”をどう捉えていらっしゃいますか。
山田 私は昨年のコロナ禍で宋さんたちの活動を知ったとき、本当にびっくりしました。こんなに実行力があってクールな人たちがいるんだと、希望を感じたのを思い出します。すごく頼もしい種が蒔かれ、樹が生えてきたような感覚がありました。そしてその活動が“ミラチケ”になったときもまたびっくりして、うれしくなりましたね。私はこれまで、児童養護施設や障がい者施設などとのつながりで、普段劇場になかなか来れない方々を公演やゲネプロに招待したり、声をかけたり、という試みをしたことがあります。今回は22歳以下の人たち対象ですね。仕事や学校がある時間帯なので、来れる方は少ないかもしれませんが、逆に学校に行けない、居場所を探している人たちって本当にたくさんいるので、そういう方々にチャンスがあったらいいなと思っています。劇場って公民館とも図書館とも美術館とも違う。ちょっと入りずらいところがあるけれど、自由に入っていいんだよ!ということがどうやったら伝わるんだろうと考えていたので、すごくいい取り組みだと思います。もっとできることを一緒に考えていきたいとも思います。
宋 ありがとうございます。僕らも模索しながらスタートを切ったばかりですが、座・高円寺さん(現在「男たちの中で」がミラチケ対象公演となっている)とまつもと市民芸術館さんとつながれたのは大きな一歩だと感じています。劇団さんとかアーティストさんともつながらなければいけないのですが、劇場とつながることでネットワークが広がりやすくなるのではと期待しています。
――“ミラチケ”は作品をつくっているうんさんたちには金銭的な負担をかけずに、宋さんのチームが招待するというシステムですよね。
山田 本当にありがたいです。つくった舞台はできるだけいろんな世代や境遇の、できるだけ多くの人に届けたい、ゲネプロや稽古も含め、いつでも公開したい、という気持ちはあるのですが、どうしたらその窓口を広げられるかを相談できる場所がわからなかった。今はコロナなどの感染症対策で人を呼ぶのが苦しい環境ですから、さらにお客様が遠のいてしまわれている。でも逆に今まで劇場に行くなど考えもしなかった人に近づけるチャンスにもなりそうですね。
宋 ありがとうございます。想像していた以上に反応が良いんです。僕自身はそれこそ名もない小さなカンパニーの代表をやっているだけなので、どう反応してもらえるかわからないまま無我夢中で動いてきましたが、こうして受け入れられて広がっていくのがうれしかったです。これまでミュージカルを皮切りに、伝統芸能、人形劇、ダンスの方にお声がけをしてきましたが、今後はバレエやオペラも含めてもっと多方面の方にもお声がけしたり、とにかくいろいろなジャンルに取り組みを広げたいと考えています。
――継続していくためには何が必要なんですか?
宋 長く続けるためには基本的に二つのことが必要だと思います。一つはミラチケなどの原資となる寄付金を集めること。もう一つは寄付金で賄っていますので、これにつながるために未来の会議とミラチケの認知度を上げなければいけません。この二つをどう達成していくかを未来の会議の中でいろいろ議論しているところです。近道はないと思いますが、まずはたくさんの方とつながり、かかわっていただけることが力になっていくと思います。
――うんさんからも最後に期待することをお願いします。
山田 昔はいろいろなジャンルをまたいで一冊になった情報誌があって、みんなそれを見て舞台やライヴを楽しんでいました。私も若いとき、その情報誌のおかげで、当たりハズレ含めていろんなエンタテインメントやアートに触れることができました。それが今の財産とも言えます。そういう「出会いのチャンス」みたいなものを、この時代ならではのやり方で、どんどんつくっていってくれたら、これはものすごい希望です。とはいえ、どうしたら次の世代の人たちが本当に切実に「出会い」を欲して出会ってくれるか、ですよね。その仕掛けとして、未来の会議さんが、若い人たちと、またはできるだけ幅広い世代と一緒に、活動していくことができたらいいですね。実は未来を担う若い人たち、本当にこれから舞台でやっていきたいと思っている人は、ものすごくたくさんいます。ネットの時代に生まれた子たちだからこそ、アナログなコミュニケーションや表現を大事にしていて、ダンサーになる人もいます。ダンスはすごく原始的なパフォーマンスですよね。テレビやYouTubeに出て活躍したい、というより、みんな人前で踊りたい、目の前の人を感動させたい、肉体のエネルギーを信じたい、ということに飢えているんです。そういう頼もしい人たちが、ダンス界にはたくさんいますし、私ももっと、サポートできることがあれば、力になりたいと思います。
宋 未来の会議でも一番アクセスができていないところが若年層。若年層にチケットをと言いながら、理事の年齢層が40代以上で、30代以下、特に10代の人たちは出会うチャンネルも持っていないのが現状です。その打開策のために今ちょうど20代前半のボランティアを募集していますが、広報活動をやっていただきながら、僕たちにいろいろ教えてもらっています。ダンスって体を動かすところから始められるから、若者が集まりやすいジャンルなのかもしれませんね。機会があったら拝見しにいきたいと思います。
山田 都内のダンス専用の貸しスタジオに行くとびっくりしますよ。ダンサーたちは1分でも長く、ギリギリまで練習しているんですけど、ビックリするぐらいの活気があるんです。ジャンルによってその活気の生まれ方が違うんですけどね。でも練習に集中しすぎて、それ以外をなかなか見づらい状況なので、宋さんたちとうまくつながることで、お互いになかなか出会えないものに出会うことができたら、活性化するんじゃないかな!なんて思います。