『長野A(アート)ターン』⑤

「わたしの身近な東京-諏訪をつなぐArt その3 –《武井武雄トークイベント/於 6次元(荻窪)》-」



郷里岡谷には、まちの至るところに、武井武雄作品が点在する。
通りの装飾、まち中の地図、そして時たまご当地ナンバープレートにも。

それがあまりに日常のことすぎて、岡谷にいると、どうも武井武雄の偉大さを忘れてしまう。

一方で、2年前の2014年、武井の生誕120年目を記念した作品巡回展が、
東京を皮切りに横浜、京都、大阪、小松・・・と各地を転々したときには、郷里を飛び出した武井作品がとても新鮮にみえた。
またそのとき驚いたのは、武井作品のファンの多さ。世の中には、老若男女これほどの武井武雄好きがいるのかと思い、なんだか身内のことのように嬉しくなったことを覚えている。

あの時の武井武雄ブームは一時のものだったのか、あるいは続いているのか。

それから2年が過ぎた、先日3月9日。谷川俊太郎さんや村上春樹さんゆかりの店でもある<6次元(東京・荻窪)>という本とギャラリーのカフェ。
わたしは、ここへ行きたくてたまらなかった。なぜなら、わたしのまわりのすてきな女友だちが、何かの暗号のようによく「ロクジゲンでね」「ロクジゲンへ行ったとき」と話していたからだ。
「何がそこにあるの?」いつもそう思っていた。

その<6次元>で、武井武雄を語るイベントが開催されたのだった。
タイトル:『「本の宝石」を つくった男―武井武雄のクリエイション』-童画家・版画家、武井武雄の魅力に迫るトークイベント-

語り手は、武井作品を収蔵するイルフ童画館(岡谷市)の山岸館長と、古本&手製本の専門家ヨンネさん。
そして今回の企画者で、リトルプレス『歩きながら考える』編集者の岩村さん。

<好きなもの(武井作品)>と<気になる場所(6次元)>の乗法の答えは、「行くしかない」。

そう思って予約をしたところ、満席間近に滑り込むことができた。
やはり武井ブームは継続的だったのか。


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当日。中央線に面した、横に長いビルの2階。見過ごしてしまいそうな場所。そこに<6次元>があった。

すこし重たい扉を開けると、すでに中は人でいっぱい。
「古い船のなかみたい」と友人が言った。たしかにそんな感じ。<6次元>となる前の、ジャズ喫茶だった頃からずっと鎮座しているのであろうカウンターバーや、椅子、本棚。それを柔らかく照らす、古い硝子の照明。なんて落ち着く雰囲気の場所だろう。

「武井は本を美術の対象とした人だと思うんです。」
進行役の岩村さんが語りはじめる。

その後バトンを渡された山岸館長。
子どもの頃病弱だったという武井が‘対話’をしていた妖精ミトの話。竹久夢二や北原白秋と武井のつながり。『日本郷土菓子図譜』。コドモノクニ。日本郷土玩具のコレクション。自分がつくりたい本をつくるための熱意、尽力。その集大成としての139冊の刊本作品。パピルスの本をつくりたいと思い、苗を植えるところから始めるこだわりの強さ。刊本作品にもときたま出てくる‘可憐版’(武井の造語)。
造語といえば、イルフ(=古いの反対=新しい)などの話。
壮大な構想ではじめられつつも、武井としては心残りもあったという『地上の祭』の巨大本の制作や、そこで関わりをもつアオイ書房の志茂太郎、銅版画の摺りを担当した関野凖一郎。水木しげる、手塚治虫、そして澁澤龍彦らへの影響。武井のユーモア、エスプリ、そしてナンセンス。

そんな話を、武井も「日本郷土菓子図譜」に描いたという岡山の銘菓とお茶をいただきながら、聴く。

最後には、山岸館長が大切にお持ちになったパピルスの本、螺鈿の本、特殊な光るペンのような器具をつかってみる本など数種の刊本作品を手に取るという、最高に幸せな時間も用意されていた。
もう一人のゲストであるヨンネさんにそれらの本の‘みどころ’を教えてもらったりしながら。


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それにしても、この会場いっぱい、あふれんばかりのお客さま。皆さん何を楽しみにして、ここへ来たのだろう。散会後、懇親会で聞いてみた。
「6次元さんのイベントが楽しいから出ている」という方もいれば、
「製本に興味があって」という方もおり、また当然のごとく「武井作品が好き」という方もいる。

こうしていろんなキーワードで人が集まり、そこからまた新たな興味、人のつながりができていくのも、楽しいもの。
またこんな機会があったらなぁ、と思う。「アア、武井武雄先生。こんな機会をアリガトウゴザイマス。」

ところでところで、肝心な話題があった。
武井武雄が、今から90年ほど前に刊行した『手藝圖案集』が最近、『武井武雄手芸図案集 刺繍で蘇る童画の世界』として
復活。イルフ童画館学芸員さんの熱意で、復活した一冊のようです。こちら、是非手にとってみてください。
わたしのように手芸苦手な人でも、図案があまりに素敵で、見入ってしまう一冊でした。



***
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6次元
東京は荻窪(JR中央線)駅北口から徒歩3,4分のところにある、本とギャラリーのあるカフェ。

イルフ童画館
岡谷市にある武井武雄作品を中心に収蔵する童画美術館。館内の心地よい木のスペースや喫茶で行われるワークショップが秀逸。

古本と手製本 ヨンネ
西荻窪界隈で製本のワークショップなども行っているそう。

リトルプレス『歩きながら考える』
2004年創刊以来、年に約1冊のペースで発行を続けているのだそう。次号にはこのときの内容が掲載される予定。

* 『武井武雄手芸図案集 刺繍で蘇る童画の世界』
文化出版局編 (著), 刺繍 大塚 あや子 (その他)   2,160円/ISBN-10: 4579115678

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