[ようこそ、信州へ #017]藤原功次郎(トロンボーン奏者)

トロンボーン奏者
藤原功次郎

 

僕は衣食住音は絶対に必要だと言いたい。

必要なときに寄り添ってくれる親友みたいな存在だから

その時代、その場所に旅し、人と出会う疑似体験をさせてくれる

 

日本を代表するトロンボーン奏者の藤原功次郎さん。クラシックの演奏家として国際原子力機関IAEA、カーネギーホールなど名だたるホール、またアジア、イタリア、ウィーン、アメリカ、オーストラリアなどでも演奏活動を展開。その一方、NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」、連続テレビ小説「半分、青い。」、映画「曇天に笑う」、アニメ「Psycho-pas」「亜人」などのBGMの録音も担当している。そんな藤原さん、新たにトロンボーンで日本の歌を演奏する取り組みをスタート。2021年10月2日は、茅野市民館で「蓼科高原音楽祭秋のコンサート赤とんぼ」を開催する。
 
 

 
 
――藤原さんは蓼科高原音楽祭にはこれまでも参加されているんですよね。

 

藤原 はい。指揮者の小林研一郎先生が率いるコバケンとその仲間たちオーケストラのコンサートに何回か参加させていただいています。会場の茅野市民館さんにも、ほかに東京藝術大学時代に演奏会で伺っているんです。長野県はすごく文化レベルが高いじゃないですか。音楽家の演奏拠点は東京、関西が中心になりますが、僕はなぜか長野県が3番目に多いんです。ありがたいことです、ほんまに。コバケンとその仲間たちオーケストラ、松本市のキッセイ文化ホールのイベント、洗足音大の講習会、高校の吹奏楽部の定期演奏会にも参加したことがあります。キッセイ文化ホールでは昨年3月の佐渡裕さん(指揮者)と反田恭平君(ピアニスト)のコンサートツアーに呼んでいただいて演奏しましたし、今年のクリスマスの企画でも伺います。

 

――藤原さんは明るく気さくで、大阪仕込みの笑いと、ほんわかした空気を醸し出されています。そのキャラクターがトロンボーンとすごくフィットしている感じがします。

 
藤原 あはは! うれしいです。僕は小さいころはピアノと作曲を習っていました。藝大もそれで進むつもりでした。でも僕は自分の声が高かったせいか渋くて太い音が好きなんです。だからヴァイオリンよりチェロ、トランペットよりトロンボーンが好き。そもそもトロンボーンが好きなのは、ハーモニーができる、メロディができる、ジャズができる、ポップスができる、なんでもできるから。
 トロンボーンは、中学1年のときに、父親が酔っ払って買ってきてくれたんですよ、「いつか吹くかもしれんから」って。そして実際に吹いてみたら楽しい。それで音楽科のある高校にもトロンボーンで入れたんですけど、ちゃんと学んでいないから大変でした。でも楽しくやっていたら藝大も入れて、京都のノートルダム女学院にも就職したんですよ。女子校の先生しながら東京文化会館のコンクールで優勝して、その直後に日本フィルのオーディションを受けたら通って首席奏者を務めさせていただきました。僕のキャラクターがトロンボーンに合うのかもしれませんが、目指しているのは、息を吹き込むことで人間らしさを追求することなんですよ。

 
 

 

 
 

あのころお母さんに歌ってもらった日本の歌の魅力を

西洋楽器のトロンボーンに日本人である僕が息を吹き込むことで届けたい

 

――今回の茅野でのコンサートは、「赤とんぼ」というタイトルで、日本の曲も演奏されます。藤原さんのCDを何枚か買ったんですけど、あまり和のイメージがなかったですよね。

 

藤原 そうでしょう。和のイメージがないんです。やりたいことがたくさんありつつ、いろいろな曲やオペラをやってきた中で、今年、新しい無伴奏のトロンボーン、つまりトロンボーン一本のCDを出したんですよ。お母さんに歌ってもらった日本の歌、童謡や唱歌をトロンボーンで届けたいという企画です。10月の長野県はめちゃめちゃいい時期ですよね? それもあって茅野のコンサートで日本の歌をやりたいなって思ったんです。西洋楽器であるトロンボーンと日本の歌は異なる2つの音世界に感じると思うんですけど、日本人である自分が息を吹き込むことで成立すると思うんです。すごいチャンスをいただけて、めちゃくちゃ楽しみ。

 

――CDを出されたのはいつですか?

 
藤原 今年の5月です。音自体は昨年の10月ぐらいにできていたんですけど、母の日になんとか間に合わせるように出しました。2021年の藤原功次郎の演奏目標の中にホールでのコンサートがあって、1月に神戸の松方ホールと東京文化会館でやる予定だったんですけど、延期になって新年早々に出鼻をくじかれた感があったんですけど、ホールの方の尽力で7月に東京文化会館は開催できたんですよ。そのときにトロンボーン1本のリサイタルをやりました。トークなしで2時間を成立させましたよ。くちびる、ちぎれるかと思ったわ。普通はトロンボーン1本ではもたないんですけど、それをどう考えるかなんですよ。伴奏がなくともメロディの良さを伝えられる力はある楽器だから。お客様からも伴奏がないことでメロディが意外に届いてよかったというご意見をいただきました。
 
 

 

――実際に日本の歌を演奏してみた印象はいかがですか?

 

藤原 日本の歌の楽譜って手描きとかいろんなバージョンがあるんです。だからニ長調とか変イ長調とか、シャープ系とかフラット系とか、調性にものすごくこだわっているんです。トロンボーンってもともとフラット系の調だから、フラットの曲が多いんですよ。けれどもこんな響きが欲しいなと感じたときにはシャープ系の調が適しているんです。何をセレクトするかで同じ曲でも雰囲気がまったく違ってくるのですが、日本の歌だからこそ美しい言葉のニュアンス、一番心地いい魅力を届けられるように練習して、試しています。

 
 

 
 

――今回のコンサートはどんな構成になりそうですか?

 

藤原 今度のコンサートではクラシックのレパートリーも演奏しますが、日本の1曲目がタイトルにもなっている「赤とんぼ」。これはNYのカーネギーホールでも演奏したことあるんですよ。外国人の方が聴いても日本の心をとっても感じられるらしいです。続いて、僕が好きな春夏秋冬を代表した4曲をチョイスしています。春に「早春賦」、夏に「浜辺の歌」、秋に「里の秋」、冬に「仰げば尊し」。この4曲はCDにも収録したんですけど、「赤とんぼ」はヘ長調で、「早春賦」はニ長調、「浜辺の歌」「里の秋」は変イ長調です。そして「仰げば尊し」は無伴奏でお届けします。
 そのあとは自作の曲を2曲演奏させていただく予定です。僕が高校生のときに書いた「風」、ウイーンで作曲した「約束」です。そして最後に「信濃の国」をやらせていただきます。昨日めっちゃ練習していて、コンサートでご一緒するピアニストの原田恭子さん曰く、僕の「信濃の国」はメチャメチャ上手なんですって。ワンフレーズ吹いたら、魂が聞こえてくると。じゃあなぜそんなふうに吹けるのかと言えば、何度も長野県に来ているからだと思ったんですよ。トロンボーンの元気な感じと、長野県の魅力すべてが詰まっている感じがいいんですよね。本当はアンコールでやるつもりだったんですけど、メインでやることにしました。
 
 

 
 

――お話を伺っていて、日本の歌は言葉がすごく美しいとおっしゃっていましたが、演奏するときも、歌詞を感じられていることが伝わってきました。

 

藤原 そうなんですよ! 僕は歌詞を伴う楽曲だったら絶対に楽譜だけではなく歌詞を見ながら練習するんです。たとえば「里の秋」で「静かな静かな里の秋」という部分は、楽譜にメゾフォルテが書いてあっても、わざと静かに吹いたり曲と歌詞をリンクさせるようにしています。「赤とんぼ」だったら「夕焼け小焼けの赤とんぼ」は沈みゆく太陽のエネルギーを感じていただきたくて、音色的には、太陽がまっすぐ沈んでいくようなニュアンスを出そうとしてみたり、言葉の意味をめちゃめちゃ音に込めるようにしています。でもそれがたぶんお客様に伝わりやすさを生んでいるのかなと思うんです。

 

――改めて茅野市民館でのコンサートに向けて、コメントをお願いします。

 

藤原 音楽って生きていくのに必要か必要ないかみたいな議論がたまにされますよね。僕は衣食住音は絶対に必要だと言いたい。幸せであったり、喜怒哀楽など必要としているときに、いつも感情に寄り添ってくれるのが音楽だと思います。親友みたいな存在です。それこそ音楽を聴くことは人に会う疑似体験をさせてくれるものだと思うんです。演奏していてもいろいろな国の作曲家、その場所、その時代を感じることができるけれど、演奏を聴いていても、音楽の物語の登場人物に会える。そういった意味で音楽を聴くということは愛しいことだと思っています。クラシックが脈々と何百年も残ってきている意味は、そういうところにあるんじゃないのかな。音楽自体は前に前にと進んでいくんだけれど、音楽を聴くことで昔のことを思い出したり時間移動ができる。それは人間が生きている中で、思いが昔に行ったり未来に行ったりするのは音楽だからこそ体験できることです。今回、日本の歌を演奏しますが、長野県をテーマにした歌ってすごくいっぱいあると思うんですよ。自然が豊かだし、人の生業を歌った曲がすごく多い。だからこそ自分の手に届く小さなことからやらせていただけるような音楽会であり続ければと思っています。一つ一つの本番、一つ一つの出会いを愛しいものだと最近よく思うんです。
 
 

 
 

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