【今だから芸術を語ろう】新美 正城(「Give me little more.」店主)

「Give me little more.」店主
新美 正城

 

コンピレーションアルバムで難局を乗り越える!

「Give me little more.」で起きている空気感が伝わる出来に

素晴らしいアーティストがここに集まってきてくれていたんだと実感した

 

松本市にあるオルタナティブスペース&バー「Give me little more.」が、『そこにいる1』『そこにいる2』と題したデジタルコンピレーションアルバムを制作し、6月はじめに同時リリースした。コロナ禍での経営危機の波は「Give me little more.」にもやってきた。このコンピレーションアルバムは、この状況を乗り越えるべく、店主の新美正城自身が打った彼ならではのやり方と言える。松本の音楽家から県外、海外の音楽家まで所縁ある人たちが参加し、2作品に25曲が収録されており、bandcampやstoresで購入できる。
新美は信州大学文学部を経て、女鳥羽川沿いの古いバーの跡地を改装して「Give me little more.」を立ち上げ、独自の視点からインディ音楽を中心とした多彩な文化を発信し続けている。

 
 

既視感のないアルバムを、まずは作品として聴いてほしい

 
 

 
Give me little more.」の公式サイトを開くと、コンピレーションアルバムの紹介が掲載しれています。そしてこちらからもbandcampstoresにアクセスできます。
 
 

――先ずは、コンピレーションアルバムのコンセプトから教えてください。

 

新美 実はコロナの影響で多分に漏れずうちのスペースを継続するのが苦しくなってきたんです。ですからランニングコストをまかなってスペースを維持していくための資金面での支援を募るという名目でリリースさせていただきました。しかし、まずは作品として聴いてもらいたいという気持ちが大きいです。実はコンピの計画自体は去年の始めくらいからあって。松本には素晴らしい、普段ここにも出てもらっているアーティストがいっぱいいます。世界中にも、これまで演奏しに来てくれた素晴らしいアーティストがたくさんいる。「Give me little more.」という現場の空気感が音源として詰め込まれているコンピをつくって、彼らをぜひ紹介したいと思っていたんです。皆さんに頼んで僕が録音させてもらうスタイルで。そのときは一つ一つ録って、1年くらいかけてつくろうと考えていて、去年の春に2、3組録っていたんです。ところがライブの数がめちゃめちゃ増えて、忙しくて、全然動けなくなってしまって。こりゃなかなか出せないなあと思っていたところにコロナですよ。期せずして時間ができてしまった。何かやらなければいけないと思ったときに、全国のライブハウスではライブ配信に舵を切るところが多かったけれど、それだったらうちはコンピかなと眠っていた企画を掘り起こしたわけです。頭に浮かんだ方々に、無償で楽曲提供してくれないかという相談を、かなり暴力的なお願いではあるなと思いつつもしたんですよ。もちろん断ってくれても構わないという文章も添えたんですけど、「オッケー!やるよ」と返事をくれた人が多くてその気持ちだけでだいぶ救われる感じがありました。結果として、2作品で25組が参加してくれています。

 

――ご自身としての手応えはいかがですか?

 
新美 自分がリスナーとして聴いてみても、とてもいい内容になったなと思っています。それと、まず楽曲を提供してくれた人たちからの評判もとてもいいですね。インディポップ、オルタナティブロック、シンセポップ、テクノ、アンビエント、弾き語りのフォークから実験音楽的なものまで、あえてジャンルでくくるならばものすごくいろいろなタイプの音楽が入っているんですよ。でも単なるカオスではなく、そういうジャンル的な垣根にとらわれすぎず、いろいろな音楽が自然に鳴っている普段の「Give me little more.」で起きている空気感がしっかり伝わるものになったと思います。そもそも、このアルバムに集まった楽曲自体がジャンルの定型にはまりにくいものも多くて、それぞれの独特の温度感が融合して、既視感のないものになりました。僕自身は非常に満足しています。

 
 

「Give me little more.」はライブハウスではなく

好奇心が刺激されたり、何かを始めたくなる場所でありたい

 
 

――ところで、「Give me little more.」はスタートからどのくらい経つのですか?

 

新美 この夏がちょうど7年です。

 

――コロナ禍で、もちろん守らなければならないという強い思いはあったでしょうけれど、コンピレーションアルバムを通して逆にこれまでの活動への手応えがあったんじゃないでしょうか?

 
新美 そうですね。一番感じたことは、「Give me little more.」には素晴らしいアーティストたちが集まってきてくれていたんだということです。そのことにもとても感謝しています。
 
――「Give me little more.」は、利用料金の仕組みが一般的なライブハウスとは違うと聞きました。

 
新美 いわゆるノルマ制ではないんです。もちろん箱代はいただきます。けれど、いわゆるブッキング、こちらから誘ったアーティストさん、こういうゲストが来るからこの日に出てくださいとお願いする場合は一切もらっていません。なかなか現実的には難しいことが多いですが、地元アクトにもお客さんをたくさん呼んでくれた場合は戻すという方針なんです。だから経営がきつい(苦笑)。
いわゆるライブハウスだと、チケットノルマという名目でライブハウスへの出演料を払う仕組みなんです。お客さんをたくさん呼べば出演料が少しずつ減るというシステム。集客のリスクを大きく負担するのは店側ではなく、バンドなんです。要するにライブハウスにとってはバンドがお客さん。もちろん一般的なライブハウスはうちとは規模も違うし経費的な面でノルマ制を導入せざるを得ないというのはわかるのですが、自分がライブスペースを始めるときに、ノルマを課さないやり方でどこまでやれるのか、どういった面を削って、逆にどういった面を付け加えれば成り立つのかを実験したいという気持ちが強くありました。そもそものスペースのコンセプトの一つでもあるので、そこは経営が苦しくても妥協しないポイントでもあります。当初はこの形だともって2、3年くらいかなと思っていた節もあったのですが、思っていたよりもそれなりに続けられているくらいには成立しているかなと。ただ、儲かるようなことはまったくないという感じですね。それでもギリギリ成立させていくために、バーも盛り上げて、カレーもつくってきた。でもさすがにコロナはきつかったです。

 
 

 
 

――でもそこに新美さんの生き様を感じる、という気がします。

 
新美 生き様っていうのはよくわからないですが、とりあえず自分的にも気持ちがいいバランスで常にやりたいなとは思っています。コロナ禍において経営難でなんかやらなければいけないと思ったときも、ライブ配信という方向は自分としては合わなかった。淡々とつくる何かをやりたいな、ライブの変えじゃない何かをやりたいなと思ったんです。それがコンピだったわけですが、この作業をしていることによって、邪念がかなり振り払われて助かりました。マスタリングや、アートワーク、配信フォーマットに合わせた準備など思っていたより作業は大変でしたが、これをやることによって精神的な部分が支えられたんです。

 
――このコロナ禍において感じたことを教えてください。

 
新美 世の中いろんなライブハウスがあるわけですけど、いっしょくたにライブハウスという言葉でくくられてしまっていることには違和感がずっとあります。それぞれのキャパシティ、ランニングコスト、大都市なのかそうでないのか、ホールレンタルがメインなのか、自主企画がメインなのか、メインのお客さんが地元なのか、全国なのか、出演者がどういう人なのか、そこで鳴る音楽がどういうタイプのものなのか、全部違うわけですよ。それぞれの置かれてる状況や、抱えている苦しみも違うと思うので、その苦境の乗り越え方や、再開のあり方も違ってくると思います。 

 

――――今後、どんなふうに「Give me little more.」は開いていく考えですか?

 

新美 うちは僕にとっては家賃もそれなりに高いし、払っていくのがヤバいんですけど、いわゆるライブハウスと比べたら正直ランニングコストは全然安いので、ほぼ無収入でも瞬時に潰れるということはないと思います。今考えているのは、いろいろお金をかき集めて一旦それで体力をつけていこうと。僕は実は超悲観的に見ていて最悪2年くらいは限定的な形でしかライブが再開できず、苦境が続くと思っています。うちの事情で言えば、海外のバンドが多く出演していたということもあって、またその光景が戻ってくるのは本当に先のことになるのではないかと思っています。その時点で今までのペースとはガラッと変わるから、元通りには戻らない。その中でどうしていくか。たしかにスペースのアイデンティティの一つとして海外のバンドが多く来る場所というのは重要で、そういう側面で認知してもらっていたりもするとは思うのですが、その一方でオープン以来、地元の面白い人をサポートしたいということをかなり意識してやってきました。今後はそこにフォーカスしつつ、コロナの状況を見ながら県外のゲストを中心にしたライブも再開していくという感じで考えています。

 
 

 
 

――ご自分のバンド、「TANGINGUGUN」でもミニアルバムを出されましたよね?

 

新美 「TANGINGUGUN」の新作は、去年の夏ごろから準備していたもので、リリースは3月の第2週。やっと出せたと思ったらちょうどコロナに対する空気が変わってきた最悪のタイミングだったんですよ。世の中が正直、音楽どころではないという状況で宣伝するにもやりにくい空気で、滑り込みで3月末にリリース後に一回だけライブをやったのですが、お客さんも全然入らなくて。完全にレコ発のタイミングもなくなってしまい、落胆しましたね。サブスクで聞いてもらったりしつつ、うれしい反応ももらえたりはしたんですが。いい作品になっていると思うので、このミニアルバムに関しては、またライブができるようになったら仕切り直して売っていけたらと思っています。ただ、このコロナ禍以後に曲がたくさんできてきているので、また夏のうちに一つ作品つくれたらいいなと思って今、進めていたりしています。

 
 

 
 

――新美さんの思いは伝わりました。新美さんならではのアイデアにも期待しています。

 

新美 苦しい状況ですが、なんとかスペースが存続できるようにしたいです。そのためにライブというものにとらわれすぎないようにもしたいと思っています。そもそもここを始めたときも今もライブハウスとは名乗っていないんですよ。ここに来たら好奇心が刺激されたり、何かを始めたくなる場所というゆるい定義が最初にあって、ライブ以外のイベントもたくさんやっていました。その原点に立ち返るのもいいのかなと思っていますね。

 

――本を出版した人のトークショーとかやっていましたよね。

 

新美 そうでした、そうでした。でも密になるという意味では、ライブもイベントもさほど変わらないじゃないですか。じゃあ、イベントではない形で地元のアーティスト、特に地元のミュージシャンをサポートできる方法はないか考えて、今思っているのは、録音作品づくりをサポートするための場所というアイデアが仮の段階ですけど出てきています。ステイホーム期間中に実際、自宅で録音するいわゆるDTM、宅録などをする人が増えたという状況があるみたいで、実際にコンピにもこの4月以降にホームレコーディングで収録された音源も多いんです。ライブが思ったような形でできないのであれば、むしろレコーディングのサポートなどできることはないか? これは今、補助金の活用なども含めて検討が始まった段階なのではっきりとしたことは言えませんが、その準備を少しすつ始めたところです。

 

――音楽やアーティストへの感謝と、音楽への強い思いを感じられるところがなんともかっこいいですね。

 

新美 お金をなんとかつくるというのもそうですけど、何をやってもすごく厳しいわけですよ。すべてが苦肉の策。その中でもモチベーションの上がることをやらないと、お金よりも先に気持ちが折れてしまう。5月にひたすらカレー弁当屋さんをやっていたときに、カレーをつくるのはもちろん好きですが、カレー屋をやるためにこの物件を借りているわけでもないし、そもそもライブスペース、イベントスペースとしての「Give me little more.」にほとんど還元できないし、体力だけが削られていって、お金にも全然ならなくて、これじゃあここを続けられないなという気持ちでただひたすら落ち込んでいました。この生活をコロナが終わるまでずっとやるのは無理だなと思って、時間ができたことを逆手にとってコンピをつくったんですよ。

 

――つらい状況はありつつも、それこそ本当の姿じゃないかと身につまされます。

 

新美 まあ、それぞれのやり方があると思うんですけど、とにかくモチベーションが上がらないと何もできない性格なので。正直コンピをつくり終えるまで先のことは考えていなかったんですけど、やっと出せたんで、しばらくはペースを緩めつつも、長期戦でやれる、そんなに稼げなくていいんで家賃くらいになる何かを少しずつ増やしていこうと思います。本当に乗り切るという感じなんですけど、気持ちを下げずに、かつ無理くりやるんじゃなくて、かかわってくれた人にも還元できるような形でできる何かを考えます。

 
 

 
 

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