[ようこそ、信州へ #015]島地保武&酒井はな(アルトノイ)
舞台上で二人の間に起き続けていることを
僕らが自身が楽しみ、お客様に届けるのが「アルトノイ」流
サントミューゼに島地保武と酒井はなによるユニット「アルトノイ」がやってきた。かたやコンテンポラリー、かたやバレエ、どちらも国内外で活躍するスペシャルなアーティストだ。だからこそ身体性も思考も違うはずのダンスが融合する面白さがある。もしかしたら、それはご夫婦だから成せる境地なのかもしれない。
――島地さん、実は須坂市出身でいらっしゃいますよね。
島地 そうなんですよ! 母が里帰り出産したからだけで、こっちの学校に通ったとかいうことはないんです。
――でも僕は島地さんは長野県出身だと触れ回っています。
酒井 確かに産まれたんですものね。
島地 とは言え、年に2回とか、お祖母ちゃんの家で過ごしたりはしていましたよ。
――公演を前にして、まずはワークショップを行われました。上田に滞在されていかがでしたか?
酒井 東京に比べて湿気がなく、緑が多く、山が見え、とても空気が良くて、お水も美味しくて、すごく過ごしやすい。
島地 ワークショップと打ち合わせでどこも行けてないんですけど、旧市街に行ってみたいですね。川を見たいのと温泉に行ってみたいのと。そうそう、はなさんが「真田太平記」がすごく好きなんですよ。
酒井 全巻を持っています。老後の楽しみに読もうと思って、まだ大事にしまってあるの。だから池波正太郎真田太平記館ものぞいてみたいし、池波さんが通った刀屋さんというお蕎麦屋さんに行けたらいいな。
――さて。スペシャルなバレエダンサーであるはなさん、スペシャルなコンテンポラリーダンサーである島地さん、そのお二人がユニットを組んだ経緯が非常に興味深いなって思っていたんです。
島地 あるとき、彩の国さいたま芸術劇場に呼ばれて二人で作品をつくってほしいと言われ、その流れでユニット名もつけたらと提案されたのがきっかけです。僕がドイツのドレスデンにいたときに、名前を何にしようか考えたんです。
酒井 ドイツ語でアルトは古い、ノイは新しいの意味。響きもいいし、アルトは私のやってきたクラシックバレエに、ノイは彼のコンテンポラリーというスタイルに重なる。二人で新しいものを模索して行こうという意味でもぴったりだなと。
――そのときは、もうご夫婦になられていたんですか?
酒井 はい。私たちは作品をつくって仲良くなって夫婦になったわけではなく、夫婦になり、何かやってみようということで踊り始めたんです。
島地 依頼されて二人でガラ公演に出たりはしていましたが、最初はダンスでは全然会話できていなかったです。僕は頑張ってバレエに寄せようとしていたし、はなさんも頑張ってコンテンポラリーに寄せようとしていた。でも一緒にいることによって、僕もとてもバレエが好きになって、はなさんに歴史などを教わっていくうちに、いろいろ調べたりとかするようになりました。僕はフォーサイスの元で踊っていたんですけど、彼はジョージ・バランシンの影響を受けています。元を辿るとバレエなんです。
――はなさんはいかがでしたか? 王道のバレエ、バレエの本流にいた方がコンテンポラリーダンスと出会って。
酒井 フォーサイスのカンパニーにお邪魔してクラスを受けさせてもらったり、クリエーションを見せてもらったりしていたんですけど、こういう現場があるんだ、こういう踊りがあるんだと、ある種のカルチャーショックでした。皆さんどんどん自発的に踊られるわけですよ。バレエの場合は、こういう役柄で、こういう音楽で、こういう振り付けでと習ったものを毎日毎日繰り返して、練って舞台に乗せていく。ところがコンテンポラリーの世界では昨日やっていたことと今やっていることが全然違うし、どんどん変わっていくし、それに対応するダンサーもすごいと思いました。つくり方が全然違って面白かったかな。だから違うものを持った二人がいろいろ影響しあって、何ができるんだろうという好奇心でやってきたのがアルトノイ 。その意味で夫婦だったことは大きいですね。
島地 日常会話、ダンスの話ばかりですよ。ずっと体の使い方とか話している。
酒井 それが楽しくて。本当は踊りと関係ない人と結婚したいと思っていたのに(笑)。でも今思うと、同じ趣味って言ったらおかしいけれど、
島地 いや、まさに趣味だよ。
酒井 好きなことが一緒だから、身体のことについてとか、どう表現していくとか、こう使ったらこう見えるかなとか、エンドレスで話しているのが幸せなんですよ。
島地 また同じこと言ってる、はいはい、そうだねって感じですよ。ただ芯の部分、大事にしてる部分は共通しているので、別の話題でも何か噛み合ってるんですよね。ジャンルは違えど同じダンスなので、そこまで違うことではないと言う気がしています。
――島地さんのダンサーとしての魅力はどんなところですか?
酒井 知り合う前に舞台は見ていて「この人、絶対に女ったらしだよ」と思ったんですよ(笑)。それは私から見て非常に色っぽかったから。手足は長いし、背もあるので、まず身体のインパクトはすごかった。そして柔らかくて、特殊な動きの性質を持っているんです。こんなに日本人ぽくない人がいるんだなと感じていました。すごいのは探究心が尽きないところですね。こういうふうにもできる、こんなアイデアもあるって、いつも探してる姿勢が素晴らしいなあって思います。どんなアイデアでも踊りにつながっているところが素敵だし、私もそうしたいなって。
――逆に島地さんが感じる、はなさんの魅力はどういうところですか。
島地 舞台を見たらわかるんですけど、距離感がわからなくなるほど大きく見えるんですよ。生命体として発するエネルギーが強いのかなと思います。彼女は感度が高いから、周りの人も感度が高くなる。ある役柄を1年後にやりますと決定したら、1年間ずっとその話しかしてないようなところがある。
酒井 さっき聞いたよ、この前も言ってたって言われちゃう(笑)。
島地 ものすごく没頭するんですけど、周りもちゃんと見えていて巻き込んでいく、そこが魅力だと思います。同じ演目で参加している人がみんな幸せになるというか、一緒の舞台に立ちたいと思わせる。それはスタッフさんにとっても同様です。そこに責任とプライドを持ってやってるのを感じるんですよね。
やりたくないことを徹底的に集めた『いいかえると』
――今度の演目『いいかえると』について教えてください。
島地 この作品は、僕らだとこの曲で踊ったりしないよね、この振付の組み合わせはないよね、これは恥ずかしいよねという要素を全部挙げてからつくるという、僕の中では新しい試みでした。
酒井 本当ならやらないことを、あえてやったらどうなるだろうという作品です。
――はなさん的にはどうだったんですか?
酒井 いいんじゃないって逆にノリノリでした。
島地 むしろ、そういう姿勢がいいんじゃないと言ってました。
二人 ハハハハ!
島地 やっぱり凝り固まっていくのが嫌なんですよね。だからっていつも斜に構えたことをやっていると、それは斜に構えてないことになってしまう。それはそれで考えていないことと同じ。この作品では「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」など歌詞のあるポピュラーミュージック、ロットバルトバロンさんの曲とか、グレン・グールドのゴルトベルク変奏曲とかも使っています。しかも40歳超えてピンクの全身タイツを履く。本当はやりたくないんですけど、あえてやってやろうと。あと僕はバレエのスポットライトも好きじゃないんですけど、今作ではあえてクリアなスポットライトで二人を追いかけるということもしています。『いいかえると』は、2021年1月につくった『In other words』を日本語タイトルにし、新たな作品として上演します。
酒井 そして上田バージョンです!
島地 最後に『In Other Words(原題)』の楽曲を使って踊るんですけど、その前に『けもののなまえ』という楽曲も使います。――ダンスの起源は真似とリピートから来ているという考えに基づき、はなさんには動物を模した『瀕死の白鳥』を踊ってもらおうかなと思っています。またコンテンポラリーダンスをあまり見たことない方もいらっしゃると思うので、冒頭にはレクチャーをします。それも含めてパフォーマンスになっています。
――アルトノイの世界が、すごく楽しみられる?
島地 はい。最近はユニゾンを見直しているんです。今回も結構入っている。ユニゾンをすることで、互いのルーツの違いが出るの。でも僕たちは絶対にここはこの角度、この音でということは、あまり重要視してないんです。エネルギーやその場をシェアすることを大事にしているところは共通しているんですけど、そうじゃない違いがきっと面白いと思います。
酒井 シンプルに楽しんでいただけたらいいなと思っています。
島地 僕は舞台に出てしまうとあまり計算できないので、もちろんお客様に楽しんでもらいたい、感動もしていただきたいんですけど、今そこにいることに自分たちが楽しんで感動したい。それがお客様にも通じると思うんです。だから今回はあまりこねくり回しすぎず、伝えることを大事にしています。
酒井 私も本番モードになると、自分でびっくりすることが結構あるんです。自分で自分に驚いてしまう。あんなに練習したのにって、相手が驚くことを自然とやってしまうんです。それすらも楽しめたら、自分自身が、そして相手をも楽しませて、いい意味で変化があるというか、そうなったらいいんだろうなって思っています。
島地 さっきもコンテンポラリーダンスをしてる方に「コンテンポラリーってなんですか?」と聞かれたんです。あえて言うならば、瞬間的に抗うというか、もう次の瞬間はさっきのそれとは違う、自分に染み込んだクセみたいなことはやらない、それが僕の中のコンテンポラリーなんです。そこは言葉にとらわれず、新鮮でいることが大事なので。
酒井 それがいいんだよね。今日は何をするかが面白いところ。こういうイメージを踊りたい、こういうラインをつくるということがバレエには必ずあります。それを研磨していく感じなんですね。でもそれをあえてしない。それってすごいチャレンジだと思うんです。ロシアのマイヤ・プリセツカヤもすごく毎回違うセッションができるバレリーナだったそう。「いつもの」ももちろんいいんですけど、私はそちらに憧れるし、今日はどうかなというワクワクがある踊り手でいたいんです。
島地 それによって自分自身も驚かせたいんですよね。ダンスはやっぱり関係性なので目の前にいる相手を驚かせていく。舞台上で何かが起こり続けていたら、お客様もきっと感じるものがあると思う。それが生きているエネルギーだと思いますし、緊張感なのかもしれません。もっともっと自由でいたいんですよね。
実はアルトノイ、10月に始まる演劇祭「FESTA松本」に参加することが決まったようです。実は島地さん、大学は日本大学芸術学部、しかも演劇学科なのです。そして、まつもと市民芸術館芸術監督の串田和美さんの教え子なのだそうです。驚いたー。
撮影:齋梧伸一郎