[聞く/entre+voir #022]二瓶野枝(Contemporary Dance Company Nect 松本)

Contemporary Dance Company Nect 松本
二瓶野枝さん

 

『COSMOS』を第一歩に、もともと長野で踊っている皆さんと

引っ越してきた人たちが力を合わせるきっかけが作れればうれしい

 

長野県はバレエやヒップホップは盛んなのに、どうもコンテンポラリーダンスが今ひとつ盛り上がらないと言われている。「コンテンポラリー=現代の、今風の」という意味だが、どんなダンスが「コンテンポラリー」かと聞かれれば答えに窮してしまう。ヒップホップに飽き足らなくなったり、バレエのルールからの解放を求めたり、あるいはテーマ性などを強く打ち出した現代舞踊(これがコンテンポラリーとは違うからややこしい)から移行したり、出会いはさまざま。舞踏と行き来する人もいる。語弊を恐れずに言えば、要は何でもありとも言える。とにかく個性あふれる身体を認め、そこから生み出される動きを面白がるところから始まるのだ。
盛り上がっていないとは言いつつ、ベテランの山田せつ子、NHK教育の「ワニバレエ」で話題を呼んだ白井剛、国内外で活躍する島地保武、信州大学で教鞭をとる北村明子というこのジャンルのビッグネームで長野県と縁のある面々も少なくない。まつもと市民芸術館、サントミューゼ 、茅野市民館などでも旬のダンサーの公演が行われてきた。
そして、どういうわけかここ最近、長野県にコンテンポラリーダンスで活躍しているダンサーが移住してきている。その一人、東京でNECTというカンパニーを率いる二瓶野枝が、コンテンポラリーダンスの種まきをしようと立ち上がった。

 

 

 二瓶さんが松本にやって来たのは、2015年のことだった。当初は、東京と松本を行ったり来たりしていたが、2017年に定住を決める。

 

二瓶 最初は、信州大学にダンサー・振付家の北村明子さんが長くいらっしゃるし、文化都市と言われているほどだから、そこそこコンテンポラリーダンスの環境があるのかなと思ったんですけど、そうでもなかったんですよね。もちろんコンテンポラリーダンスは地方はどこでも同じような状況ですけど、私の出身である福島ではバレエ教室とのつながりがあって、求められてワークショップをやったり作品をつくったりもしたんです。松本はバレエ団も多いけど、私が知らないだけかもしれないんですが、そういう強い横のつながりもなさそう。

 

 

 二瓶さんは、3歳のころから福島の地元でクラシックバレエを始め、楽しかったし、当然その道に進んでいくものだと思っていたという。ところが中学時代に全国から精鋭が集まるようなコンクールで現実を突きつけられる。

 

二瓶 プリンシパルになるような人の骨格とか、顔の小ささや手足の長さとか明らかに違うわけですよ。もう舞台に出てきた瞬間の華やかさが違う。クラシックバレエでやっていくのはかなり厳しいのではと気づくんです。でも私が教わっていた先生は創作舞踊もやっていて、『モダンダンス部門もあるからやってみない? あなたは表現力があるからいいと思うんだ』と言っていただいて、そこでクラシックバレエではない踊りと初めて出会うんです。それも楽しかったんですけど、福島ではその先がまだ見えなかったんですね。

 

 気持ちを切り替えて高校受験に打ち込んだ。ところが高校に通い始めても、踊ることへの思いは埋められず悶々とした日々を過ごす。踊ることと同様に打ち込めることは見つからず体調も崩してしまう。そんな時に、お母様が講演会を聞きに行って、お茶の水女子大学に舞踊教育学コースがあるのを見つけてくれた。人間の身体活動や表現について実践を通しながら多角的・総合的にその意義と特性を追求する学部だった。

 

二瓶 それを聞いた瞬間に、大学で舞踊が学べるのならとすぐに決めたんです。久しぶりにテンションが上がった。二次試験でダンスがあったのがうれしかったんです、試験のために練習できるから。先生にお願いして体育館の片隅で創作ダンスを一人でやっていました。今思い返すと恥ずかしいんですけど(笑)、その時間が私にとって大事だったんです。

 

 それからもフリーのダンサーとして活動しながら、大学の教務補佐、幼児教育の専門学校での講師などで生計を立てる。そんな状況だから紆余曲折あったものの、2013年にContemporary Dance Company「Nect」を立ち上げる。

 

二瓶 20代中ごろから東京でコンテンポラリーのクラスを持たせていただいていたんですけど、そのうち生徒さんも固定してきたんです。踊れる子たちがそろっていて、これからダンサーとしてバリバリやっていきたいと思った時に、力を発揮できるのが発表会くらいしかなかったんですよ。その時にスタジオの社長から『バレエやヒップホップとはジャンルの違うトリプルビルをやりたいから作品を出して』と言われて40分の作品を作ったんです。それで火がついて。カンパニーを作らなくても踊ることはできるけど、ダンサーがダンサーとしているためにどんなことができるのか、自分が思い描いているダンスを作る、そして作品を積み上げていけるダンサーと作るという条件を考えるとやっぱりカンパニーが良かった。今は、オーディションを経たメンバーが中心になっています。

 

 

 

 NECTの公式サイトには、こんなコメントが掲載されている。

 

『踊りを通して、感じること、学ぶこと、考えることは限りなく、そしてそれらには無限大の可能性が秘めています。
さらに、他者と向き合うことで、それは確実に広がり、自分自身と向き合うことに 繋がると感じています。カンパニーメンバーと同じ目的を持ち、自分の身体や心、そして他者と向き 合う時間と空間を持 ち、沢山のことに挑戦していきたいと思いカンパニー設立を決めました。
人、心、身体、空間、時間 … 全ての繋がりを大切に、という意味でカンパニー名を (con) “Nect” としました。』

 

 Nectとしては年に2、3のペースでダンス作品を上演してきた。そして2017年に二瓶さんは松本にやってきた。ダンススタジオではなく、公民館で教室を始める。同じように他所から松本に引っ越して、「にちカラ(にちようカラダのワークショップ)」を開催しているダンサーの矢萩美里、分藤香と出会う。彼女たちも同じような悩みを抱えていた。信州大学の北村ゼミの企画にも参加し、教育委員会にも足を運び、「ダンスtoコラボ」という企画を行うなどコツコツとさまざまな出会いを紡いできた。そしてNECT松本の立ち上げを決意し、第一回公演を行う。それが『COSMOS』だ。

 
 

ダンサーにありがちな共通言語が通じないからこそ

新しい発見、新しい発想があった

 
 

 

――公演は2部構成で、1部はプロのオムニバスです。イスラエルのマリア・コング(MARIA KONG)に所属し、長野市に移り住んだ井田亜彩実さん。カナダのダンスカンパニーで活躍していて塩尻市に本当に引っ越してきたばかりの重野ひかりさん。そして遠藤樹里さん、内藤治水さん、二瓶さんのNECT東京のメンバー。

 

二瓶 井田さんと重野さんはソロです。井田さんは突出したキャラクターで、虫みたいな動きをするんですよ。重野さんはコンクールで賞を取ったテクニックもテーマも美しさを感じさせる作品です。それぞれ『MOTH―蛾―』『つむぐ』という過去に上演した作品を用意してきてくださいます。遠藤と内藤と私は3人の『おんなのさが』は私が振り付けした、まさに女のサガを描いた作品です。だから3本ともテーマはバラバラです。

 

――2部は松本のメンバーを主軸にした作品です。クリエイションしていていかがですか?

 

二瓶 東京でやっていた時は、ダンサーとしての身体ができていて、私が考えた振り付けを渡せばそれぞれが振りを解釈するというところにすっと行ける人たちとクリエイションしていた。松本ではそもそも振りを覚える、どこからどう動くかから始まる。そりゃそうですよ、ダンサーじゃないんだから。ただね、テーマ性を持って制作しているんですけど、ディスカッションになるといろいろな意見が出るんです。踊り、最終的には身体を媒体にした表現になるわけですが、それぞれがどんなことを考えているのかコミュニケートするのは一緒なんだなという発見があった。逆にダンサーには変な常識があって。「こう」きたら「ああ」みたいなツーカーな部分があるんですけど、それがないんですよ。共通言語がないからこそ、発想も新しいものが出てくるんです。そういう意味では、改めて伝えることの難しさを学んだし、新たな発見もありました。それぞれが違う職業なので、作品に関してさまざまな解釈が聞けるのも面白い。

 

――お子さんのダンサーも出演されるんですよね。

 

二瓶 美里さんと分藤さんがやられている「にちカラ」の子供たちなんですよ。公演を考えていたころ、お二人もコンテンポラリークラスをやるかやらないか悩んでいて、『もし出てみたい子たちがいるんだったら声をかけたいんだ』と提案してくださった。私は子供に振り付けしたことがなかったので想像がつかなかったんですけど、ここまできたらいいんじゃないかと。初めてのことばかりだし、本当に興味を持ってくれるんだったらやろうって。それがいざやってみたら面白いんですよ。「こんなことできる?」ってやってもらうとうわーっ動きのアイデアが出てくる。「じゃあ、こんなことはできる?」「今度はさっきのと今のを続けて踊ってみようか」というような作り方をしています。子供たちは自由で元気です。その魅力を失わずに作っていこうと思っています。

 

 

――『COSMOS』はどんなイメージで作られているんですか?

 

二瓶 『COSMOS』は秩序、整理されたなどの意味。お花のコスモスだと純粋さ、真っ直ぐさという意味があります。実は児童文学の『モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語』から着想を得た作品です。社会で生きていると一人ではなくて、大人の世界はどんどん秩序みたいなものが生まれては消え、生まれては消え、それがどんどん整えられていつの間にか当たり前の社会になって、わからないことがたくさんあってもわからないと言えないような雰囲気になっている。確かに秩序は生きていく上で必要なものだけれど、そのバランスを失うと危ういよと。でも現代社会はそのバランスが失われている。『モモ』だとそれが時間泥棒に関係しているんですけど、そもそも時間って何? 自分や世の中が決めていることに過ぎないものじゃないですか。そういったところから広がって、秩序にたどり着いているという感じですね。子供も出演するので子供の無邪気で純粋なところと、凝り固まった大人との違いが出たらいいなと思っています。

 

――この『COSMOS』の後に目指すものはどんなことですか?

 

二瓶 ダンサーって同じ方向を向くのに時間がかかるんですよ(笑)。そもそもダンサーとして経験を積まれた方は自分で作品が作りたい、創作の過程を重視したいという人たちだから、現状はリーダーがいっぱい集まっている状態なんです。つまりザ・ダンサー、踊ってくれる人たちがいないんですよ。でも引っ越してきてダンスをやりたいという人は自分でできる人。そうじゃなければ地方に拠点を移すのって勇気がいるんですよ。そういう意味では、多様なダンスが見られる環境の方が先にできるかもしれない。それこそ、まずはこれを第一歩にしないと、と思いますね。きっとやってから見えてくることもあるでしょうから。コンテンポラリーダンスの環境をどうしたいとか言っても、一人じゃ無理じゃないですか。もともと長野で踊りをやっていた人たちが力を合わせるきっかけになればいいなあと思うんです。

 

 長野県関連では、ほかにもサイトウ・キネン・フェスティバル松本のオペラ『ファウストの劫罰』で踊った長野市出身のキム・ミヤ、GRINDER-MANの伊豆牧子、撫肩GUYDANCEを率いる小笠原大輔、勅使川原三郎のもとで学んだ鰐川枝里、英国で子ども・高齢者・障害者など幅広い層の人びとを主な対象にしたコミュニティダンスを学んだ鈴木彩華などなどが活躍している。今アート方面で注目のアオイ・ヤマダも松本市出身だ。ダンスの制作を経験した20代の男性も帰ってきた。
 そして『COSMOS』と同じ日程で、上田市街中演劇祭では山田せつ子&犀の角ダンス班「かんちがい」が『そして なるほど ここにいる』を上演する。こちらも地域のダンサーではない表現者たちとのコラボ作品。それもコンテンポラリーダンスの懐の深さ。2019年11月23日・24日が長野県のコンテンポラリーダンスのこれからの、何かの予兆になったら面白い。

 


 

二瓶野枝 Noe Nihei
振付家/ダンサー/Dance Company Nect主宰
3歳より地元福島の竹内ひとみバレエアートスクールでクラシックバレエを始め、
お茶の水女子大学舞踊教育学コースにて理論・実技ともに舞踊を学ぶ。
在学時より国内外数々の舞台に立ち、全国舞踊コンクールにて受賞歴多数。
振付指導も行い、多くの作品やコンクール受賞者を輩出し、後進の指導にも力を入れている。
2013年と2015年に文化庁育成プロジェクトにて新進舞踊家に選出される。
2014年には文化庁新進芸術家海外研修員としてドイツ、フォーサイスカンパニーで研修。
2016、2017年に主宰するNectが杉並区文化芸術助成事業に採択される。
また、大学や専門学校、幼稚園教諭講習などで講師を務め、
身体表現の重要性を伝える教育活動にも力を注いでいる。

 
 

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