|美術展のつくり方 ver.3|

制作中の細川宗英 写真提供:松本市美術館

美術展のつくり方〜松本市美術館「細川宗英展」の場合③

 
 順番が前後してしまいましたが、ここで、細川宗英について展覧会の担当である大島さんの言葉で紹介したいと思います。
 
 「彫刻の歴史は古代ギリシャやローマ文化のあたりからアカデミックな造形制作が続けられて、15世紀のルネサンスという流れをへて、19世紀を代表するフランスの彫刻家ロダン(1840〜1917)が登場します。革新的な実験、大胆な造形力で活躍したロダンは安曇野市出身の荻原守衛、つまり荻原碌山などにも影響を及ぼしました。ロダンから続く流れは、人間の内面性、造形からの発露を突き詰めていくわけですけど、細川も自身が何を追い求めていかなければいけないかをすごく考えた人でした。産業革命以後に機械化などが進んで人々の生活はがらっと変わりました。そしてコンピューター化や宇宙ビジネスなど人間による開発は留まることを知らず現代も激変していますよね。そういう時代を生きた彫刻家として、細川の表現は、日本的なもの、崩れゆく人の姿、人間の欲といったものを突き詰めたわけです。それはこの時代を生きたからこそ生まれた造形であり、日本の彫刻家としては重要な存在と言えます。ただ同時代に生きた彫刻家のなかでは、どちらかといえば知名度は低い。なぜなら細川は自分を売り込むことがうまいタイプじゃなかったんです。細川自身も“人に受け入れられるためにつくっているのではなく、自分が求め続けたものを見た誰かが何かを感じてくれればいい”という趣旨の言葉を残しています
 
 松本市美術館では自主企画による展示を毎年1本は行うことにしているのです。ちなみに昨年はやはり松本市出身の若手彫刻家・飯沼英樹を取り上げました。では改めて細川宗英をセレクトしたところからどんなふうに動き出したのかをうかがいました。
 
 「細川については地元ゆかり、松本出身の作家としていつかは取り上げなければいけないと考えていました。もちろんほかに何人か候補はいましたが、年間のいろんなジャンルの企画と組み合わせながら、あるいは観客層も考えながら検討して決まったわけです。
 展示の予定は、1年前に実施計画を二役(市長、副市長)に説明した段階である程度決まっていきます。その時点では、おおよその概要、目玉になる作品の図版も入れて提出するわけです。この時期すでに、来年以降の企画について動いているんですね。ほかの美術館の所蔵作品拝借などの調査も含めればおよそ2年、場合によっては3年前から動き始めていくんです。その時点で、先約があったり、日本画や版画など環境に弱いものは一回展示をしたら1年休ませなければいけないなどの決まりが各館によってもあるので、貸し出しできない場合もありますから。そういうことも踏まえながら内容を練っていきます

 
 美術展は、まさに学芸員の日ごろの調査、研究の成果を発表する場でもあります。どんな方向から作家に光を当てるか、どんな切り口で作品を紹介するかは重要なポイントです。
 
 「もちろん、作品そのものから感じ取れる眼があればいいんですが、特に彫刻は難しい。美術館が展覧会として仕立てる以上、全体のコンセプトを考えたうえで鑑賞者の背中を押す仕掛けも必要ですし、作家がどういう意図でその作品を制作し、どういう思いを持って生きたかを知ることで、作品に対する見方も変わってくると思うんです。そういったことを感じてもらいながら、なぜ、こんな崩れるような表現なんだろうか、晩年の大らかな表現にたどりついたのはなぜだろうか、などなど想像していただければと思います。“人間存在の美”とタイトルにつけさせていただきましたが、ある意味で細川自身が生きた証であり、もっと広くは人類の存在性とか彫刻としての存在感、美しさを絡み合わせながら展覧会を見ていただければと思うんです
 
 松本市美術館の学芸員の場合は、一般の市役所の職員と同じ行政職として採用されています。つまり人事異動もあるわけです。市役所の職員は3年くらいで異動することがほとんどですから、手がけていた展覧会がいよいよ今年だというタイミングで担当を外れることも。逆に突然担当を言い渡されることもあったと言います。大島さんも2015年夏に行われた『篠山紀信展 写真力 THE PEOPLE by KISHIN』を急きょ引き継ぎ、大わらわだったとか。そんな大島さんの専門は「書」なのだそう。

 
美術展のつくり方〜松本市美術館「細川宗英展」の場合①
美術展のつくり方〜松本市美術館「細川宗英展」の場合②

 

《道元》(1972年)

 

細川宗英
1930年松本市生まれ。1938年、小学校2年生の時に父親の仕事の関係で諏訪市に転居する。諏訪清陵高校を卒業後、東京藝術大学美術学部彫刻科に入学、1956年に同大彫刻科専攻科を修了する。修了後は、同大彫刻科の副手や、跡見女子短期大学、すいどーばた美術学院での講師を務めながら展覧会に出品し、多くの受賞を果たす。主には、1956年の第20回新制作協会展における新作家賞、1965年の第8回高村光太郎賞、1972年の第3回中原悌二郎賞優秀賞など。1981年、東京藝術大学美術学部彫刻科の教授に就任し後進の指導も務めた。1994年、肝不全のため逝去。享年63歳。

 

松本市市制施行110周年記念・松本市美術館開館15周年記念
彫刻家・細川宗英展 人間存在の美
■会期|2017年10月7日(土)〜11月26日(日)
■会場|松本市美術館 企画展示室
■開館時間|9:00〜17:00 ※月曜休館(祝日の場合は次の最初の平日)
■入館料|大人1,000円/大学高校生・70歳以上の松本市民600円
※前売券は各200円引き(10月6日まで)
■問合せ|松本市美術館 Tel.0263-39-7400

 

インフォメーション