【今だからこそ文化芸術を語ろう】石川利江(「ガレリア表参道」代表)

「ガレリア表参道」代表
石川利江

 

ギャラリーは街中の公園のような役割として重要なもの

扱う商品は不要不急なものかもしれないけれど

美しいものや新奇なものに触れ、驚いたり、豊かな気持ちになったりできる場所

 

長野市の善光寺界隈は多数のギャラリーが集積する地域です。アートやクラフトだけでなく、さまざまなイベントにも利用できる空間もあり、「善光寺表参道ギャラリーライン」というネットワークとしてイベントを企画したり、街づくりにも参画しています。その事務局を務め、ご自身も「ガレリア表参道」を経営し、県内の文化政策にも精通している石川利江さんに、ギャラリーの現状をうかがいました。ゴールデンウィークには例年、駅から善光寺に向かう中央通りは多くの観光客が行き交う姿が見られますが、今年は人出がパッタリと途絶えていました。

 
 

ギャラリーを閉じて一番困っているのはアーティストたち

6月半ばには徐々に開けていくつもり

 
 

——石川さんのギャラリーはどういう状況になっていらっしゃいますか?

 

石川 予定はもちろんずっと入っていたのです。2月前半の展示はDMを発送していたので開催しました。お客さんもそれなりにいらして、前年ほどではないけれど買上もありました。2月は寒さもあってお客さんの動きがにぶいので、後半は例年お休みにしています。

 3月はコロナに関する不安はあったのですが、前半の展覧会は開催し、かなり少ないですが来店もありました。それが4月半ばに権堂で感染者が出たことで、この界隈に急に人が来なくなりました。常連のお客さんからも怖くて行かれないという意見も聞き、ギャラリーを開けている状態ではないなと、展覧会途中でしたが4月15日から休館することにしました。その時点で4月の展示はすべて中止して、作家さんと相談して、5月に予定していた展示を6月の半ばに移しました。現状はそういった感じです。

 
 

 
 

——年内に予定されている展示についても対応をされたのでしょうか。

 

石川 作家の皆さんには一報入れました。予定が変更になるかもしれない、もしかしたらできなくなるかもしれない、と。皆さん状況はわかっているから「しょうがないよね」という対応はしてくれています。仕掛けが大きい、ある程度経費の掛かる展覧会は今年は難しいかなという気がしています。

 
 

昨秋の台風災害の影響がやっと癒えたところだったのに

 
 
——立ち入ったことをうかがいますが、ギャラリーはどんな形態で収入を得ているわけですか?

 

石川 ギャラリー運営には貸しギャラリーと企画ギャラリーがあります。後者は企画をして作家に依頼をするスタイルですが、ガレリア表参道は100パーセント企画でやっています。企画型のギャラリーはいわば委託販売。作家から作品を出していただいて、おおよそ売上の35〜40パーセントをギャラリーに、残りを作家に支払うというシステムです。ギャラリーは展覧会の企画依頼をして、展示の準備やDMの印刷・発送、宣伝費などの経費は持ちますから大きなリスクがあります。

 かつては、最低売上げ金額の設定を条件にする人気のある作家もいましたが、最近はそういう強気の作家はいなくなりましたね。売れなければギャラリーも赤字になってしまいます。作家にとっても展示を見てもらう喜びも大きいけれど、生活が掛かっています。ある意味で展覧会は両方にとって賭けというか、リスキーなところがあるんです。

 
 

 
 
——この周辺はギャラリーがたくさんありますが、どんな状況ですか?

 
石川 やはり閉めているところがほとんどです。中には「売上がゼロになると困るし、展覧会も仕込んであるから、予約制でお客さんが重ならないようにしている」というギャラリーもあります。固定のファンがいる手仕事とか、作家にお客さんが付いているなどの場合は予約制も可能かと思います。

 でもこれから1カ月の非常事態宣言の延長はつらいですね。閉店するところも出てくるのではという心配もあります。もともと大きな利益があるような仕事ではありませんし、稼働しなくても家賃は掛かりますから。開けたら開けたで、光熱費やスタッフの人件費なども掛かる。

 去年の10月の台風で長野市も大きな被害が出て、ギャラリーなどもお客さんが出なくなりました。でも12月、1月になってようやくお客さんが少し戻ってきたというタイミングでこの自粛ですから、正直つらいです。特に4、5月は力を入れた企画を入れる、秋と共にギャラリーには一番いい季節なのですが……。

 
——石川さんのギャラリーは今後どんなタイミングで再開をしていきたいと思っていらっしゃいますか?

 
石川 平常が戻ってくるのは9月くらいからかと思っています。秋にはある程度軌道に乗せていきたいと思いますがどうでしょうか? 3月からほぼ収入ゼロという状態が続いていくわけですから、6月には展覧会を、いろいろな配慮をしながら開催する予定です。

 6月に開催するデザイナーはキャリアも長く、ファンもいて、最近では台湾や上海で人気を得ている方です。染織作家の布やアジアの手織布など、天然素材で東洋の衣としての洋服を提案しています。昨年末には国内の展覧会、台湾と上海での今春開催の展覧会予定があったために、デザインを開始して生地を発注しているのですね。仕入れが終わった段階ですべての展覧会がストップしてしまったので作家さんは大変です。6月は何とか開催したいと思っています。

 
 

Afa + life afa 真砂三千代 初夏の衣展

 
 

 それから夏は、N-ART展を毎年やっています。この企画は私が長くかかわっている作家、小山利枝子さんとナカムラジンさんを企画に迎え、長野県にゆかりのある若手の作家さんを紹介するという趣旨のものです。毎年自分自身も楽しみにしている展示ですので、何か新しい実験的なことをやりたいと思っています。

 
 

 

 

 
 

 ガレリア表参道は、幸い空間も広いので入場者数など管理し、感染対策を工夫すれば密集を避ける環境はつくれます。これからの感染状況によりますが、なんとか開けられるような準備はしていきたいと考えています。

 今こういう状況になって、やはり大変なのは作家たちです。都内をはじめあちこちの展覧会が軒並み中止になっていますから、不安と息詰まり感の中にいると思います。この間に作品でもつくればいいじゃないかと言われるかもしれませんが、何人かからはそんな気分になれないという言葉も出てきました。

 
 

ギャラリストとしてコミュニケーションを大切にしてきた

今からネット販売に力を入れようとはなかなか思えない

 
 

——石川さんはギャラリーの役割をどんなふうに考えていらっしゃいますか

 
石川 ギャラリー運営は作家のことを知らないといけないし、お客さんとの信頼関係がないとできません。モノをつくる人やアーティストの奇妙な部分や偏ったり、アンバランスだったり、社会性に少し欠けたりしていることへの理解と愛がないとできないと思います(笑)。モノ好きなんですね!

 ギャラリーはいわゆる不要不急なものを扱っています。訪れる方にとって美しいものや、新奇なものに触れて、驚いたり、豊かな気持ちになったりする場所でありたいと思います。作品を買っていただくことは、それを持つことで満たされるものがあったり、暮らしに少し贅沢なものを加えたりできる、モノであってモノでないものを扱っていると思います。今はそういう気分にもならないでしょうが、街の中のイメージの公園のような役割として、ギャラリーがあることは重要だと思ってやってきました。

 
 

 
 
——そうですね、日常のなかで、ひと時ホッとできるような時空間でもありますよね。

 
石川 全国的にギャラリーも作家もネット販売にシフトしようとしています。時代の推移だとは思いますが、ギャラリーは実際に足を運んで手に取ってみたり、作家と話したりして、コミュニケーションを通して買っていただく場です。私たちはお客さまとのコミュニケーションを大切にしてきましたので、今からネット販売に力を入れる、経費をかけたいという気持ちにはあまりなれないですね。

 この数年、若い作家を中心に作品のネット販売を始める人が増えました。この流れは止められないと思います。私も本や雑貨を購入するのにアマゾンや楽天を使いますが、でもキモノや絵をネットで買う気にはなれません。そういう考え方はもう古いのかもしれません。30、40代のお客さんは何でもネットで買うでしょう。その方々は作家やギャラリストと会話するというよりは、自分で情報を集めることが楽しいみたいですね。

 国内にある多くギャラリーが成立してきたのは、今の50歳以上の世代が支えてくれたからだと思います。アートやクラフト、ファッションなどのセレクトショップ=ギャラリーでものを選ぶ、美意識やこだわりを暮らしや生き方に反映させるということが、その世代のライフスタイルの一環として定着してきたのだと思います。でもポストコロナの生き方、暮らしは「ニューノーマル」というコンセプトが出てきていますが、いろいろなものがガラッと変わるかもしれないですよね。

 
 

SNSで報量は共有できても、

出会いや会話に飢えている人も多いと思う

 
 

――システムとしてのギャラリーがなくなってしまうのは、一つの文化が消えてしまうことかもしれません。

 

石川 おっしゃる通りです。緊急事態宣言の後、ジャズピアニストの小曽根真さんがfacebookで毎晩自宅のリビングから演奏をライブ公開しています。

 私の場合ギャラリーと事務所を閉めて、公的な会議や打ち合わせも全部なくなって、急に家に籠もる暮らしが始まって精神的に先の見えない不安な、真っ白なトンネルの中にいるような状態でした。大げさですが、毎晩のこのライブの時間が一つの救いでしたね。癒されるものを感じました。

 こういう状況の中、同じ時間に国内外の何千もの人が聞いているのです。もし音楽だけならCDを聞けばいい。でも双方向でいろんな人がコメントを残しているのをチラチラ見ながら聞いていると、時間と感動を共有している心地よさがあるのです。

 

――その感覚はわかります。

 

石川 コミュニケーションすることと感動することが、人間の人間たる一番大事な部分だと思います。今はSNSを通してかつてないくらい情報量は共有できるかもしれないけど、出会いや会話にはすごく飢えていると思います。その上、劇場もホールも美術館も閉じて、私たちは楽しみや感動の場から遠ざけられています。この状況がずっと続くのは、精神的にはかなり良くない影響があると思います。

 劇場やホールはまだ難しいかもしれませんが、美術館・博物館は1時間に10名、20名とか人数を限定するなど、いろいろ工夫すれば開けられる可能性はあるのではないでしょうか?

 今回の緊急事態宣言延長の中で、政府も美術館・博物館などを、感染防止策の条件付きで開ける可能性を示唆していましたね。ここ数年の観光との関連ではない美術館の地域における本質的な在り方などを検討するいい機会かもしれません。関係者の工夫と新しい実験的な試みを期待したいと思います。

 
 

 
 

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