[聞く/entre+voir #021]前田斜め(野外人形劇団のらぼう)
前田斜め
松本市で、異色の劇団が旗揚げした。その名も、のらぼう。「のらぼう」は遊び人、無職の人という意味だ。彼らの何が異色かと言えば、この劇団、野外人形劇団を謳っている。そして全長3メートルの人形が看板俳優でもある。旗揚げの中心人物、前田斜めを見ていると、そんな“異色の思い”もなんだかしっくりくる。変わった髪型、鋭い眼光、爆発力を秘めたハリのある声にバネのような身体。暗黒舞踏の土方巽を連想させる少女姿の可愛らしさ、いや狂気。世の中を斜め上から笑い飛ばすような公道での芝居。芝居の最中に適当な番号に電話をして巻き込む破天荒さ。そして何よりその実現力。かつてアングラ劇団に一人はいた、客席に飛び込んできたら思わず逃げ出したくなる去勢されていないキ印俳優を彷彿とさせてくれて、僕はとてもゾクゾクする。最近はとんとお目にかかれなくなった絶滅危惧種。だから、のらぼうの誕生もワクワクしてたまらない。
人形劇というのは、人形を作りながら芝居もできる、芝居の研究もできる。
振り幅、伸び代が膨大にあると思ったんです。
9月上旬のある日、人形制作真っただ中のmarsmoo STUDIO[マーズモー・スタジオ]に伺った。ステージ、カフェ、古道具屋、デザイン事務所などが入った素敵な空間だ。前田の居住空間とのらぼうのアトリエがあり、巨大人形が鎮座していた。前田と成田明加、白鳥達也、水野安実、4人の旗揚げメンバーが集まってくれた。劇団のこと、10月の旗揚げ公演 夜の短い物語『帰り道』のことを聞いた。なのに初日に原稿が間に合わなくて、ごめんね。
それはともかく、前田斜めへの僕の妄想はすぐに一蹴される。前田斜めはいい人だった。しっかりした人だった。
僕が一方的に思いを伝えると、開口一番「見ていただいた作品だったり、イメージされている俳優像ではないことが心苦しいです」と申し訳なさそうに苦笑した。素敵な人だ。だからこそスイッチの入ったときの振り幅に驚く。面白い奴であることには変わりがない。
「僕自身は怪優を見たことがないし、そういう匂いを知ってこうなったわけでもないんです。だから憧れとか、受け継ぐという感覚もまったくない。僕の原体験は、小学生のときに友達と遊んだときの記憶。その感動を再現したいんです。僕にとって演劇はメディアの一つ、役者としての僕もメディアの一つ」
前田は鹿児島に生まれ育ち、北海道の大学でメディアデザインを学び、表現の可能性を求めて松本に流れ着いた。
「メディアデザインは伝え方を考える学科で、映画研究会で映画を撮ったり見たりしていました。それまで僕には映画しか表現方法がなかったんですけど、演劇とか小説、絵などを提案されて、大学の3、4年に演劇も観始めたんです。テント芝居を初めて観たのが劇団どぐんご。それが圧倒的に面白くて。映画よりも面白かったので、映画を作る必要がなくなって、そのまま劇団員になっちゃいましたね。だから僕の表現のほとんどはどぐんごから教わったこと。惹かれたのは、まず美しかったことと、表現者の生き様を目の当たりにしたという感じでした。ほかのことはせず、生活のサイクルは芝居を軸に組み立てられている。やっていることも面白かったけど、その態度に感銘したんです。単に旅するというよりは、地域の人びとの絆を結び、とても大切にしている。今自分たちが旗揚げしてみると、やり方は真似しようとしてもできないけれど、汲み取っている部分はありますね」
劇団どぐんごは、旅するテント劇団を標榜し、1作品で全国10数カ所をめぐる鹿児島の劇団だ。10年ほど前に松本にも来ていたころ、僕も観た。しばらく松本公演はなかったが、前田が今は窓口になっている。このところ野外劇など旅する劇団が松本にやってくるのは前田の存在が大きい。
最近では、イオンモールがオープンしたころから松本駅前で9月に上演する『AEOSO』、松本市内の飲食店で歌とギター&語りの「流し芝居」、浪曲なんかもやっている前田。彼の芝居はどこか一人遊び的なのに、セリフはポエティックで美しく、演技は熱量と狂気が宿っている。時にリカちゃんや恐竜の人形、フォークなんかとも共演を果たす。バラバラ要素なのに前田斜めの肉体を通すと、唯一無二の、大衆向けの表現になるから面白い。
とある映像コンテストに応募していた『僕は風になって君の家に入り込むから窓は開けておいてくれ。もし開いていなかったら上空で待機して君が家から出てきた瞬間に吹くよ。』が実は最初の前田斜めとの出会いかもしれない。僕は審査員だった。大好きな作品だった。
前田の芝居は、もちろん室内でも行われるが、野外へのこだわりが強い。「路上は俺のホーム」と言わんばかりに。
「偶然性を大事にしているんです。雑誌でも新聞でもそうですけど、読みたい記事の横に偶然あったものに惹かれることってあるじゃないですか。それを街に置くイメージです。僕の作品はその場所のために作る。あがたの森が会場ならあがたの森にフィットするように作っていて、それをよそに運んでやるということは考えないんです。松本駅前でやっている芝居も駅前用に作っている。だから不便なんです(笑)。それもあって流しの芝居を、飲食店という縛りはあありつつも、やってみたりもしました」
そんな前田の思いに賛同したのが、桐朋学園大学で演劇を学び、黒テントの元劇団員が旗揚げしたウンプテンプカンパニーに参加したことで、テント芝居に惹かれたという、のらぼうの代表・成田明加(前田が作・演出をやっているので、代表までやって独裁になってはいけないからと引き受けたとか)。彼女も縁あって松本にやってきた一人だ。
「そもそも斜めくんはどこでも劇場にしてしまう。周囲の環境すらも舞台美術にしてしまう。ウンプテンプの先輩はテント芝居を経て新たに劇場で活動する劇団を旗揚げされたわけですが、昔の話を聞く中で、私の中でこれこそが演劇だってグサグサ刺さったんです。人と人が出会う瞬間を目の当たりにしたような気持ちになって。そんなころ松本で斜めくんの芝居を見たら、すごい元気をもらえたんですよ。斜めくんがテント芝居をやりといというので意気投合しました」
ほかに、松本のライブハウス界の“アングラアイドル”で、キャラクターを演じ分けることでざまざまな歌をうたう水野安実。前田とも共演経験を持つ。伊那出身で、京都で劇作・演出家あごうさとし、振付家きたまりなどの芝居に出演、今はまつもと市民芸術館の「まつもと演劇工場 NEXT」第2期生でもある俳優・白鳥達也。40代でほかのメンバーの兄貴的存在。のらぼうは、この4名と人形1体でスタートを切る。
ところで、のらぼうではどんなことがやりたいのか? 野外人形劇団を旗揚げしようと思った理由はなんだったのか?
「最初は普通の劇団にしようかと考えたんですけど、それだと僕の中で方法論が縛られてしまう。僕がどぐんごで学んだスタイルしかできないというのがつまらなっかたんです。人形劇というのは、人形を作りながら芝居もできる、芝居の研究もできる。振り幅、伸び代が膨大にあると思ったんです。この老人の人形はサミュエルという名前です。巨大人形を作るのは大変ですけど、もう一体、おばあさんバージョンを作ったら面白いと思っています。サイズは大きくないかもしれないけど、人形はこれからもどんどん増えていきます」
その旗揚げ公演として、あがたの森公園で『帰り道』という芝居を上演する。
「大きな人形を使った30分ほどの内容です。水野安実が歌っている曲に同タイトルのものがあって、その曲からイメージして何か作れないかというところが出発点。毎日曲を聴き続けて作りました。人形だったら何ができるかを考えて、それを点と点で結んでいくように考えたんですよ。帽子が取れるとか、釣りができるとか、その点と点を後からつないで芝居を作ったんです、だから脚本から立ち上げたわけではなくて。それをやってみたかった」
来年の秋には、テント公演を実現したいんです
呼びたい芝居やダンス、音楽などができるテント劇場を開きたいから
そして来年の秋には、テント公演を実現したいという。唐組の赤、黒テントの黒、新宿梁山泊の紫、唐ゼミの青などがあるが、のらぼうは……
「黄色ってないですよね? テント作るんです。だからちょっとでも投げ銭で稼いでいきたい。天幕のないテント芝居になってしまうかもしれないですけど、あらゆるものを手に入れてまずはやってみて、いろいろ確認しようと思います。テントを運んでよその街でやるということよりは、そのテントで僕たちが公演しながら、呼びたい芝居やダンス、音楽などができるテント劇場を開きたいんです。僕も外で見たいし、見たい人や作品もある。そういう機会を作れそうな気がしているんです」
ぜひテント芝居フェスティバルが観てみたい。テントや野外劇をやっている劇団が、夏から秋に松本にやってくるとしたら痛快ではないか。と、一応伝えてみた。
前田斜めの野望はでっかい。有名になりたい、お金持ちになりたい、そんなありがちで、チンケな夢じゃないからこそ、前田のもとにいろんな人が集まってくるのかもしれない。前田の周りは常に非日常だ。
日程|10月1日(火)〜14日(月)
会場|あがたの森公園(正面入り口並木通り)
出演|前田斜め 成田明加 白鳥達也
企画構成|前田斜め
主題曲|「帰り道」水野安実と5レモネーズ
開演時間|毎晩20時(内容30分ほど)
料金|投げ銭制