[聞く/entre+voir #003]鶴岡慧子さん(映画監督)

鶴岡慧子さん (映画監督)



カメラを通したチャレンジこそ、ずっと追い求めていくべきもの



2015年9月19日から10月16日、上田映劇で、4年ぶり定期上映が行われる。作品は、『過ぐる日のやまねこ』。地元・上田出身の鶴岡慧子監督による。デビューからいきなり国内外で注目を集めるニューヒロイン。幼少期に体験した父の死を機に当時の記憶が曖昧な時子が、幼少期を過ごした田舎町で、身近な人の死によって孤独感を抱えている高校生・陽平に出会い、自らを取り戻していく物語。この映画の収益の一部は、老朽化した監督も小さいころから通っていた上田映劇の修繕費に当てられる。



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−−公開が決まった、今の心境はいかがですか?
 昨年の7月に上田をメインに撮影させていただき、9月に完成したんですけど、ようやく動き始めて。正直、慌ただしくて、じんわり実感するという余裕もないんです。いろんな方に観ていただく、そこからがスタートだと思っています。学生のころから映画を撮ってきたことの延長上であるのでそういう意味では集大成であり、自分のキャリアのスタートに位置付けられるといううれしさもあります。
−−今回、上田での収録を通して、上田の魅力を再発見できたところはありますか?
 初めて地元の方を巻き込んで映画を撮ったんです。出演してくださった方が11月に完成披露試写会に来てくれて。きっと映画の内容云々よりもご自分が映ってることだとかを喜んでくれていたと思うんです。でも映画を楽しみにしてくれている気持ちにすごく勇気づけられました。映画業界も厳しい。けれどそうやって楽しみにしてくれている人たちの顔を見て、素直に、待ってくれている人たちために作るものだって教わった気がします。
 町については前作「あの電燈」の時も感じていたんですけど、制作的にすごく撮りやすいんです。東京から近いとか、撮影はいろんな方に迷惑をかけてしまうものなんですけど、すごく理解がある。フィルムコミッションさんの力も大きいです! 被写体としては、東京では塗り替えられていく風景が残っているのが魅力です。私は過ぎ去った時間が残っている町が好き。そういう風景を映画で残していけるのは、映画を価値あるものにする一つの要素だとも思います。


「帰る」は処女作からのキーワード

−−『過ぐる日のやまねこ』どういうきっかけで生まれたのでしょうか?
 準備を始めたのはまだ学生のころでした。脚本を書き始めて1年半くらいかかって。最初に脚本をPFFスカラシップに企画として提出した時は、陽平と時子というキャラクターは存在していたんですが、何も起こらない物語だったんです。別々の場所で生まれて暮らしていた二人が偶然出会って、数日間をともにしてお互いに何かを得る、救い合うという設定でしたが、いろんな方と脚本の推敲を重ねてこういう物語になりました。時子は都会に暮らしていて、田舎にやってくる。陽平はその土地から抜け出したいと思って過ごしているという。
−−鶴岡監督の作品はどこかファンタジックで、元にいた場所に帰るという内容が多いですよね。
 「帰る」というキーワードは、大学2年生の時の処女作からすごく興味があって。『過ぐる日〜』はいろんなところにこのキーワードが散りばめられていますね。物語的にも、撮影自体にも、映画を持って帰って来ることも。映画を作る私自身がそのキーワードと絡めたのは良かった。


「過ぐる日のやまねこ」メイン

「過ぐる日のやまねこ」サブ3

映画だったらやりたいことがあれもこれも全部できる

−−高校演劇をやられていたそうですね。最初は女優さん志望だったんですか?
 いえいえ、その選択肢は全くありませんでした。むしろ女優が無理だから監督をやろうって、小学生のころから思っていたんです。
−−そんなに早くから!
 はい(笑)。昔から映画を見るのがすごく好きでした。父の影響です。なおかつ何かものを作るのが好きで、将来はそういう仕事につきたいとは思っていました。そういうことを全部ひっくるめられるのが映画だなと思っていたので、きっと欲張りだったんですね。あれもこれもやりたいことが映画だったら全部かなえられる、と思ったのが映画を選んだ一番の理由。でも選択肢がなかったというか、ほかのことをあまりに知らなすぎて映画に突き進んでしまったんです。
−−立教大学ではどういうことを学ばれたわけですか?
 私は映画の授業とか、映画をつくるワークショップなどを集中的に受けていました映像身体学科というよくわからない名前の…
−−すごい気になります(笑)。
 現代心理学部映像身体学科と言って、映画、演劇やダンスなどそういうことをやっている人たちが一つの学科に寄り集まっていました。東京芸術大学を受験しようと思って浪人していたんですけど、予備校の先生が「立教でも映画を作れるらしいよ」と教えてくれたんです。といっても何もわからないまま、ただカメラが借りられるかもしれないというよこしまな理由で受験しました。だからってどうしたら映画監督になれるかは誰も教えてくれないんです。
−−まあ、そうでしょうね。
 映画監督になるための試験があるわけでもなく、周りの方々にそういうふうに認知していただいたことで、ようやくなれたのかなと。言ったら自称ですから(苦笑)。
−−一般に認知されるという意味では、PFFがきっかけですか?
 そうです。もうPFFの受賞も全く予想外でした。グランプリで呼ばれた時は、もちろん喜びもありましたけど、なんか大変なことになってきたぞと慌ててしまって。しかもその授賞式後の懇親会で、日活さんやホリプロさんの偉い方々、映画業界の私の憧れている雲の上の存在の方たちが一堂に会していて、ご挨拶しにきてくださったりするのでびっくりしてたんです。でも浮かれている暇もなくて。この状況を次につなげていく、グランプリという賞に食らいつくにはどうしたらいいんだろうと考えていました。とりあえずやったことは、名刺をくださった皆さんに、お礼のメールを送ったくらいですけど。背伸びもできないし、今の自分にできることを誠実な気持ちでやるしかない、と思ったんです。
−−逆に冷静になれた。
 そんな気がします。海外の映画祭に選ばれたのもすごくうれしいんですけど、それは私がすごいわけでもなく、たまたま恵まれた機会をいただいただけですから。そこに寄っかかっていたら進めない。それにしても海外でもいい経験をさせていただきました。私は英語ができないんですけど、いろんな監督さんがコミュニケーションを取ろうとしてくれて。作品をきっかけに、こんなちっぽけな私が作った映画を、大先輩たちが認めてくれる瞬間があって。映画って評価されたり順位をつけられるものじゃなくて、感動したりとか体験としてあるものなんだと教えていただいた気がしています。


漂う懐かしさが私の持ち味

−−何作か撮った中で、描きたい映像のテイスト、手触りのようなものをご自分で感じていることはありますか。
 意識しているわけではありませんが、懐かしい感じがすると言われることが多いかなぁ。それはたぶん私の好みの問題で、古めかしい建物などがすごい好きなんです。役者さんも、どこか古風な雰囲気の人が好きだったり。ただ個性というのは周りが見て感じてくれるものだと思っているので、自分でこれが私っぽいからという意識はありません。それに自分の考え方も年を取るごとに変わっていくものだし、それに合わせて映画作りも変わっていかなくちゃ続いていかないとも思っています。
 映画の中心にあるものがカメラで、カメラによってこういうカットを撮るというようなチャレンジができる。それがもっとも基本的ですし、ずっと追い求めていくべきものでもあると思うんです。私は自分でカメラを回せないのですが、テレビを見ているとカメラがおざなりになってしまっている映像が多いと感じています。それは映画ではやっちゃいけないこと。同時に映画だからチャレンジできることも、守りに入らないでやっていきたいですね。



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鶴岡慧子(つるおか・けいこ)
1988年生まれ、上田市出身。
立教大学現代心理学部映像身体学科で万田邦敏監督に師事し、2012年に卒業。
卒業制作の初長編映画『くじらのまち』が第34回PFF(ぴあフィルムフェスティバル)「PFFアワード2012」において
グランプリとジェムストーン賞(日活賞)をW受賞する。
その後、同作品は第63回ベルリン国際映画祭、第17回釜山国際映画祭をはじめ各国の映画祭で上映され、
エクアドルの第11回クエンカ国際映画祭では主演の片野翠が主演男優賞を受賞するなど高い評価を獲得。台湾では劇場公開も果たした。
また、2013年7月には『くじらのまち』の功績により、上田市長表彰が授与された。
大学卒業後は東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻監督領域に進み、黒沢清監督に師事。
1年目に撮った長編2作目『はつ恋』が第32回バンクーバー国際映画祭ドラゴン&タイガー賞にノミネートされる。
2014年3月、修了作品『あの電燈』を発表。同作はユーロスペースで公開されたほか、各地の映画祭でも上映。



「過ぐる日のやまねこ」
2015年9月19日(土)ユーロスペース 長野・上田映劇ほか全国順次公開
(C)「過ぐる日のやまねこ」製作委員会
オフィシャルHP こちらへ

第23回PFFスカラシップ作品
監督・脚本:鶴岡慧子
出演:木下美咲・泉澤祐希・植木祥平・中川真桜・田中要次・西尾まり・田中隆三

製作:PFFパートナーズ(ぴあ/ホリプロ/日活)、アミューズ、コトプロダクション、凸版印刷、Eight and Half提携作品
協力:上田市 信州上田フィルムコミッション
配給・宣伝:マジックアワー
2014年/日本/92分/カラ—/DCP/1.85:1/5.1ch

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