[聞く/entre+voir #027]伊藤 博敏(松本クラフト推進協会代表理事)
城下町・松本や松本城は全国の職人さんの力があってこそ今がある
全国から作家さん、お客様が集まれるクラフトフェアこそが松本らしさ
誰もが安心して来られるイベントを復活させるべく頑張りたい
松本市に“工芸の街”としての色付けをしてきた春の「クラフトフェアまつもと」「工芸の五月」、秋の「クラフトピクニック」。特に5月の最終土曜・日曜に開催される「クラフトフェアまつもと」は30年以上もの歴史を誇り、5万人を超えるクラフトファンが集まる全国屈指のイベントになっている。しかし新型コロナウイルス感染症の魔の手は野外イベントにも広がり、今年度は中止に。それは仕方がない措置だったが、これらイベントを運営するNPO法人「松本クラフト推進協会」の維持が困難になっているという。そこで9月10日からクラウドファンディングが始まった。石のアーティストで推進協会の代表でもある伊藤博敏さんに話をうかがった
クラウドファンディングのページは、こちら
――まず、クラウドファンディングに挑戦した意図から教えてください。
伊藤 クラフト推進協会の活動は、当初は5月の「クラフトフェアまつもと」だけでしたので限定的ではありました。しかし今は「工芸の五月」「クラフトピクニック」などイベントも増え、市役所など対外的なやりとりも増えてきました。そのために事務所を設け、専属の事務スタッフも置くことになってきたわけです。しかし、私どもの主な収入はフェアに出展される作家さんたちの応募費、参加費。コロナの感染拡大もあり、今年予定していたイベントはすべて中止になりました。作家さんからお預かりした参加費も経費を除き返金しています。収入がない中で、事務所の家賃やスタッフの人件費、だいぶメールに切り替えてはいますが1000名以上の作家さんへの通信費など最低限の運営にかかる費用さえ厳しくなってしまったんです。このままでは推進協会の活動継続もできなくなってしまいます。そうした経緯があって、今回クラウドファンディングを実施することになりました。
――イベントの際は、大勢のボランティアさんが参加されていますが、そのベースには日常業務を行う専属スタッフがやっていらっしゃいます。今は何人で運営されているんですか?
伊藤 今は二人です。一人は「工芸の五月」の方を担当しています。1年間、企画立案から何からずっと準備をしているような状況です。もう一人はフェアやピクニック、それ以外のもろもろをやっています。できれば事務方がもう一人いないと大変なんですね。
クラフトの人気が盛り上がる15年ほど前までは、僕らはいつでもやめられると言いながらやっていたけれど、今では行政や交通・宿泊などいろんなところとのお付き合いができて、責任も大きくなってきました。全国の作家さんにとっても重要なイベントになっており、ありがたいことに簡単にはやめられない状況です。今年の「工芸の五月」の予算は活動費に使って良いということになってホームページのテコ入れなどをしていますが、それなのに協会、事務所の存続が厳しくなるというジレンマ。給付金を申請したり、新たな収入源を模索するなどしてなんとか活動が続くように頑張っていますが、年間を通してのことを考えますと、来年の応募費が入ってくるまで踏ん張れるかという状況です。また来年はフェアをやっていいよ、という保証があればいいんですけど、そのへんの社会状況がどうにも読めないのが悩ましいですね。
――クラフトフェア35年の歴史の中で初の中止です。関係の皆さんのお気持ちはどういう感じだったのでしょう?
伊藤 作り手というより実行委員会としては不安だらけでした。コロナ禍でもやらなければいけないのか、やる意味はなんなんだという意見は大きかったですね。参加しているのが作り手だけだったころならともかく、今はいろんな人を巻き込んでいます。入場口には感染対策のための空間を設けて検温・消毒という準備をしていましたが、その最前線に大学生などボランティアの方を立たせるということ自体がどうなんだ、巻き込まれて感染することだってあるじゃないかと。まずは出展者よりもボランティアさんを守らなければいけない、そういう不安の中でやるんだったらやめた方がいいという意見が大半でした。それに宿や交通など街の動きとも関係してくることになりますから、早い段階で判断をせざるを得ません。判断の時期は感染も拡大していましたから適切な判断だとは思っています。クラフトフェアはただ作家さんが作品を並べるだけではありません。お客様と道具の使い方、手入れの仕方など伝える交流があります。いくらソーシャルディスタンスだなんだと言っても何があるかわかりません。むしろこうやって立ち止まって話ができたことで、今まで積み重ねていた意義を実行委員会のメンバーが改めて共有できたのは良かったと思います。
――検温や消毒など感染対策はどんなふうに考えていらっしゃったのでしょうか。
伊藤 熱感知器を6台借りる予定で、消毒液やマスク、条件をクリアした人がつけるリストバンドを検討していました。また万が一入口でクリアできない方が出た場合のために保健師さんをお願いする予定もありました。2万人のお客様まで対応できるようにシミュレーションしたんですけど、その費用に70万円ほどかかるんですよね。来年以降も同じような準備は必須になっていくでしょうから、今までとは違った予算組みをしなければなりません。かといって参加者を減らすと、収入もそれだけ減ってしまいます。参加費の値上げをするわけにもいかない。そういう意味では協会としては別の収入源を考えたり、イベントの日程を分散したり、会場構成を変えるなどいろんなアイデアを検討して、これまでと近い形、近い雰囲気でできるようにしていかなければいけないと思っています。
しかも7割の参加者は県外の方なんです。作家さんが北海道から沖縄までほぼ全国からいらっしゃって、そのことも判断の時期を急がなければならない理由です。だいぶ多くの在庫を抱えたり、大量の材料を仕入れた作家さんもいらっしゃるのは心痛いですね。でも作家はどんなときでも作り続けるしかないし、作っておけばなんとかなりますから。でもこの冬に感染状況がどうなるかも心配です。そうなると判断をいつしたらいいかさえわかりません。野外だったら大丈夫といってもどの程度かわからないし、街を挙げての回遊イベントですから、どこで感染したかもわかりませんから。いろんな対策は考えていますが、答えのない話し合いをずっと続けているのがストレスになります。
――新たな収入源のお話が出ましたが、どんなことをお考えですか?
伊藤 今準備しているのは非接触型の販売です。noteを利用して、今年度のフェアに参加する予定だった作家さんたちに声をかけ、どういう気持ちで制作をされているのか、普段はどんな生活スタイルなのか、松本の話だとかをまとめた文章を書いてもらって、写真とかも入れながら紹介していくサイトを準備しているところです。さらにそのサイトから作品を販売につなげたなかから、我々も手数料が頂戴できるような形を考えています。今まで作家さんのアーカイブを作ることもままならなかったんですけど、こういう環境になったからこそできることもある。フェアのことだけじゃなく物を作るところ、ワークショップの様子なども動画に収めてYouTubeでの配信ですとか、イベントに貸し出せるような作品を考えるとか、今まで自分たちが蓄積していて、でもずっと寝かしていたアイデアを具現化していこうという作業も始めています。
――移住も含めて、生活が変化していくなかで、器とか手仕事のものを見直す傾向が高まるといいですよね。
伊藤 食べ物にしてもなんでも、今まではでき上がったものを手に入れればよかったけれど、今回のことを機に自分で作ってみようとする人もたしかに増えていると聞きます。ある作家さんに聞いた話では、お付き合いかなんかで連れてこられた方が、気まぐれに一つ器を購入されたそうです。その方は100均の器しか使っていなかったそうですが、料理を作家さんの器に盛って食べたらすごく良くて、100均の器を全部捨てられたとか。そういう話を聞くと、それまで気にしていなかった方でも実際に使ってみることでものすごく美味しそうに見えるとか、違いが伝わるんですよね。クラフト・工芸の作品は衣食住すべてにかかわるものなので箸一本にしても、羽織るもの一枚にしても暮らしが変わってくる。コロナ禍で暮らしを見直す機会が増える中、本物を見分けられる方が増えてくださるとうれしいですね。
――そうしてほしいということではなく、長野県内の作家さんだけを募集してフェアを開くみたいな考えはありませんか? 理想のフェアのあり方を教えてください。
伊藤 たしかに県内の作家さんだけでも100人以上はいらっしゃいますし、イベントは十分に行うことはできるでしょう。しかし理想はやはり全国の作家さんに集まってほしいですね。たとえば陶器には益子、瀬戸などの産地があります。でも松本市は特に何かの産地というわけではありません。でも松本という城下町、松本城は各地の職人さんが集まって作ったものです。昔のことですからそのまま住み着いて、ある地域には飯田方面の人がたくさん住んだから飯田町と名前がついたと聞きます。職人たち、いろいろな生業の人たちがやってきて、文化も含めて松本の空気が作られ、またその魅力を発信してくれたことで松本城が国宝になって今がある。クラフトフェアもここを発信地として考えてくださる作家さんたち、メディアの人、デパートの人、ギャラリストなどが全国から来て、それからまた自分たちの場所に戻って作品や松本の魅力を発信してくれる。そういう循環がクラフトフェアまつもとの特徴であり、魅力です。そもそもクラフトフェアを始めた人たちも全員が県外出身で、信州に憧れ、信州で創作をしたいと移り住んでくださっている。そういうところが松本のフェアの特徴であり、クオリティを上げながらずっと続いてきました。
実行委員会のメンバーは、来年は開催するつもりでいますし、今まで通りの温かくて牧歌的な雰囲気のフェアができるのが理想です。