[ようこそ、信州へ #001]篠山紀信さん(写真家)

[聞く/entre+voir -4]篠山紀信さん


僕がやってきたのは時代が生んだ面白いヒト・コト・モノに果敢に寄っていくこと
そして一番良い角度から、一番良いタイミングで写真を撮ってきた


写真家・篠山紀信の『写真力』と題した展覧会が始まった。「時代の映し鏡」として作家、アイドル、スポーツ選手など国内外の著名人、日本伝統芸能、ヌードと自然、都市と建築などさまざまなテーマで多くの作品を生み出してきた篠山。1950年代後半から現在に至るまで、「現在」を写し、時代の第一線を走り続けてきたその作品群からは、「写真」の芸術性を再認識させるとともに、「写真」というメディアが世間に与えてきた影響をまざまざと見せつけてくる。本展は、すでに50万人を動員し、新たな写真を加えながら常に拡大を続けている。篠山が50年にわたって撮り続けた膨大な写真の中から約120点を厳選し、「GOD」(鬼籍に入られた人々)、「STAR」(すべての人々に知られる有名人)、「SPECTACLE」(私たちを異次元に連れ出す夢の世界)、「BODY」(裸の肉体- 美とエロスとの闘い)、「ACCIDENTS」(2011年3月11日-東日本大震災で被災された人々の肖像)の5つのセクションで構成。被写体の何倍にも引き伸ばされた写真からは、その時代、そして被写体の持つエネルギーを感じることができるはず。


撮影・取材:平林岳志


写真を撮るということは、僕と被写体の出力するパワーの連鎖



ーーこの『写真力』という展示は、篠山さんが各時代を代表するような著名人の方を撮られてきた写真が並んでいます。まさに“時代の顔”を撮り続けてきた中で、篠山さん自身が大切にされてきたことはどんなことですか?
 撮る人に対して誠実さはあっただろうと思いますね。なんかこの人、気にくわないからおちょくって撮ろうとかそういうことはまったくありません。僕は「撮らせていただく」という気持ちが強いかもしれないね。「撮ってやる」ではなくて「撮らせていただく」。そして僕が感じるその人の魅力をどうしたら撮れるかなということを常に考えながら撮ってきたし、これからも撮っていくんじゃないですか。


ーーたくさんの著名人の方を撮っている篠山さんの写真は、どこかその人に寄り添うようなところが感じられます。それも篠山さんのお人柄なのだろうなという気がしました。
 そうですね、僕の人柄でしょうね(笑)。やっぱり僕も人間だから嫌だなあと思う人はあんまり撮りたくないこともなくないけど、撮る以上は「その人の良いところを撮ってあげたい」と思う。そもそも撮りたいって思うということは「この人は綺麗だな」とか「素晴らしい人だな」とか、リスペクトできる部分がないとダメでしょう。そういう部分を感じ、見つけて、グッと引っ張り出して強調してやるのが僕の仕事なんですよ。


ーー移り変わりが激しい写真という分野で長らくトップランナーで居続けられる その秘訣はなんでしょう?
 僕がずーっと写真を撮っていられるというのは、僕自身が全く何もないところからキャンバスに絵を描くように、あるいは五線譜に音符を書いて音楽をつくるようにやっているというわけではないんです。写真というのはまずカメラという機械があるし、現実の世界もあるし、モデルもいる。僕がやっていることと言えば、その時代が生んだ面白いヒト・コト・モノに果敢に寄っていくということ。そして一番良い角度から、一番良いタイミングで写真を撮る。それが時代を撮るっていうことになると思うんです。僕は写真は時代の写し鏡だと思ってるんです。僕が主として60年代からずっと写真をやっていられるのは、そうした想いがあるからなんでしょうね。だから「次はどんなテーマで撮るんですか?」「次は誰に興味があるんですか?」なんて質問をされてもわからない。「そんなことは時代に訊いてくれ!」って言ってるよ。まあ、僕自身が時代に寄り添ったり、並走していける体力と気力は限られているけど、それが続くうちは写真を撮っていきたいですね。


ーー篠山さんの写真には被写体のエネルギーがみなぎっていると思うのですが、篠山さん自身はそうした力を写し取る際はどういった状態になっていらっしゃるんでしょうか?
 それはやっぱり負けちゃダメということですよね! 負けられない! その人たちの出すパワーに負けていたらやはり良い写真は撮れませんから。それに拮抗するようなパワーをこちらもぶつけていかないとダメですね。だから写真を撮っているときは僕はかなりテンションを張っていると思いますよ。だからと言ってこちらのパワーを強くして相手を潰してしまってもダメなんです。相手のパワーの出力がどんどん上がるような周波をこちらが合わせて送り出す。そうしたら相手も自分も、高い出力の状態が連鎖するし、結果、写真の力が大きくなる。


ーー先生のお名前に萎縮してしまう若い方もいませんか?
 まあ、それでも撮り始めて5分もすれば「紀信ちゃん」になったりするんだよ。僕のお人柄で(笑)。


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生きるということは不満の連続。それを手繰り寄せて、うまく写真に変換すればいい!



ーー今回の展示には 3.11東日本大震災で被災された方たちのポートレートがあります。たとえば昨今の日本国内の少し不穏な空気が流れている中、今の時代をどのように感じていらっしゃいますか? そして、何か考えが写真に反映されることはあるのでしょうか?
 僕は政治評論家ではないし、大所・高所から偉そうに言う立場じゃない。ただ、僕が生きて写真を撮ってきた中で「本当にこの時代はいいなぁ~!」なんて時代はどこにもありませんでしたよ。生きてるということは不満や苛立ちを持つことなんですよ。完璧な安らぎを与えてくれる時代なんてこの先、たとえあなたが100年も生きたとしてもないだろうしね。まあ、バブルといういい加減な時代はあったけどさ。出版社から取材費もばかばか出て、外国にもどんどん行けて、あちこちで変わったものがどんどん出てくる。まあ、僕は「この時代はけしからん」とか「国会議員のあいつがいけない!」とか思わない。つまり、自分が生きている中で不満があるのだとしたら、どうにかしてその不満を自分の元に手繰り寄せて、それを逆手にとって、うまい写真を撮っちゃう。僕の考えはそっちですよ、健康的でしょ。


ーー昨今、デジカメの登場以降、写真を撮る人の裾野が広がっていますよね。誰もが携帯で写真を撮ったり、SNSを通じて手軽に写真を扱えるようになってきた。その一方で街中のスナップにもプライバシーや肖像権が絡んできたり、扱いが難しくなるようなことや閉塞感も多々あると思います。この時代に必要な写真力とは何でしょうか?
 閉塞感かぁ。それはあなたが若いから(笑)。若者特有なんだよ、そういうのって。閉塞しない時代なんてないんだよ。常に人間が生きてるってことは規律規範があるわけだし、その中で全く自由自在にものをつくれるなんてことはあり得ない。僕は思うんだけど、閉塞感はものをつくるエネルギーにつながると思ってる。「これはダメだ!」と言われたとしたら「こうやって撮るのはどうだ?」というやり方はいくらでもある。もしかしたらそれが今度は新しい表現になることだっていっぱいあるわけだしね。僕はそういう欲望で前向きにやってきてる。まあ、お気楽な人なんだね、きっと(笑)。

A_shino

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