[聞く/entre+voir #012]杉原 信幸さん(原始感覚美術祭アートディレクター)〜大町が芸術の街になる③

原始感覚美術祭アートディレクター 杉原信幸さん

 
 

原始感覚という「いかに今を生きるか」をコンセプトに

木崎湖湖畔の自然や文化、人と出会って作品を生み出す

 

北アルプス国際芸術祭は、きっと大町の中にいくつか起きている市民活動の上に成り立っていると言っても過言ではないだろう。そういう土壌をつくった重要なキーマンの一人が、「信濃の国 原始感覚美術祭」を主宰する杉原信幸さんだ。とはいえ、この原始感覚美術祭、いわゆる現代美術のフェスティバルとはちょっと違う。木崎湖湖畔に点在する作品たちは、土や木、水といった要素や生の根源を感じさせる作品ばかりで、自然の中ばかりでなく、民家や空き家など展示空間も多岐にわたる。なぜそんなユニークな祭典を始めたのか、から話を始めた。
 

人と自然との教会にある作品に興味を持った
 

 

◉まず根本のところを聞かせてください。原始感覚美術祭はどんな想いでスタートされたのでしょうか。

杉 原 もともとうちの祖父が木崎湖に家を建て、若い人たちが合宿できるような環境を作っていたんです。僕も小さいころ東京に住んでいましたが、よく遊びに来ていました。その後すごくきれいで素敵な場所だからと、父が西丸震哉記念館を建てたんです。だったらそこを拠点に、湖に作家を招いて滞在制作ができるといいなぁと。西丸さんが原始感覚をキーワードにパプア・ニューギニアなど秘境探検をしながら蒐集をされていたことだったり、僕自身も縄文などの遺跡が好きでそこからインスピレーションを得て作品をつくっていたので、コンセプトとしてはぴったりだと感じて始めたんです。

 

◉縄文に興味があったというのは?
 
杉 原 ドイツに留学する機会があって、帰国してから日本のことをもっと知りたいと思うようになって、沖縄の離島などを寝袋だけ持って2カ月くらい旅したんです。シャーマンの巫女さんがお祈りをする御嶽(うたき)という場所があって、それは森の空き地に珊瑚石がぽんと置いてあるだけなんですけど、すごく美しい。そういう場所に出会ったことで、人と自然との境界にある作品にすごく興味が出てきたんです。秋田や青森など東北のストーンサークル、大湯環状列石などもすごく面白い。古代の人が生と死にまつわるものをつくってきた場所などもそうですね。

 

◉そういったものに惹かれた感覚が原始感覚美術祭に通じているわけですね?

杉 原 そうです。原始感覚美術祭には脳科学者の茂木健一郎さんを毎年お呼びしていて、その関係で哲学者の方が来てくださり「原始感覚とは?」という対話を重ねているんです。そんな中から見えてきたこととして、原始感覚は太古にあったものというだけではなく、今この瞬間のものなんだと。要するに原始時代に生きた人もその時代の今この瞬間を生きていた。縄文時代は米のように備蓄できるものもなかったし、採れたものをみんなで分け合って生活をしていた。弥生時代になると、貯蓄ができるようになって貧富の差が生まれ、国という概念が生まれていく。そういう意味で、どれだけ今を生きられるかという、現代のわれわれにとっても一番切実な問題につながっていると思うんです。原始感覚美術祭のコンセプトは、木崎湖を中心とした美しい場所に、そういう感覚があるアーティストを呼んでくることで、その場所を感じて、人や文化や風土と出会って生まれたものをつくる、ということなんです。

 
◉この美術祭は杉原さん当初はおひとりで立ち上げたわけですよね。そのパワーであり、切実さこそがすごいなぁと思います。

杉 原 2010年が初年度でした。そのときは湖畔の原始感覚美術展という名前で、祭りではありませんでした。父が西丸震哉記念館の館長だったので、父と僕と、手弁当で集まってくれた仲間たちとでスタートしたんです。最初は何にもノウハウがないので大変でした。でもやるからにはできうる最大のことをやろうとお世話になっている方に声をかけまくったんです。それこそ、もう手に余るようなこともやりました。そうしたら農家の友人たちが滞在制作している作家の受け入れを面白がってくれて、これなら続けられるかもしれないと思ったんです。そして2年目は仲間たちが一緒にやるよと言ってくれたことで、実行委員会制にして祭りになっていった。それを積み重ねていく中で、継続参加している人もいれば、事情で抜けた人もいるし、また新しく入ってくる人もいる。いずれにしても、いろんな人がかかわってくださっているおかげで成り立っています。

 

アサヒ・アート・フェスティバルに参加したのを機に地域のアートを考えた
 

◉改めてアーティストのセレクトについて詳しく教えてください。

杉 原 初年度は僕が実際に作品を見て、原始感覚があると思う作家だけを招いていました。それからは、その作家さんが推薦する作家さんにも声をかけてという感じで広がっていき、2013年からは公募を始めたんです。また英語のホームページもつくって“プリミティブセンス”と発信したら海外からも反応があった。原始感覚ってマイノリティな言葉かもしれませんが、世界に発信すれば引っかかる作家もいて、国際的なネットワークがつくることができたのは面白いですね。
 大きかったのは、僕はもともと縄文文化だけではなく民俗学やお祭りもすごく好きで、旅すること自体が自分の制作のインスピレーションになっていたんです。アサヒ・アート・フェスティバルというプロジェクトに参加していたんですが、全国の60団体くらいのアートプロジェクトが一同に会したネットワーク会議があって、すごく可能性が開かれた部分がありました。大町だけでやっていた活動がだんだん外の団体と触れ合うことでさらに広がっていったんです。つまりいろんな地域にも共感できるアートプロジェクト、縄文や原始的なものにシンパシーを感じる団体もあるわけです。「旅する原始感覚」というプロジェクトを立ち上げて、そこに僕が訪ねて作品をつくったり、逆に大町に来て何かやってもらうという交流が始まりました。それは中央のアートの世界のヒエラルキー、マーケットの世界とはまったく違う、地域で本当に困っている課題に対してアートを通して向き合おうというもので、そのネットワークは僕にとってすごく価値があり、面白いんですね。
 

 

北アルプス国際芸術祭参加作家として、地元の方々に対して真剣に応えたい
 

◉市民の方の活動の上に北アルプス国際芸術祭があると言ってみたものの、そうしたフェスティバルが行われることに関してはどんな思いがありますか?

杉 原 ある大きな経済的な力も働いて、その中心として芸術祭が行われるわけですが、立ち上げの準備は僕らも一緒になってやっています。原始感覚美術祭も一つの呼び水になったと思うし、北川フラムさんも面白がってくださっている。芸術祭が実現する経過も見ていますが、やっぱり行政としてもまったく初めての試みなので簡単にうまく回らないところはある。でもそれはしょうがないと思うんですよ。たぶん「大地の芸術祭」も「瀬戸内国際芸術祭」も積み重ねてくことで、周りの人が面白いことが起こって何か変化が生まれたということに気づき、ようやくコミットするようになっていっていると思う。瀬戸内には僕も参加させてもらいましたが、本当にそれを楽しみにしている人がいる。芸術祭の担当でもない行政の方が、毎朝出勤前に船の見送りをしている。大町でもそういう運動になり得る可能性は持っていると思いますね。かといって、もちろんアートに巨額の予算を割くというのは普通の感覚ではないから、反対運動が起きるのも仕方がないことだと僕は思います。
 
◉大きなお金をかけることをどう理解していただくかの難しさがあると思うんですよ。でも住んでいる町が何か変わろうとしている、そのことについてはどう感じますか?

杉 原 僕は作家として参加するので、何が起こるかよくわからないという地元の方々に対して本当に真剣に応えるしかないと思っています。その土地でしか生まれないものをつくり出して、何かを伝えられるかどうかにかかっている。海外から招待作家も来ますけど、大町でしかできない創造を真摯にやって本当に面白いものを生み出してもらって、その結果として地域の人やお客さんがそこでしか得られない体験をして、またこの地に足を運ぶ、地元の人も今まで見えてなかった大町の姿が見えてきたり、そういうことが起こったときに初めて何かが変わっていくと思うんです。そのことを突きつけられるというか、これからの何カ月をどれだけ集中した時間が過ごせるかにかかってるだろうなぁと思います。できた作品が語るものがすべてなので。
 
◉杉原さんはどんな作品をつくろうとされているんですか。また具体的には地域の方とはどんなかかわりを期待していますか。


杉 原 信濃公堂という大正時代に始まった日本初の夏期大学の会場にアルプスの形をつくっています。冬のアルプスはもっとも美しく、ずっと心に留まっています。それを歴史の内包された空間に造形することで、イメージと場をつなげたいと思っています。地域の方との関わりは、講師として関わっている大町冬期芸術大学や原始感覚美術祭でできたつながりを中心に制作を手伝ってもらっています。
 
◉今年は原始感覚美術祭はどうされるんですか?

杉 原 それも準備の過程でフラムさんとも相談していて、北アルプス国際芸術祭が3年に1度できたらいいなという計画があるので、これまで原始感覚美術祭は毎年1カ月にわたってやってきたんですけど、今年は9月1〜3日に集約して祭りをやってみようと思っているんです。実行委員会の中からも祭りはもっとコンパクトでもいいんじゃないか、という意見も出ていたので、それを試みる機会になります。8年もやっていると、違う形を試したくなるのでメリハリを出せたらいいなぁと思っています。

 

淺井真至

 

平川渚「ミナワ」

 
◉北アルプス国際芸術祭が越後妻有の大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭のようにトリエンナーレになったとしても、行われない2年間をつなぐ意味で原始感覚美術祭は重要になりそうですね。


杉 原 北アルプス国際芸術祭の初回が成功するか、面白いものになるかは重要です。ただ芸術祭が終わった後に、原始感覚美術祭が大町市の芸術文化政策とどう関係してくるかも大事で、北アルプス国際芸術祭を運営する大町市のまちづくり交流課とも協力できる体制ができたらと思います。例えば市長は大町市をアートで何とかしたいという想いを持っているけど、市役所の方は仕事として芸術祭にかかわっている。だから政策や予算によっては継続が難しい場合もある。でも原始感覚美術祭は手弁当でも地元への想いを持ってかかわってくれている人がいるから続いている。行政の方も北アルプス国際芸術祭を体験する中で芸術を本当に面白いと思ったら、大町はより創造的で魅力的な町になっていくと思います。
 原始感覚もそうですが、大町冬期芸術大学(2)が僕はものすごく重要な運動だと思っているんです。これは東大の小林真理教授が地域文化コーディネーターとして大町に入って始めたプロジェクトです。北アルプス国際芸術祭は観光客がたくさん来ることで地域が変わるという大きな力で動かしていく方法だと思いますが、大町冬期芸術大学はどうやって地域の文化を高めていくか、底上げしていくかを考えている。主役は芸術家ではなくて、市民だというスタンスがすごく素晴らしい。原始感覚や大町冬期芸術大学、麻倉プロジェクト(3)、そしていろんなイベントや活動があった上に北アルプス国際芸術祭がつながっていると思いますね。最初ですからうまく連携できてるかはわからないけど、下地がしっかりあるというのがすごく重要だと思います。
 
◉ユニークなのは原始感覚に参加して大町に移住したアーティストが5人くらいいらっしゃると聞きました。その人たちも土地の魅力であり、杉原さんの人間力に惹かれたのだと思いますが。

杉 原 僕の人間力ではないでしょう(笑)。僕は昔の祭りって外の人と内の人が出会う場だと思うんですね。ものをつくる人とそれを応援しようとする人がいるわけですが、予算が潤沢にあってなんでもかんでもできてしまうようなレジデンスではありませんから、みんな助け合っていくうちに、ひとつの家族みたいな親密さが生まれることがあって、その積み重ねによってだんだん出会いの場としての祭りにもなっているということだと思うんです。祭りって本当にそういうもので、昔は盆踊り大会だって外と内の人が出会って結ばれていく場所だったはずなんです。今、原始感覚美術祭で図らずもそういうことが起きているというのはやっぱりすごいことだなぁと思いますね。

 
 
◉原始感覚美術祭はものすごくオリジナリティがあって、現代アートを観るのとは違う刺激があります。自分の中のDNAをくすぐられるというか。最後にこれから何を目指していくのかを教えてください。


杉 原 2017年がまだ8年目ですが、この祭りが本当に祭りになり得るのかというところでしょうか。祭りが立ち上がるときはどういうときなのか。今年は1週間の準備で3日間開催という形式ですから、いわゆる伝統的な祭りに近いと思うんです。その中で作家が滞在して舞台を準備し、参加するメンバーも演者側になるというか。外からやってくる来訪者による力も必要ですが、お囃子みたいなものを自分たちでつくってみるとか、そこで暮らしている人の文化力、祭りの力が重要なわけです。本当に昔から地元に住んでいる方も少しずつかかわってきてくれているし、新しい文化としてやり始めている僕らが少しずつ混ざり合いながら、熱気が生まれてくるような感じになればいいですね。毎年同じことやりたくないから新しいことやるというのと、それが続いていくという矛盾した2つがどうやって混ざりあえるのかを考えていきたいと思います。

 

 

杉原信幸 SUGIHARA Nobuyuki

1980年長野県生まれ。2007年東京藝術大学油画専攻修了。詩人の吉増剛造ゼミ参加。
2008年個展『丸石座』詩人の吉増剛造と共演。2010〜12年「会津・漆の芸術祭」参加(福島)。
2011/2012年「ストーンサークルフェスティバル」(青森)、縄文友の会(田口ランディ、山田スイッチ)と
現代のストーンサークル制作。
2012年「粟島アーティストインレジデンス(粟島AIR)2012/spring」参加。
「Jara Island International Baggat Art Exhibition」(韓国)参加。
2016年「瀬戸内国際芸術祭」(香川)Soko Labo参加、「笠岡諸島アートブリッジAIR」(岡山)参加。
「ストーンプロジェクト」(スウェーデン)参加。2017年「竹子湖AIR」(台湾)参加。
2014年より「大町冬期芸術大学」空間美術コース講師。
2010年より「信濃の国 原始感覚美術祭」を主催。
現在、西丸震哉記念館アートディレクター。NPO法人原始感覚舎代表理事。
信濃の国 原始感覚美術祭の公式サイトは、こちら

 
 

※1 「アサヒ・アート・フェスティバル」
全国の市民グループやアートNPO、アサヒビールが協働で開催したアートの祭り。「未来」を展望し、「市民」が主体となって企画・運営し、「地域」の魅力を引き出し、コミュニティの再構築をめざすアート・プロジェクトが集合体。全国の参加団体スタッフ、アーティストが直接出会い、ネットワークが形成されてきた。15年目となる2016をもって終了。新しい形での展開を模索中。

※2 「大町冬期芸術大学」
東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究室が、文化資源で街づくりをしようとしている大町市を2012年からサポート。「企画プロデュース」「ファッション」「パフォーマンス」「空間美術」の4部門に別れて市民が参加する。冬期芸術大学は、大町市内の信濃木崎で夏に開催され、2016年に100回を迎えた夏期大学にあやかって、 「大町冬期芸術大学」と名付けられた。

※3 麻倉プロジェクト
信濃大町に残る麻倉を芸術工芸の拠点として再生させるプロジェクト。

 
 

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