【今だから芸術を語ろう】渡邉 匡一(「信州大学附属図書館」館長)

「信州大学附属図書館」館長
渡邉 匡一

 

これからはデジタル化された専門書をたくさん確保し

学生が大学に来なくても学習や研究ができる環境を守るのが大学図書館の役割

 

ここ数年、長野県内の図書館が元気がいい。小布施、塩尻、伊那の図書館が立て続けに「Library of the Year」を獲得したり、市立小諸図書館の一部業務をNPO法人本途人舎が運営したり、県立長野図書館での「都道府県立図書館サミット」開催や「信州・学び創造ラボ」の実践などなど、面白い動きが起きている。本を借りたり、静かに本を読む場所というのは図書館の一面でしかない。それが現在の公立図書館だとすれば、大学の図書館の今はどうなんだろうと思い、松本市にある信州大学附属図書館(中央図書館)を訪ねてみた。対応してくださったのは、館長である渡邉匡一先生!

 

――最近、文化施設の中でも図書館の動きが面白そうだと感じているんです。

 

渡邉 その通りだと思いますよ。自治体の図書館という意味では、長野県はすごく突出しています。「Library of the Year」を取る図書館がいくつも現れたり、本を管理する側の発想ではなく、使う側に立った図書館づくりをかなり意識的にやっていますね。昔の図書館のイメージと違っていたということ自体、利用者がどうやって使いたいと感じているのかをデザインしている証明ですから。

 

――そもそも大学の図書館はどんなところなのでしょう。実は大学時代は図書館と無縁だったもので、、、

 
渡邉 学生が学習や研究に必要な本を閲覧したり借りたりというのが基本ではあります。ここ近年変わってきたのは学習スペースがものすごく広くなったことです。かつては学生個々の利用でしたが、現在はグループワークなど、さまざまな学習方法があるので、学生が集まって話し合いながら学ぶなど、そうしたスタイルに対応できるように空間がつくり直されているんです。
 
 

信州大学附属図書館 中央図書館

 
 
――蔵書はどういうふうに決められるんでしょう?

 

渡邉 大学の研究に特化した専門図書館ですから、研究に関係ない本は置かないんです。一般書はありません。もし一般書を読みたければ、たとえば、信州大学の松本キャンパスは松本市の図書館と、農学部は伊那市の図書館と、といった具合に自治体の図書館と連携し、大学で自治体の図書館の本を借りたり返したりできるようにしていただいているんです。逆に大学の専門書、研究書が必要だという市民の方がいらっしゃれば、もちろんお貸しすることもできます。
 松本は信州大学の1年生が過ごすキャンパスですので、専門性が高いだけではなく、新書など、研究の入門書などもたくさんそろえています。同時に医学部、人文学部など卒業まで学ぶ学生たちもいるので、入門書と専門書の二層になっていますね。ほかのキャンパスの図書館はぐっと専門性の高いものだけを置いています。学生はもっと柔らかい本もほしいと言いますけどね(笑)。
 
 

信州大学附属図書館 中央図書館の閲覧室

 

信州大学附属図書館 中央図書館の自由学習スペース

 
 
――一般の市民にも開かれてもいるんですね。

 
渡邉 はい。大学が独立法人化した時に、市民にも開放しなさいということになったんですけど、信州大学はそれ以前からやっています。ただ、残念ながら、コロナ以降は、図書館での利用はお断りしています。6月から再開しているんですけど、スペースを空けないといけないので人数を制限しているんです。午前・午後・夜間それぞれ50人ですので、一般の方に利用していただくのは厳しいんですよ。
 

――コロナ禍で信州大学附属図書館はどう対応されていたんですか。

 
渡邉 学生を図書館に入れられなかったので、ネット上で予約を入れてもらって、うちで所蔵している本は郵送し、所蔵していない本はほかの図書館からうちに送ってもらい、学生に郵送するということをしていました。送料は大学持ちで。

 
 

コロナは研究者さえも

研究資料を見られない事態に陥れた

 
 

――公共図書館と国立大学の図書館の一番の違いは「デジタル化」だと伺いました。

 

渡邉 とは言われますけど、まだまだですね。うちも、自慢できるほど進んではいません。コロナ禍で明らかになりましたね。今回、若い研究者たちが政府などあちこちに訴えを起こしましたけど、何が問題かというと、今までは手に取って研究できていたものが、手に取れなくなってしまった。じゃあデジタルでと思ったら、想像していたよりもずっと少なかったんです。利用者に拒否反応があるのと同じで、図書館業界の中にもデジタル化は必要ないと考える層が少なくなく、あまり進んでいなかったんです。研究者も問題で、特に文系では、学会で研究発表をして雑誌に掲載されたらおしまいにしていました。雑誌がデジタル化されず、ネット上で見ることができなくてもです。つまり研究成果をもっと大勢の人に見てもらうという発想がなかったわけです。ところが新型コロナウイルスで図書館などが閉館になったとき、研究者自身も何も見られないという事態に陥った。ようやく気がつくんじゃないんですかね、デジタル化の必要性に。
 たとえば、私は研究で古文書を扱います。日本人だけならば、デジタル化されていない資料や論文でも、狭い国内を移動すれば何とかなったわけですけど、海外にも日本のことを研究している人はいるわけです。日本の学会は彼らに対して「研究費を使って来れば」という姿勢で放置してきた。しかしコロナは、そんなわれわれ自身をも外国人にしてしまったんです。
 
 

 
 
――コロナのワクチンの開発など世界の状況がわかったり、違った研究が進むのは、情報が共有されていることの証しというわけですね。

 
渡邉 そうです。理系は研究論文のデジタル化が進んでいますが、その中でも医学は突出しています。それでも医学部の先生に言わせるとまだまだ足りないと。信州大学では、先生方が出された論文は、「リポジトリ」に蓄積し続けていて、誰でも見られるような仕組みにしています。私もこれまで書いてきた論文の5分の1くらいは入れているんですけど、先ほどもお話ししたように、文系の論文のデジタル化は非常に遅れています。これはすごくまずい。ネット上に無ければ存在しないも同然というような風潮にあって、研究成果がまるで見えないわけですから。文系が軽視されてしまうのは、そういうところにも理由があるんじゃないか。さらに、研究者になりたいという学生が減ってきていることともかかわるんじゃないか。気がかりなことばかりです。
 研究者って実は職を得るまで何も保障されていないんです。学会で論文が評価され、それが積み重なって就職できる。特に文系は30、40代になってようやく就職できるかもしれないという状況。なんとかなるよという、いい加減な自尊心と根拠のない自信がなければこんな道には誰も進みません(笑)。それは私が学生時代もそうでした。でも今のような社会では、ご両親がそんな危険な橋を渡らせないし、そもそも子供たちが研究者を目指そうなんて思わないかもしれない。研究がどんなものかネット上に出てこないわけですから、目指しようもないわけです。そうなると、後々、学会どころか研究分野自体が消滅してしまうかもしれない。だから今ある論文は全部デジタル化して、中高生が読める状況くらいはつくらないとダメなんですよ。そこは論文を書く人間が意識してやらないといけません。
 

 

――館長としてのこの5年間、ここはテコ入れしたよということはありますか?

 

渡邉 図書館の勉強を必死でしてきた5年間だったので、「テコ入れ」と胸を張れるようなことは何もありません。でもこれから一気にデジタルコンテンツを増やしていく方向へと向かっていくんじゃないでしょうか。大学では学生向けの図書を各学部に推薦してもらっています。今年は「なるべくデジタル化されたものを」とお願いしています。学生が大学に来なくても学習や研究ができる体制を整えるためには、デジタル化された専門書を図書館が確保しなければならないわけです。
 同時に、今までデジタル化できなかったものに対する働きかけも必要です。そもそも研究の分野で出版される紙媒体は発行部数が少ない。私の研究分野だと300部くらいで、半分は大学図書館に、残りは研究者のもとに行きます。それくらいしか需要がないので再販なんかしません。そうした図書を扱う出版社は小規模ですから、売り切って次へといく。ここに国などが助成をしてデジタル化しても誰も損をしません。デジタル化することで多くの人たちが利用できるようになれば、教育・研究の進展にも大きな手助けとなります。
 コロナ禍を、大学、大学図書館、研究者、出版社が手を携えて、日本の研究・教育環境をより良くしていくチャンスにしなければいけません。

 
 

信州 知の連携フォーラムの様子

 

信州 知の連携フォーラムワークショップの様子

 
 

――信州大学附属図書館は県内における『「信州 知の連携フォーラム」におけるMLA連携の試み』を推進していらっしゃいます。その原点には先生の実体験が影響されていると伺いました。

 

渡邉 私は、図書館、博物館、美術館が所蔵する図書や古文書を用いて研究をしてきました。図書館はそれなりに見せてくれましたが、博物館はけっこう難しい。申請し直せと言われたり、酷いところだと、偉くなったら来なさいと言われる始末。これを見せてもらわないと偉くなれないんですけど、って(苦笑)。美術館もハードルが高いですよね。だからものすごく不満があったんです。画像で公開してくれれば、こんな良いことはないと思っていました。なので、県内の文化施設でデジタル情報を共有化して、新たな発信の展開を一緒に考えませんか、と始めたわけです。
 コロナ禍の中で、文化施設の重要さに、あらためて気づかされました。今回のような事態であってもサービスを簡単に止めてはいけない。それは携わっている人の責任。サービスは限定的なものになるかもしれませんが、提供し続けることがとても大事です。人間はいずれ死ぬ運命にありますから、何世代もの経験を継承し、積み重ねていくことによってしか未来へと向かうことはできません。それを蓄積しているのが、図書館であり、博物館であり、美術館です。そうした文化施設がストップしてしまうということは、次の世代への橋渡しをしないということになってしまう。少しの間だからいいでしょうというのは乱暴です。ですからどんなサービスができるのかを考えて、デジタル情報で出せるというなら、積極的に提供していかなければいけないんです。

 
 

信州大学大学史資料センターは大学内MLA連携

ここに教職員や学生たちの「生活史」も残していきたい

 

 
 

――最後に「信州大学大学史資料センター」について聞かせてください。

 

渡邉 大学にも、図書だけでなく、絵画や彫刻、鉱物や動植物見本、行政文書など、博物館、美術館、文書館などが保存・管理すべき資料がたくさんあります。それこそ大学内MLA連携が必要なのですが、残念ながら管轄する部署はありません。そこで、まずは、大学の歴史にかかわる資料を収集・保存していこうとスタートしました。帝大系の大学では早くから取り組んでいるところも多いですが、新制の大学はまだまだです。開学70周年というタイミングもあり、学長に提案したところ「やろう」とGOサインが出ました。長野県立歴史館を退職された福島先生に来ていただけたのも幸いでした。2017年の設立から4年目になります。県内5つの地域に設立された7つの前身校に始まり、戦後総合大学として出発した信州大学の歴史をきちんと蓄積し、次代の大学、長野県へとつなげていきたいと思っています。
 歴史的には面白いんですよね。それぞれの地域にはそれぞれの独立性があって、それぞれの土地にあった形の前身校ができたんです。必ずしも融和していないし、違っていていいから一緒にやっていこうと。長野県は連邦国家みたいなものだと思いますが、信州大学もまさにそうです。他大学とは、また違った歴史があるはず。大学に止まらず、「withコロナ」、「afterコロナ」の社会を考える上でも、貴重なことを教えてくれます。歴史は大切にしなくちゃですね。

 
 

長野県師範学校(信州大学歴史探訪マップより)

 

松本高等学校(信州大学歴史探訪マップより)

 
 

――順調に進んでいらっしゃいますか?

 

渡邉 簡単ではありません(笑)。大きな課題としては、こんなことがあります。○○学部が✖️✖️学部になったとかいう組織の変遷は、書類が残っているのでわかるんですよ。でもそこで学生や先生たちがどんなふうに過ごしていたのかはわからない。そんな書類はありませんからね。そこで、卒業生の方や退職した先生方にお願いしているのは、とにかく学校での写真、サークルの雑誌、ゼミ旅行のパンフなどなど、なんでもくださいということ。要するに生活史の資料がほしいんです。3年間で4000点ほどの資料を寄贈していただきました。整理してみると、寄贈してくださったのは70歳前後、大学が開学してから20年後以降に在籍された方たちです。退職されて身辺整理をされるんでしょうね。今後もそういう方たちが寄贈してくだされば、少しずつ大学の「生活史」が明らかになっていくと期待しています。開学からの20年間に在籍された方たちの資料については、その子供さんたちも信州大学を卒業されて70歳になったとき、「そういえば親父も信大だったな。なんか残っていたよな」と、親子そろって寄贈していただくことで埋まっていくんじゃないかと、想像をたくましくしています。
 大学は学生や教職員だけではなく、地域の歴史とも深くかかわっています。70周年の記念事業では、『信州大学歴史探訪マップ』を作りました。各キャンパスのマップには、大学が街の歴史、人びとの生活とともに歩んできたことがわかるよう、文化財も併記しました。
気軽に外出できるようになったら、ぜひマップを片手に散策してください。また、みなさんがお持ちの信大情報も教えていただけると助かります。よろしくお願いいたします。

 
 

 
 

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