【今だからこそ文化芸術を語ろう】長岡俊平(上田映劇支配人)
映画館に出かけるというのはある種の習慣
予告編を見て、また次に行こうと思っていただける
その断たれた流れを早くつくり直したい
上田映劇は、4月11日に再起動3周年のイベントを行う予定だった。映画『i-新聞記者ドキュメント-』の森達也監督のトーク企画があった。個性派女優・片桐はいりの主演ショートムービー『もぎりさん』の上演とともに、片桐がチケットをもぎってくれる企画があった。『わたしは光をにぎっている』の中川龍太郎監督が来場するはずだった。実は記事を書いている僕もその日は一日中、上田映劇にいるつもりだった。けれど4月8日、新型コロナウィルス感染のリスクを避けるため、長期の休館が発表された。
上田映劇の前身「上田劇場」は、大正6年に開場した芝居小屋だ。昭和に入り映画がプログラムの中心になったことで「上田映画劇場」と名称を変え、上田市の娯楽の発信地として人気を集めた。しかし動員が減り定期上映の継続が難しくなったことで、2011年4月には定期上映を終了、建物の老朽化もあって閉館の危機を迎えた。歴史や今に至る詳細は、上田映劇のサイトに譲るとして、そこからの復活だった。
だからこそ、映画ファンとして、映画監督を夢見た若者として、劇場の管理責任者として、休館は支配人の長岡俊平にとって断腸の思いだったろうことは想像に難くない。しかし今回の状況に下を向くことなく、長岡はすでに前を見ていた。
上田映劇のミッションはまず建物を守り
受け継がれてきた歴史のバトンを次の世代に渡すこと
――長岡さんが支配人になった経緯を教えてください。
長岡 上田映劇は2017年から定期上映を再開したんですけど、2015年からここを残そうと当時の館主だった駒崎勉さん、信州上田フィルムコミッションのマネージャーだった原悟さんらが動いていらっしゃいました。その流れで現在、運営をNPO法人上田映劇が行なっているのですが、理事長を僕の叔父である侍学園の長岡秀貴が務めています。そのころ、僕は東京の大学院生で、そろそろ就活をという時期でした。ゆくゆくは故郷の上田に戻りたいと思ってはいたんですが、ちょうど叔父から声がかかって、面白そうだなと思って帰ってきたんです。
――大学でも映画の勉強をされていたんですよね?
長岡 はい。小さいころからよく映画館に連れていってもらっていたんですよね。その影響もあるのか映画監督になりたくて映画系の大学に入ったんです。しかし研究の方に興味が出て監督論を学んだり、大学院ではジョン・カサヴェテス監督について論文を書いたりしました。そしてミニシアターでアルバイトをしたり、映画に携わる仕事をしたいとは思っていたんです。ただアルバイトをしていたとはいえ、チケットを発券するレジ打ちだとか掃除くらいですから、何もわからない状態でいきなり上田映劇に飛び込んだんです。何をしたらいいのか、何を期待されているのかまったくわからなかったので最初は大変でした。あれ? 入ったころの肩書きはなんだったろう。あまり覚えてないんですけど、いつからか支配人と呼ばれるようにはなりましたね。
――今や堂々たる支配人ですか?
長岡 自分ではわからないですけど(笑)、皆さんに支えられながらなんとかやっています。
――配給会社との関係づくりもゼロからされたんですか?
長岡 そこは、原さんがフィルムコミッション時代からの繋がりもあるので、番組(プログラム)編成とともに前面に出てやってくださっています。そういう意味では支配人業に専念することができました。
――長岡さんは上田映劇はどんなミッションを背負っていると思われますか?
長岡 何よりこの建物を守ることが大前提にはあります。たとえば人の流れをつくっていくのもミッションではあります。でも大事なのは103年続いてきた歴史のバトンを僕らの世代で落とすわけにはいかないということですね。次の世代にこのバトンを受け渡すために何が必要なのか、ここを愛してくれる人たちをどうやって育てていくか、それこそが最大のミッションです。
――昨今の映画館はスクリーンがたくさんありますよね。上田映劇は昔のまま1枚です。そのことによるプログラムのご苦労、あるいは逆に見えてきた面白さはありますか?
長岡 1枚しかないということは、たしかにかけられる作品は少なくなりますが、それがデメリットだとは思っていません。むしろ上田映劇の個性、特徴につながると思っています。
映画は、演劇とは違いすでに完成されているひとつの作品とはいえ、生もので旬があります。この時期にこの作品をかける。この時期だからこそ見てもらいたい作品をかける。時代や人びとの求めるものへの嗅覚の鋭さが問われてきますが、そこがハマると非常に面白いですし、劇場冥利に尽きます。上田映劇オリジナルの「映劇はんこ」の認知度も上がってきていて、お気に入りの作品のはんこを押したいと全国各地からお越しいただけますし、少しずつ個性や特徴が根づいていく感覚があります。もちろんそのほかのミニシアターにもそれぞれ特徴があり、そこに足を運ぶことで得られる作品や出会える人こそがミニシアターを形づくる魅力と言えるかもしれません。
観ていただきたい、素晴らしい作品を用意しているのに
気持ちよく「映画館に来てください」と言えなくなったことがつらい
――3年かけて、再び上田の街に必要な場所になってきたという手応えもあったと思うんです。その中で休館しなければならないことにどんな思いを感じていますか?
長岡 う〜ん、今の時点では何も言えないというのが正直なところです。これまでも災害があって社会に自粛の雰囲気が蔓延することはありましたよね、近いところでは去年の台風もそうでした。しかし今回の状況はこれまでとはまったく違う。ここを開き続けて、お客さんを集めることでウィルスを蔓延させるリスクもゼロではなかったわけです。大きな劇場ではないし、たくさんの人が集まる場所ではない――いや、たくさん集まっていただきたいんですけど――それでもリスクはゼロではありません。これだけ素晴らしい作品を、自分たちが観ていただきたい作品をかけているにもかかわらず、「映画館に来てください」と気持ちよく言えなくなったことは、かなりつらかったです。
――原さんもSNSで発信されていましたが、映画が娯楽、エンターテインメントを超えて、人生の多くを占めたり、ライフラインの一つと考える人もいます。映画に救われた、価値観を変えられたという人もいるでしょう。
長岡 おっしゃる通りです。だからこそ心苦しかった。そういう方がいらっしゃることも知っているし、僕自身もそうですから。その方々に映画を供給できないことに後ろめたさを感じました。今回の休館も理事会で決めましたが、原さんは休館することを最後まで「待ってくれ」とおっしゃってくれました。うちは県内でも一番早く休館を決めたと思います。感染者が上田にも出た日に発表したんです。情報が取りやすい、発信しやすい時代なので、万が一ここから感染者が出たとなれば、こんな小さい劇場はそのあと運営できないだろうという危機感がありました。
――ちょうど3周年イベントに向かっていた時期でしたよね。
長岡 マジかと。森達也さんが来てくださる、片桐はいりさんがモギリをしてくださる、中川龍太郎監督も来てくださる、さあ3周年だ!というところでいきなり道を断たれた思いでした。楽しみにしてくださっていたお客さんもたくさんいらっしゃったでしょう。でも映画を愛する方がここに集まることで、感染のリスクを高めてはいけないという思いがありました。
――映画ファンとしての思い、支配人としての思い、いろいろ複雑だったでしょうね。
長岡 そうですね。僕の中でもそれはせめぎ合っているんです。今も葛藤しています。そして先行きが見えないことで、劇場をいつ開けたらいいのかという迷いもあります。
ミニシアター・エイド基金などへの反応を見ていて
映画を守ろうとする皆さんから希望や勇気をもらった
――映画ファンのみなさんからエールなどは届いていますか?
長岡 SNSを通じてたくさん届いています。驚いたのは全国のミニシアターを応援する「ミニシアター・エイド基金」にすごい金額が集まっているんです。クラウドファンディングは3日ほどで1億円になりました。その金額を見ただけで希望が湧いてきたんです。これだけ映画館のことを気にしてくださっている方、守ろうとしてくださっている方が全国各地にいらっしゃるんだと勇気をいただきました。映画への動員が伸び悩んでいる日本ですが、まだまだ映画もやっていかれるという思いになりました。
――ミニシアターの皆さんとは横の連絡は取り合っていらっしゃるんですか?
長岡 ミニシアター・エイド基金を立ち上げた深田晃司監督、濱口竜介監督、そこに繋いでくださった「popcorn」(誰もが映画の上映会を開催できるというサービス)の方とは連絡をいただいています。大阪でもミニシアターが集まって応援Tシャツをつくったりしていますよね。そういう地域ごとの動きも面白いかもしれませんね。
――上田映劇でも独自の取り組みを始めましたね。
長岡 はい。グッズ製作に関してはずっと思いはあったんです。でも通常営業をしているとなかなか考える時間も取れなくて。休館が決まったタイミングでネット販売してみようということになり、「映劇はんこ」の“枠”を使ったTシャツ、トートバックをつくりました。デザインは、当館のボランティアスタッフ「もぎりのやぎちゃん」がデザインしてくれました。このフィルムをイメージした枠には何も書いてないんですが、これらを購入いただき、開館したときにご持参いただいて好きな「映画はんこ」を押してもらえたらいいなあと思っています。
それから、特別会員募集の告知に力を入れています。年間3万円のゴールド会員になっていただくと、1年間、映画を見放題になっています。シルバー会員は年間1万円でいつでも1,000円でご覧いただけます。どちらも映劇の座席にお名前を記載する『シートオーナー』、専用映劇手帳の特典があります。休館後、全国から特別会員に5、6名の方が応募してくださいました。そういうふうにウチ独自のやり方で支援を集めたりもしていて、それがちょっとずつ頑張ってくださいという声になって届いているんです。
今は特別会員への応募とグッズの購入、ミニシアター・エイド基金への支援金、「#SaveTheCinema『ミニシアターを救え!』プロジェクト」に署名していただくことがウチの支援につながります。
――この社会状況は、誰かがコントロールできる問題ではありませんが、再開のイメージはどんなふうに考えていらっしゃいますか?
長岡 僕自身は新型コロナウィルスについてはそう簡単には終息するとは思えないので――もちろんしてほしいんですが――どこかのタイミングで再開して、規模は小さくても粛々と上映をしていきたいとは思っています。映画を観る、映画館に出かけるというのは習慣だと思うんです。そこで見た予告編によって、また次も行こうとなるじゃないですか。習慣を積み重ねていく機会が断たれてしまっているので、できるだけ早くこの流れをもう一度つくりたいですね。感染を防ぐための方策も整えながら、ちょっとずつ、ちょっとずつ。
――プログラムはイメージされていらっしゃいますか。
長岡 緊急事態宣言は5月6日までですが、解けるにしても続くにしても、その次の日から映画上映を再開するとはならないんです。それなりに配給会社さんと準備をしなければいけません。その配給会社さんも、ほとんど収入がない状態ですから大変だと思います。基本的には映画を上映してもらうことで買い取りなり折半なりした収入が入るというシステムなので、映画館と同じくらい切羽つまっているかもしれません。大きな会社はそれなりの蓄えもあるかもしれませんが、ウチみたいに小さな映画館が取引させていただいている小さな配給会社はつらい思いをしているでしょう。そういうところのためにも早く開けたいんです。さらに映画をつくるクリエイターの方々さんも苦しい状況だと思います。映画館はお客さんと直接つながれる場所ですから、目について支援・応援の輪が広がりやすい。でも関連する方々にも早くその流れができるように願っています。上田映劇もそのお手伝いをしたいと思います。
――再開を心待ちにする皆さんにメッセージをお願いします。
長岡 不安はたくさんありますが、必ず戻ってきます。しっかり映画を届けられる体制を講じますので待っていてください。だから一緒に今しばらく感染が広がらないように我慢をしましょう。そうそう、今お話をしているこの空間はずっと物置だったんですけど、春からコーヒーショップになる予定だったんですよ。美味しいコーヒーも楽しみにしてください。