【今だから芸術を語ろう】前田忠史(「茅野市美術館」学芸員)× 源馬菜穂(画家)

「茅野市美術館」学芸員×画家
前田 忠史 × 源馬 菜穂

 

作家と美、そして地域とのコンタクトを感じてほしい

美を通して人と人がつながること、ふれあうということを見直してほしい

『CONTACT』というタイトルには、さまざまな思いを込めている

 

contact。手軽に英辞郎でググると、〔物と物の〕接触、接点、密着(性)、〔人と人の〕接触、接点……とある。茅野市美術館で開催中の『CONTACT―つながる情景 阿部祐己・源馬菜穂・林遼・吉野剛広』に出かけて図録をパラパラと読んでいると源馬菜穂の文章に目が止まった。彼女は岡谷市で喫茶店も自ら切り盛りしていて、「新作が間に合うか心配。だから急にお店を休むかも」と聞いていた。最初は「忙しいんだろうな」と思い込んでいた。同じく学芸員の前田忠史も展覧会にたどり着くまでのあれこれを書いていた。お二人に展覧会の会場で話を聞いた。

 

――前田さん、『CONTACT―つながる情景』を拝見しました。茅野市美術館主催の企画としては珍しい、若手作家を起用した展覧会ですね。

 

前田 おっしゃる通り、今回のような若手の作家ばかりの展示は初めてなんです。茅野市美術館は、収蔵作品展を年に4回程度やっていて、その合間に企画展を行うというスタイル。常設展があって、両輪で企画展をどんどんやるという館ではありません。そして企画展のときも、ある仕事を成した作家を取り上げることが多かったんです。でもそれだけではいけないだろうとは館のスタッフとも話していて、若手、中堅、没作家も含めた作家単独の特集展示は行っていました。そして今回、地域ゆかりの新しい世代のグループ展をやろうということでこの展覧会が実現しました。2016年に、『在る表現-その文脈と諏訪 松澤宥・辰野登恵子・宮坂了作・根岸芳郎』というある意味、上の世代のグループ展を行いましたが、今回のグループ展でも、地域ゆかりの4名の作家の美を通して、作家や作品に共通するものがあるか、そしてこの地とのつながりに何があるかを見つめてみたいという思いがあったんです。

 
 

 
 

――『CONTACT』というタイトルにはどんな意味が込められているのですか?

 
前田 この企画はもちろん昨年から準備していましたし、いくつかタイトルの候補もあったんです。ただ新型コロナウイルス感染症のことがあって、開催できるかどうかわからない状況になりました。ですから準備はしつつもあらためて動き出したのは5月。タイトルに託したのは、作家と美、そして地域とのコンタクトを感じてほしい、その美にお客様もコンタクトしてほしい、コロナ禍だからこそ美を通して人と人がつながること、ふれあうということをもう一度見直してほしい、そうしたさまざまな意味を込めています。ある美術館に作品をお借りするために伺ったら、学芸員の方が「このタイトルは響きますね」とおっしゃっていただきました。無事に開催できてよかったですし、無事に終わるまで頑張ります。

 

――源馬さん、初の若手グループ展に声をかけられて、どんなお気持ちですか?

 

源馬 やっぱりこういう大きな美術館で、若手・中堅の企画展をやってくださることは貴重な機会だと思います。地元にこうした美術館があるのはとってもありがたいですし、諏訪出身でよかったです。

 

――100点満点の回答です!

 
一同 笑い
 

――大学から愛知県を拠点に活動されていましたが、諏訪に戻ってきて絵を描く環境としていかがですか。

 

源馬 愛知県立芸術大学に入学し、卒業後は7年も助手をさせていただいていましたので、当たり前ですが、周りは絵を描く人ばかり。そういう環境から一人で地元に帰ってきて、自分で自分の絵を批判したり見つめながら創作活動をしていくことができるのか不安でした。けれど帰ってきたら、やっぱり環境がとても素晴らしいんですよ。広いアトリエもつくれたし、自分にはすごく合っている環境だと思っています。

 
 

 
 

思い込みを一つずつ削ぎ落としながら、

等身大の自分の絵が描けるように(源馬)

 
 

――前田さん、4名の作家のセレクト、それから源馬さんの作品の魅力についてどのように感じていらっしゃいますか。

 

前田 みなさん素晴らしい方々です。また、いろいろなジャンルに才能ある方々がいらっしゃり、作家の美とこの地とのつながりを考えると、美術の道を歩むときの動機とか、美の原風景がそれぞれにあるわけで、さまざまなジャンルからのアプローチでそれらを感じていただけるような作家の方々に出品いただくことができたと思います。
 長野県芸術監督団事業「シンビズム」に茅野市美術館も参加させていただいています。県内のさまざまな美術館の学芸員と一緒に、長野県ゆかりの作家のグループ展を数多く開催しました。その中で、改めて、今を生きる作家の美を、多くの美術館を会場として体感することができました。また、茅野市美術館を含む茅野市民館は市民の皆さんからの提案をもとに企画を立ち上げることを基本としていますが、茅野市在住の画家・小川格さんの企画提案による「メイメイアート」「ギャラリー・バードハウス」「イナイナイアート」という通常とは違うユニークな公募展も行っています。それ自体が地域の皆さんに美を還元できている企画なんですが、同時に美術館にとってもいろいろな作家と出会える場になっていて、私自身も、さまざまな作家の美と思いを体感できる機会になっています。
 源馬さんは、作品はもちろんですが、作品に対する思いが特に素晴らしいと感じるお一人です。取り組みの姿勢がすごい。たとえば、源馬さんの美にあるものを客観的に伝えることが学芸員の仕事だと思います。そして学芸員は最終的に大きい美術史を意識して、それぞれの作家の活動を考えていかなければならないと思います。今回の作家の皆さんは、美の歩みの途中の方々なので、これから先、どのように美と向きあっていくのかを同じ時代に生きながら感じ、考えていけたらと思います。

 

――源馬さん、いかがですか?

 
源馬 そんなふうに見てくださっている方がいらっしゃることはうれしいです。私自身は、自分の絵に向き合う姿勢としては、ちょっとずつでもいい絵にしていこうと思って描いているだけなんです。でも本当にまだまだだなと思うことが多くて、と言うか、むしろ、こんな自分が絵を描き続けていていいのかと思ってばかりです。前田さんのような方がいらっしゃることはうれしいですし、間違ってないのかな、これからも頑張っていいのかなって励みになります。
 
 
 

 
 

――今の作風にはどんなふうにたどり着いたのですか?

 

源馬 大学に入ってから風景画と人物画を描き始めて、初めはそれぞれを別々に描いていましたが、風景と人を同じ画面に同居させるようになって今の作風が始まったと思います。以前は私には明るい色は使えないのかなと思い込んでいて。そういう思い込みを一つずつ削ぎ落としながら、等身大の自分の絵が描けるようにちょっとずつ変わっていって今のような作風になりました。これから描き続けていけばまた変わっていく、その流れの中にいるという感覚です。
 私は自分の絵を、自然の風景の延長に飾れることが理想なんです。できればホワイトキューブの空間ではない方がいいと思っていて。茅野市美術館さんは片面が大きなガラス張りになっていて、作品が日焼けしないようにいつもは可動壁が入っていることが多いんですけど、今回はより外光が入るように外していただきました。

 

――前田さんとしては色使い、風景の描き方とか、どう分析されているんですか?

 

前田 「自分が風景を見ていて、風景と一体となった感覚の時に、自分が消えて思いだけが残る感じ」。これは源馬さんが自身の作品について語った言葉ですが、まさにその感覚ありきだと思います。たぶん源馬さんは、本当に自分の感性に委ねている作家じゃないかと。売れる絵を描こうという姿勢からは対極で、自分の思いを自身の感性に託して、どう表現したらいいんだろうと試行錯誤されている。その背景には諏訪で生まれ育ったこと、大学で学んだことだとか、いろいろな積み重ねがあると思います。何というか、絵画とか音楽とか自然も含めて自身の中に育んだ感覚にご自身を委ねている感じがしますね。ですから優しい色合いにも源馬さん自身の身体の中にある感性、思いが現れているんじゃないでしょうか。

 
 

コロナ以降に初めて描いた「purpose」

 
 

――源馬さんはご自身の喫茶店のギャラリーでは展覧会を企画されていますよね。ある意味ではキュレーターでもあるわけですけど、ご自分の絵をその視点で見るといかがですか?

 

源馬 そういう視点では見たことないです。わかってません(笑)。でも大事かもしれませんね、そういうことも。展覧会に参加するときは必ず、未発表の新作を出したいとは考えていて、何点くらい描こうかボリューム的なことは考えるんですけど、なかなか予定通りにはいきません。
 今回の新作《purpose》はコロナの影響で会えなくなってしまった遠方の友人のイメージを描いてますが、ああいう作品を描く予定はまったくなくて。コロナが流行りだして以降の作品です。前田さんがおっしゃったように、あまり私は絵づくりみたいなことに興味はなくて、とにかくキャンバスに向き合うだけなんです。そういう意味で、この展覧会に向けて制作しなければいけない時期なのに、地に足がついていないというか、足元がふわふわして、キャンバスを目の前にしても絵に気持ちが入らない状態でつらかったです。イメージも浮かばないし、自分が求めるものがわからなくて、イメージを出せる状態に持っていくまでには時間がかかりました。できた作品は必ず次につながっていくものなので、特に最新作は描けてよかったとは思っています。

 

――そのモヤモヤというか、ふわふわした感覚の正体はなんだと思いますか?

 

源馬 そうですねえ。コロナのために、そもそも自分の生活が大丈夫なんだろうかって。喫茶店も休まなければいけないかなと思い始めていて、お客様がいらっしゃってもお一人の貸切状態みたいな日が続いていたんです。これからどうなっていくか先が見えない状態でした。私としては、こういうときだからこそ予定の展示をしたいといろいろ模索したんですけど、お呼びする作家さんが他県の方だったこともあって中止にすることにしました。難しかったですね。でもそんな中でも来てくださるお客様が、そのときは自分の絵とこれまでに購入した絵をお店の壁に飾っていたんですけど、ぼーっと見入って、「あの絵はいいですね」とおっしゃってくださることが増えたんです。コロナになって、一人ひとりの存在が今までよりも感じられるようになりました。一人で自由に向き合える絵っていいなって、展示を企画する側としても思うことができました。

 
 

最新作「景色(原っぱ)」

 
 

『CONTACT―つながる情景』ができているのも

歴代の学芸員たちが地域ゆかりの重要な作家を丁寧に取り扱い

小中学校との連携を積み重ねていたからこそ

 
 

――前田さんに展覧会を開く上でのご苦労を教えてください。

 

前田 そうですね。コロナ禍では、きちんとした対策を講じて展覧会を行なう必要があります。でも県外からの借用が多いとか、公募展で人との交流が多いなど、そういう理由でNGになる場合もあると思います。この展覧会では借用に関してはクリアできました。次は関連イベントですよね。会場でのギャラリートークや、対話による作品鑑賞会、学校へのアウトリーチ、そしてワークショップなどを通じて、作家の美をいろいろ深く知っていただこうと考えていました。コロナ禍でいろいろ考えたときに、そうした関連イベントも含めて十分な展覧会ができるかどうか、作家にとっては思い描いていた展覧会にできるのだろうか、個人的にはそんな考えがよぎりました。そういう場合、極端に言えば、来年、再来年に延期するという判断をする場合もあると思います。
 この展覧会を十分なかたちでできないかもしれないことに悩みましたが、逆に言えば今を生きる作家の皆さんとコロナ禍で展覧会をつくりあげていく、それは地域の方を中心としたお客様へのそれぞれの作家からのメッセージにつながる。こういう状況だからやるべき展示もあると考えました。そうした背景があって、コロナ禍で、このイベントは方法を変えればできる、対策ができなければやめるということにわけていったんですね。ワークショップは中止、ギャラリートークは作家によるトークのみとし、ソーシャルディスタンスを取るため会場をロビーに変更しました。もちろんお客様への諸々の対策もやっています。学校へのアウトリーチも内容を変更しました。

 
 

 
 

――学校へのアウトリーチが実現したのは素晴らしいなと思いました。

 

前田 難しいですよね、社会状況が変われば中止ですからね。でも学校とも事前に何度も話し合って対策をしています。こちらから出向く人数を絞って、会場も広いところにしたり、子どもたちの座り方など、いろいろな相談を先生方と行なった上で開催することができました。なお、学校へのアウトリーチでつくった児童による作品は、茅野市民館/茅野市美術館ウェブサイトで発表予定です。
 美術館の学芸員たちがfacebookにコロナ禍の備忘録をまとめようとするスレッドをつくったり、全国美術館会議でもコロナのことを整理しなければという動きがあります。つまり、残していくことは大事だなという意識があって、冒頭でお話もありましたけど、図録にも私はコロナのことを書いたんですね。たしかにそのことを意識してやった展覧会ですし、図録にテキストとして残したいと思っていたんです。

 

――実は今年は40周年の記念すべき年でしたよね。

 

前田 2005年に茅野市民館に茅野市美術館が移転する以前は、市役所の直営でした。現在は指定管理者による管理運営です。以前の資料も見ていますが、当時の学芸員が地域ゆかりの重要な作家を丁寧に取り扱ってくださっていたし、小中学校との連携を積み重ねていた。そういう丁寧な調査研究や資料収集と保管、それを踏まえた展覧会や教育的な活動があり、そうした美術館の活動の歩みの上に現在の私たちの活動も成り立っている。『CONTACT―つながる情景』ができているのも、そうしたベースがあってこそ。だからこそ今携わっている学芸員が、歴代の学芸員の方々の思いをつなげられるように、地域ゆかりの作家の方々や、地域や学校とのつながりを丁寧に、いろいろな切り口で積み重ねていきたいと思います。

 
 

 
 

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